第3章:始まりのノルデン
第10話:小さな戦争
統一暦1925年の参謀本部作戦会議室、そこではテーブルに広げられた地図を使いレルゲンが皆に報告をしていた。
「第1装甲軍は新戦術、電撃戦を持って我が帝国に侵攻して来たダキア軍一個軍集団を奇襲、敗走させました」
椅子に座り火の点いた葉巻を蒸しながらレルゲンの報告を聞いたルーデンドルフはほくそ笑む。
「六万の軍勢で八十万を蹂躙とは痛快だな」
「はっ!戦力はおろか首都まで抑えられたダキア政府は帝国の出した和平条約を呑むそうです」
レルゲンが報告を終えると地図に置かれた青い軍用の駒を木製のカキ棒で前に動かし、ダキア軍に見立てた赤い軍用の駒を後ろに動かす。
「一つ戦線が減ったし、これで南方軍集団の戦力を他の戦線に配分させる事が出来るな」
一人の男性将校が言うとレルゲンは深刻な表情をする。
「ですが、今だに我らは二つの戦線を抱えています。このまま二方面作戦を続けたら我が軍は崩壊します」
それを聞いたルーデンドルフは葉巻を一回、吸うと話し出す。
「では、脆弱な敵から率先して戦うしかない。ライン戦線は引き続き拮抗状態を保て」
するとレルゲンがルーデンドルフにある問いをする。
「では、協商連合への攻勢を?」
レーデンドルフは頷く。
「共和国よりは戦いやすいだろう。問題は補給だ。ゼートゥーア、どうなんだ?」
窓越しに見える帝都を眺めながらゼートゥーアは答える。
「冬季攻勢の為に鉄道部と協力して何とかしているが、難しいな」
「古い付き合いだ。本音で頼む」
ルーデンドルフがそう言うとゼートゥーアは振り返り、答える。
「すでに鉄道をフルに使って物資を北方へ送っているが、劇的な改善は見込めないな。一般鉄道にも乱れが出ている」
それを聞いたルーデンドルフは葉巻を灰皿に置き北方に置いた青い軍用の駒を自らの手で前へと動かす。
「だとすれば敵の生命線を抑え、それを利用しよう」
「何か策があるのか?」
ゼートゥーアの答えにルーデンドルフは自信に満ちた笑顔で答える。
「ああ、今回の作戦も彼らに任せよう。今後の戦いの行く末を変える例の“第1装甲軍”をな」
■
南方から戻りベルンの南東郊外にあるゼッテン基地で待機する第1装甲軍。
その基地の巨大な車両待機場で軍帽を被ったアルフレットが皆の前にある演説台に立つ。
「総員!気を付けい‼︎軍指揮官より訓示!」
軍帽を被り大声で言うバルト、そして演説台のアルフレットが言い始める。
「諸君!ダキア戦線はよくやった‼︎だが、我々の戦いはまだ終わらない!」
「次は北方戦線だ!ダキア戦線以上の激戦になるだろう!そして、ここにいる何百!何千の仲間が!友が!戦死するだろう‼︎」
「しかし!我々は決して忘れてはならない‼︎死んで行った戦友達の奮戦!努力!覚悟!勇気を‼︎我らはこれを胸に刻み!戦い!未来を生きて行こう‼︎」
アルフレットが訓示を終えると皆はキリッとなり、彼に向かって敬礼をする。
「「「「「はっ‼︎」」」」」
そしてアルフレットも皆に向かって敬礼をする。そして、しばらくしてアルフレットも皆も敬礼を終える。
「では!今後の計画を副指揮官から伝える。バルト少将!後は頼む‼デグレチャフ大佐は私と来てくれ!」
「はっ!シュナイダー中将殿!」
そしてアルフレットは左に向かって演説台を降り、左に居るグレディンの隣に居るターニャが降りて来たアルフレットの後に付いて行く。
さらに演説台の右に居るバルトが代わる様に演説台に昇り、前を向く。
「では!これより第1装甲軍の長距離行軍の計画を伝える。だが、その前に・・・」
演説台を離れたアルフレットとターニャは誰にも聞かれない様に訓練用として運用されている35(t)戦車の砲塔に入って行った。
「さてと、一体どこの誰が俺達をしつこくパパラッチしているんだ?」
アルフレットは着ている軍服の胸ポケットからタバコケースとマッチを笑顔で取り出しているとターニャはフッと笑う。
「なんだ気付いていたのかアル?」
「ああ。いくら協商相手に手こずっているとは言え、今頃は戦線を押し上げていてもおかしくはないはずだ」
「そうなっていないのは、誰かが余計な茶々を入れているっと言う事だ」
アルフレットはタバコの火を点け、一口吸う。
「共和国か、連合王国、もしくは連邦、可能性は低いが合州国も絡んでいるのかもしれない」
「思ったより世界大戦の勃発が近くなっているなアル。これは私の推測だが、見えざる者の力、余計なお世話をしているとなると」
すりとアルフレットが吸うタバコの煙を吸ったターニャは咳き込む。
「アル!吸うなっとは言わないが、せめて室内はやめてくれ。私はタバコが苦手なんだ」
ターニャからの指摘にアルフレットは笑顔で後頭部を左手で搔く。
「あっと
「ああ、そうしてくれ」
そしてアルフレットは砲塔ハッチを開け、35(t)戦車から出ると後に続く様にターニャも外に出る。
■
第1装甲軍が北方へ向かう三日前、その日は帝国の建国記念日のパレードに参加していた。理由は第1装甲軍の存在を国民にお披露目する為であった。
大通りでの行軍パレードの為に中央軍集団のベルン基地の大型倉庫内でアルフレット達は準備をしていた。
装甲軍に所属する
「よーーーし!皆‼今日は晴れ舞台の様な物だ!気合を入れろよ!」
最優先に新たに支給されたドイツ国防陸軍の将校用礼服を着こなし、将校用制帽を被るアルフレットが笑顔で言うと装甲擲弾兵達は気合が入った返事をする。
するとそこに騎馬猟兵用のピッケルハウベを被り帝政ドイツの礼服を着こなし、腰に儀礼用のサーベルを掛ける中年男性が嫌な笑顔で現れる。
「これはこれは、落ちぶれ貴族の長男、アルフレット・シュナイダーがなぜ、ここにいるのかね?」
振り返ったアルフレットはその男の顔を見て嫌な表情をする。
「ゲッフェン近衛大将殿、なぜってパレードに参加する為ですよ」
それを聞いたゲッフェンはゲラゲラっと笑い出す。
「それはそれは失礼した。それと君達が第1装甲軍用の軍歌を作った噂で聞いたんだが?」
「ああ、そうですが」
「ああ、そうか。まぁ、下手な歌はやめてくれよ。こう上品のない兵士達が作る歌は伝統ある帝国軍の気品を損なうからな。せいぜい頑張りたまえ」
ゲッフェンがそう言いながら振り返り、手を振りながら倉庫を去る。
するとアルフレットの元に彼と同じ将校用礼服を着て将校用制帽を被ったターニャが現れる。
「アル、なんなんだ、あのクソ爺は?」
ターニャも嫌な表情でアルフレットに問うと彼は答える。
「ああ、あいつはゲッフェン・クラッチェス。帝国皇室に属する騎馬近衛猟兵隊の大将で上級貴族だ。さらに保守派の一員で家のシュナイダー家とは昔からの因縁で難癖を付けるんだ」
アルフレットからの答えにターニャは溜め息を吐き納得する。
「お前も大変だ、アル」
「ああ。でも、今回のパレードであいつは赤っ恥を思いっ切りするからな」
「ああ、あのクソ爺が悔しがる顔が目に浮かぶな」
そしてターニャとアルフレットは悪巧みをする様な怪しい笑顔をする。
■
行軍パレードが始まり音楽と共に隊列を組んで従来の帝国兵達が行軍し、その後に白馬に乗り隊列の先頭を進むゲッフェン率いる騎馬近衛猟兵隊が行軍する。
そして最後にアルフレット率いる第1装甲軍が行軍する。先行量産と配備、支給された軍服と小火器、火砲類、軍用車両、そして戦車や自走砲などにパレードを見物する帝国国民達は目を奪われる。
パレードに参加した部隊は建国記念の為に初代皇帝が作ったベルン最大の広場、双頭の黒竜広場に集まった。
(いや、しかし、噂で聞いた以上の凄さだな第1装甲軍は。うっかり、こっちが面喰らってしまった。だが、軍歌はどうかな)
ゲッフェンが心の内で呟きていると自分達、騎馬近衛猟兵隊の番となり、軍歌『エリカ』を高々に歌う。
そしてアルフレット達、第1装甲軍の番となる。アルフレットは深呼吸をし息を整えると演奏が始まるのと同時に皆と共にリズミカルに靴を鳴らし始める。
“風が吹く、雪の夜も。太陽が輝く、熱き日も。泥にまみれても、我が意気は天を衝く。進めよ戦車、嵐超え”
“唸れよ戦車、風を切る。轟音と共に、いざ前へ。地鳴りを鳴らして、敵陣へと向かう。進めよ戦車、地の果てまで”
“祖国に危機が、来ても。恐れずに、いざ戦う。命を惜しまず、我が国を守り抜く。進めよ戦車、陸の守護者”
“敵が行くてを、阻もうと。全速力で、進むのみ。恐れるな友よ、我らが先を行く。進めよ戦車、鉄の軍馬”
“勝利の女神、微笑んで。いざ友と、祖国へ向かう。我らの凱旋、民は喜び合う。進めよ戦車、我が誇り”
演奏が終わると同時に靴を鳴らしていた右足を止める。アルフレットの改編がなされた『パンツァー・リート』、双頭の黒竜広場には一瞬、静寂が訪れた後に観ていた帝国国民達は一気に歓声が挙がる。
一方、軍将校用の野外席で見ていたルーデンドルフとゼートゥーアはニヤリと笑う。
「やっぱり、アルフレットに任せて正解だったな、ゼートゥーア」
「ああ。独断専行、奇想天外、そして大胆不敵。彼はいつも我々は驚かせるな」
パレードは無事に終わり、アルフレット達は陽気な気分でいる一方、ゲッフェンは今回のパレードでアルフレットに完全敗北を痛感したのであった。
ここにアルフレットとゲッフェンのパレードを舞台とした小さな戦争は終結したのであった。
あとがき
装甲軍、戦車と来たらやはりドイツ軍戦車隊を代表する軍歌、『パンツァー・リート』ですね。
今回のアルフレット達、第1装甲軍の合唱シーンは戦争映画、『バルジ大作戦』の前半でドイツ軍の若い戦車兵達がパンツァー・リートを合奏し自ら士気を上げるシーンをイメージモデルにしています。是非、パンツァー・リートを聞きながら観て下さい。
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