追いかけてくる恐怖
本人?がいないことが気にかかったものの、教室に入る。
春と実は同じクラス、一年B組である。だから入る教室は同じだった。
教室には言って早々、噂好きのクラスメイト、
「おはよ〜。春ちゃん、実くん」
「あ、千花。はよー」
「おはよう、沢田さん」
学生らしい朝の日常風景だ。
決して、朝イチで変人と怪異に会いに行くのが日常風景というわけではない。決して、違う。
「相変わらず仲いいね」
「別によくないと思うけど?」
「一緒にいるのは久我先輩のせいだから」
すぐさま否定する二人、そういえども他人から見たら春と実は仲のいい二人組である。
春も実も一緒にいて相手に特段不満は抱いていない。
旧校舎での険悪加減は双方の不機嫌が原因のものだ。
「すぐに否定する辺り怪しいよね」
沢田はからかい半分でそういった。
実際、二人の仲を邪推しているものは多い。沢田もその一人なので早くはっきりさせて欲しい、なんて思ってからかっていたりする。
「あ、そうそう。今日、転校生が来るんだって」
「今日?」
「連絡なかったよね?」
「何でも急にきまったんだとか。先生達が話してたの聞いたから、間違いないと思うよ?」
四月中旬のこの時期に転校生だなんて、随分と変な時期で転校してくるものだ。
もうすでにグループが出来上がっている現状、転校生がつまはじきにされないことを祈るばかりだ。
二人は何となく、嫌な予感がしていたが口に出さないことにした。
クラスメイトと話しているとチャイムが鳴った。廊下で雑談していた生徒達は慌てて自分の教室に向かっていく。
教室につき、色々と準備をしていると担任教師が入ってきて教室は静まり返る。
転校生の話が始まるかなと思っていたら、最終下校時刻になっても学校にいた生徒がいたと言う話になった。
恐らく、というか十中八九、春と実のことだろう。
気まずさから視線をそらす。
話を聞いたとき生徒会長が怒りのあまり震えていたと担任は言うが、そんなことは決してないと言える。
生徒会長である
多分笑いをこらえるのに必死だったんだろう。
説教された生徒達はうんざりとした様子で、嵐が過ぎ去るのを待つ。
だが嵐は案外、早くに過ぎ去った。
理由は単純、転校生が廊下で待っているからだ。
転校生を待たせてはいけないと担任は早々に説教を切り上げ、転校生に教室に入るよう促した。
少しして入ってきた転校生は一瞬にして教室中の生徒の視線が吸い寄せられた。
絹のような長い黒髪、椿の花を連想させる赤い瞳、血色のよい陶器のような肌、アイドルと並んでも遜色のない美しい顔。
完成されたような美しさが人の視線を奪い、惑わし、釘付けにする。
春と実の二人も視線を奪われていたが、それは美しさからではなかった。
二人を支配したのは美しさではなく恐怖。
だって……__
「転校生だ。仲良くしてやれ」
だって!__
「
だって!!__
「よろしくお願いします」
だって……教壇の横に立ち、天使のような美しい微笑みを浮かべるのは、旧校舎で遭遇した怪異だったからだ。
狐宮の怪談、漆の怪「狐面のセーラー服少女」。
旧校舎にいた恐ろしい“何か”。
それが、教室の中に“転校生”としてやってきた。
体が震える。視線が外せない。
何で?
頭の中が疑問一色に染まる。
望まれたいなり寿司は旧校舎に置いてきた。指定されたことをしたのに、なんでここに怪異がいる?
黒板の文の解釈を誤ったのか?だが、あれ以外になんと解釈すればよかった?
わからない、怖い。死にたくない。
今すぐにでも逃げ出したい衝動に駆られるが、体がまるで縫い付けられてしまったかのように椅子から離れない。立ち上がれない。
一瞬、一瞬だけ、遭遇したときと全く同じ無表情の“何か”と目があった気がした。
目があったと思った瞬間、二人は弾かれたように転校生から視線をそらす。
これ以上、見ていれば食い殺されてしまうような気がしたからだ。
ホームルームは自己紹介、それから席決めで終わり、続いて一時限目の数学、二時限目の国語、三時限目の英語、四時限目の理科。
春と実の授業に集中できないでいたが、一方の“何か”は何一つ怪異としての本性を出さずに遂行していた。
給食の時間が終わり、休み時間。授業も合間もそうだが、すさまじい勢いで“何か”のもとに人が集まっている。
とびきり美しく、転校生と言うラベルが貼られた“何か”に人が食いつくのはわかるが、その正体を知っている二人からすれば二つの意味で悪趣味極まりないと感じていた。
そして五時限目の体育も滞りなく終わる。
何も起きない。狐坂誠と名乗った“何か”は二人に接触してこようとはしなかった。
朝、目があったのも気のせいかもしれない。
何も起こらない現状に安堵した二人は気が抜けてしまった。
油断、していたのだろう。
放課後、ことは起きた。
掃除も終わり、鞄を抱えて早々に
二人の行く手を遮ったのは、狐坂誠だった。
思わず、二人は固まる。
すぐにその場から退こうとしたが、遅かった。
にこりと笑った狐坂誠は二人に告げる。
「君達のこれから行く先、ついていっていいか?」
有無を言わせぬ物言いであったが、連れていったら団員に危害を加える可能性がある以上は連れていくのは憚られた。
考えた末に実は言葉を絞り出す。
「……とりあえず、話しやすいところにいきましょう」
少しの間を置いて、狐坂誠は了承した。
途中、階段を通るとき、屋上に続く踊り場で知り合いが数人、座り込み雑談していた。
転校生のことにつてい楽しげに声をかけられる。
お気楽なものだと思ってしまう。さらっと流して、先に進む。
向かった先は図書館、構内でも取り分け大きいであろう図書館は放課後になると使う人数も減り、密談にもってこいの状態になる場所だ。
それから不思議な事に、常にカーテンが閉められている。
室内にはカウンターにいる生徒以外には人は見えない。
カウンターにいる生徒の目は狐坂誠よりも濃い赤い瞳を持っており、どうにも血を連想させた。
春は、その赤い目に一瞬惹かれるが、すぐに視線を狐坂誠に戻す。
何も喋らずニコニコとしているのが不気味だ。
狐坂誠は図書館に備え付けられている椅子に座る。春と実はお互いの顔を見合わせ、少し考えたあと狐坂誠の対面に座った。
少しの沈黙の間、実が口を開いた。
「なんで僕たちについてこようとしたんですか?」
実の言葉に、狐坂誠の表情はストンと抜け落ち旧校舎で遭遇したときのような視認のような表情に変わった。
その豹変具合に二人は肩を震わせる。
「ワシの目的を達成するために最適の場所だと判断しからだ」
「目的?」
「そうだ」
何が目的なのか。聞こうと思ったが、聞かないことにした。
「それから色々と、立場として都合がいい。だから
その都合が一体なんなのか……。
この学校の生徒に何かしようとしているのかもしれない。
判断が、つかない。
「……不用意に、人に危害を加えないと言うのならば連れていきます」
「誓おう」
表情が変わらないから“何か”の真意はわからない。だけど、これ以上は団長に任せることにした。
恐怖で正常に頭が回っていないだろう現状、自分達が“何か”相手にうまく立ち回れるとも、うまく対処できるとも思えない。
あの変人に、久我に投げてしまおう。会いたがっていたのだから喜ぶだろう。
それに“何か”が用があるのは団長達だ。
無責任だろう。他人任せだろう。だけれど、手におえるものではないと判断した。
実が口を開こうとしたところで、見計らったように春のスマホからメロディーが鳴った。
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