七不思議
異彩を放つ教室の中に入ったとたん、二人を誘うように鳴いていた狐の声は止んだ。
さっきまで教室の中から溢れんばかりの光を放っていた鬼火も、消えている。
だが、かわらず外は夜のままだ。
春はそれに驚き、実の背中にピタリとくっついた。
「ずいぶん騒がしい客が来たものじゃな」
底冷えしてしまうような、冷たい声が二人以外誰もいない教室に響く。
実は興味津々と、春は戦々恐々と、まわりを見回しているが誰も見つからない。
どこ?どこ?どこ?
窓の外?違う。
扉の向こう?違う。
机の下?違う。
声の主はどこにいる?
探しているのに見つからない。
さっきの声は幻聴だったのだろう。
そう結論付けて、自分を納得させて、正面を向いた。
正面に、生気の無い青白い肌をした“何か”がいた。
「きゃああああああっ!」
悲鳴は出たが腰が抜けて、それでも少しでも離れたくて這いずるようにして距離をとる。
「うわっ!?」
春がしがみついていた実も“何か”を見た。すぐに走って、その場から逃げていく。
「うるさい」
老若男女が入り交じった、無機質な声が教室に反響する。
現れた“何か”は人の姿をしていた。
黒く長い髪、視認のような白い肌、光を写さない目、古い狐宮学校のセーラー服。
それから、ずれてつけているお祭りにでも売ってそうな狐の面。
噂通りの見た目をした“狐面のセーラー服少女”だった。
その見た目に会わない口調をした少女の形をした“何か”は能面のような無表情で春をじっと見たあと、ゆっくりと実の方を見る。
“身の毛もよだつ”とは、まさにこの事だろう。
恐ろしく不気味な空間で、恐ろしく不気味な人の形をした“何か”と一緒にいるのだから。
ズリ、ズリ……。
恐怖心からゆっくりと、体を引きずるように教室の扉に向かう。
春は今すぐにでも逃げ出したかった。喜色の笑みを浮かべて“何か”を見ている実なんか置いて、逃げたかった。
バァァァン!!!!!!__
誰も扉をさわっていない、なのに恐ろしい強さで教室の扉がしまった。
“何か”の手が伸びているのが見える。
退路を、閉められた。
「願いは?」
抑揚のない、機械のような声が春達に問いかける。
ズリ、ズリ……。
春は無理矢理体を動かして、実の足にすがり付く。
視線が春に注がれる。恐怖が頭を支配した。
願い事を言わなければならない。
それに頭を支配されて、気がついた頃には口を開いてしまっていた。
「……しゃ、写真を、撮らせてください」
願いを言ってしまった。
「撮れ」
一変も表情を変えずに言った。
春は震える手でカメラをかまえ、レンズを覗くことなくシャッターを切った。
フラッシュライトが“何か”を照らす。影はなかった。
次の瞬間、実が崩れ落ちる。
「……」
悲鳴すらも上がらない、手の震えがまして涙がさらにこぼれていく。
唖然とする春を放置して、実は不気味なほどに小さな声で何かを呟いている。
「やっとだ。追い続けて苦節九年、あの日から僕はずっと怪異と会ってみたかった。今こうして、その願いが叶うなんて……!!」
実の頭のなかになんて恐怖はなかった。
あるのは喜び、ただ一つ。
その様子は狂乱、その言葉がふさわしいだろう。
「み、のる……くん?」
春はか細い声で実を呼ぶが、反応はない。
恐怖のあまり気が触れてしまったのだ。
そう思った春は絶望にも近い感情を抱えることになってしまった。
どうしよう。願い事を言ってしまった。対価は何になる?気が触れてしまった実はどうしよう。
頭の中でいろんな言葉が出てくるが、うまく処理ができない。
「二人分……」
紫色の唇が、三日月のごとく、裂けてしまいそうなほどに歪んだ。
古今東西、怪異、妖怪、幽霊。その類いは常に理不尽で人の常識は通じない。
「二人分、叶えた。二人分の貢ぎ物を、献上せよ」
歪な三日月が、春達を嘲笑う。
理不尽なことに二人分の願いを叶えたことになってしまった。
実は望んではいたものの、願ってはいないと言うのに、これだ。
このあとがどうなるか。二人分も“何か”がお気に召すものを持ってこなければならなくなった。
その事実を受け入れたくなくて、頭がクラクラして真っ白になる。
「我と会ったことで叶った望み、それ即ち我が叶えたも同然。ケケケ、ケケケケケケケ!!!!」
不気味な笑い声が旧校舎に響く。
「何をご所望ですか?」
さっきまでブツブツと何かを呟き、嬉しそうにしていた実がスッと立ち上がり臆せず“何か”に質問をした。
「そうさな」
少しの沈黙のはて、“何か”は静かに春を指差した。
「そこの娘と入れ替わろう」
心臓を捕まれた気分だった。
わし掴まれた心臓は激しく脈をうって、体の中に脈を打つ音を響かせる。
爪先からだんだんと体が冷えていく。
頭の中にぐるぐると回るのは眼前にある「死」の可能性。
「死」か、「大切なもの」かの二択が春に襲いかかる。
大抵のものが迷わず大事なものを指す出すであろう、この状態。春は、それができないでいた。
“何か”の宣言に、ストンと実の表情が抜けた。
「それは、ご遠慮願いたい」
さっきまでの嬉しそうな声色から冷たい声色にかわった。
“何か”の宣言で正気に戻った実は恐怖と同時に怒りを抱いていた。
待ち望んでいた存在でも、それは不気味で恐ろしかった。それに、目の前で人を殺そうとする行動、実はそれが許容できなかった。
だから、実は春を守ろうとした。
「我儘じゃ」
“何か”が短く言う。その声には不満が色濃く出ていた。
「なにか、別の貢ぎ物でご容赦を」
“何か”が圧をかけるように実を見つめる。
実は負けじと、その恐ろしい顔を見返した。
永遠のような、一瞬の時間。
一向に怯まない実に“何か”が折れた。
「七不思議を語れ」
どんな要求が飛び出すか、警戒していた実も後ろで怯えていた春も拍子抜けした。
気持ちを持ち直しつつ、実は一つ一つ語っていく。
壱 深夜に鳴り響くピアノ
どこにいようとも、どこからともなく聞こえるそれは本当にピアノの音色か?
聞きすぎると迷わされてしまう。
その行き先は永遠の音楽祭。
戻れはしない音楽祭、帰れはしない音楽祭。
弐 深淵から除く目
高等部校舎の一階、階段の裏手の床。
夜になるとそこは途方もない深淵となり目が覗く。
深淵に飛び込むとどうなるのだろうか?
見つけた暁には、深淵に引きずり込まれるかもしれない。
参 名無しの命子さん
名無しの命子さん。
矛盾がある?そりゃそうでしょ。
名無しは自称、ただ命子さんって読んだらダメ。
何故か?名無しの命子さんは本名を嫌う。
呼んでしまうと頭からバリバリと食べられてしまう。
肆 いつかの人影
ある教室はいつかの出来事を影で写し出す。
だが時々未来が写すんだそうだ。
それは決して良いものでない、悪い未来、そして見たとたんにその未来は決まる。
その教室の怒りを買えば悲惨な未来をみてしまうだろう。
伍 吸血鬼は人間
その生徒は自らを吸血鬼と名乗っていた。
その生徒が行方不明になった翌日には血が全て無くなった、小動物の遺体が発見されるようになった。
生徒達はその生徒が本当に吸血鬼に成ったのだと噂した。
ならその生徒はどこへ消えた?それはわからない。
もしかすると、まだ学校のどこかにいるのかもしれない。
最近は人まで襲われ始めたとか。
陸 片眼の屋上少女
屋上にいる片眼に眼帯をした少女が立っていると言う話がある。
少女は飛び降りるもその遺体はない。
安心したのは良い、だが後ろから聞こえる「羨ましい」の声。
その声は生きている人間がうらやましいのか、酷くうらめしそうだ。
語れば語るほど、“何か”の表情は崩れていき苛立ちを覗かせていた。
「そうか、そうか。噂が、変わっているのか」
二人には、その言葉の意味がわからなかった。
だって、二人は語った噂しか知らないからだ。
「最近おかしいと思えば、これか。噂の一人歩き……そうか」
一体何を言っているのだろうか。理解が追い付かない。
「これで一人分」
無意識ながらに、緩んでいた二人の意識は“何か”の言葉に固まった。
まだ、終わらない。
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