第30話 逆鱗少女は少年を人殺しにさせる

 赤毛の少女の髪が逆立つ。

 全身から、パチパチと過剰魔力が漏れ出す。


 ピシ…。部屋が歪む。


 ダダダッ…。ライブスとウィズとニースが部屋の端まで避難する。


 神官長は険しい顔で瞑目し、赤毛の少女は翡翠色の瞳を黄金に輝かせ、9歳か10歳くらいに見える二次性徴前の男の子を睨んでいる。


「ロゼ、凶兆の一つは神学校の学級崩壊だ」

「凶兆も何も、コイツは悪魔の言葉を話した。みんな、聞こえてなかったんですか?一番確実な凶兆が悪魔の子…。私はそう教わりましたけど?」

「…た、確かに。そう聞こえた…かもしれない」

「かもしれない?だったらフィアンセに教えてあげます。コイツは悪魔の子で確定です‼アンタのせいで…、私は‼」


 パン‼と破裂音がした。何も壊れていないのに、何かが破裂した。

 となると、ヘルメス様が使っていた魔法具の結界


「暴風の神フィーゼオ。火炎の怒女神ゴート。雷神フィーゼオ…」


 ロザリーの口が神の名前を紡ぐ。それに呼応して高まっていく色とりどりの魔力。

 部屋の中で書物が飛び交い、火の粉が舞い、至る所でパチパチと静電気が発生する。

 ポルターガイスト現象というか、プチこの世の終わり。

 大神殿の神官長の部屋が吹き飛びそう。その轟音が遥か遠くに届き、大戦の始まりの太鼓の音だと、諸侯は思うかもしれない。


「ロゼ、そこまでだ‼分かった。認めよう。今のは悪魔の言葉だった。実は私はそれを調べていたのだ」

「それでは何故私を」

「も、もしもだ。もしも、悪魔の子と確定した場合だ。本当に悪魔の子だった場合、アールブ家が反乱分子と思われる。疑いがかけられる…かもしれない。だから君をここに呼べなかった。…だが、そうか。決定したようだな…」


 は?…こいつ何を言ってんだ。


 っていうか、プライドが高そうで、ボクに命令ばかりする神官長が折れた。

 身を切る思い、ではなく一人の少年、つまりボクの身を切る思いで吐いた嘘。

 

「私の…為?そ、そうでしたの。…ヘルメス様、申し訳ありません。つい、頭に血が上って」


 バサッ、ボト、ボウッ‼…バシャ‼っと怒りの奇跡は収まったが、部屋は滅茶苦茶で即座に消火活動が始まった。


 流石はヘルメスの命令で成績トップを目指していた少女。

 彼女の服と、ヘルメスの服だけが無事。後は皆、灰塗れ。埃まみれ。


 そしてボクは一人。埃も払わずに、部屋の真ん中で呆然と立ち尽くしていた。

 それくらいこの学校に入った時、ボクはロザリーに支えられていた。

 怪しくはあるが、それ故に両親に捨てられて、孤児院でも襲われて、保護されて。


「ゴメン…なさい…。ボクが悪魔の子…で」

「謝って済む問題じゃないわ。あぁあ、こんなことなら優しくするんじゃなかった」


 可哀そうな子供として、優しくしてくれてたのに、こんな目で睨まれた。

 でも、心の中のボクは、『なんかすみません』とか言っている。

 だって100%、ボクは悪くない。生まれたのが悪いって言われてるんだ。

 そしてボクの背後で、小さく囁かれたのは


「ロザリー様に近づくから…」


 こんな時でも、彼はきっと笑顔なのだろう。


「これからどうなんだよ。ヘルメス教室…」


 ひそひそ声。ライブスは本気で頭を抱えているのだろう。


「ヘルメス様の仰る通りに…」


 横からは少女の声。

 ニースは謎の力で神官長を肯定する。


 そしてボクは遠い目をする。

 

 なんでこんなことに。あの時はスルー出来たのに、あ…、そうか。

 ボクの精神年齢が上がったからだ。

 何?…俺は女児を女児と認識している…、だと?

 それは断じて違う‼あ、あれだぞ。そういうの、最近厳しいからな。

 とあるサイトだと、海外のクレカが使えなくなったとか、騒ぎになっていたが、俺には関係なかった。

 だって過去の遺産があったし‼そのための古いPCとか残してたし‼

 …あれ、そういえば。落雷で死んだあとって、部屋を捜索されたりするのかな。

 いやいや、それはないって。父さんも母さんもいない。従兄とも会ってなかったし、多分、あのPCはそのまま…。どのまま?


 現実逃避先で、顔面を引き攣らせていた。


 その間、皆は色々と話をしていたらしいけど、俺にはどうすることも出来ない。

 だって、発売終了したエロゲって、プレミアがつくから。

 その従兄が、ネットオークション的なので小遣いを稼いでることを思い出したからだ。

 売られる?売られてしまう‼アレは俺のエロいやつだぞ‼バレるのはこの際、どうでもいい。

 遺言書に、俺の棺桶にパッケージとその特典を全て入れろって書いておくべきだった。


 すると、こんな声が俺の鼓膜を揺らした。


「…売り渡すわけにはいかないぞ」


 そう。その通りだ。もしかしたら棺桶に入れてくれたら、俺はこの世界に持ち込めたかもしれない。

 で、この世界なら神官長もロリでしたーって言えば、堂々と棚に陳列できる。


「…それで、どうやって動かすか…か」


 そんなの問題ない。この世界には魔法がある。

 電力さえあればどうとでもなる。


「うん…。うん。大丈夫そう…」


 その時、部屋の空気が変わった。


 ん?


「ソリス。お前、それでいいのか?」


 その声にボクは目を剥いて、緑の髪の少女の顔を伺った。


「本当に…、いいんですか?」

「え、本当に…?…うん」


 ボクは良かった、と胸を撫でおろした。

 ニースは日本語を聞くと、顔に出る。今のは大丈夫のやつ。

 ちゃんとアルテナ語で心の中で叫んでいた。

 それに叫んだことで、ちょっとだけ頭が回り始めた。


 ロザリーが態々、ここに来たのは許嫁に会うため。

 それが、貴族が一つの一族だけだった理由。アルテナ神国は内乱真っ只中でも、ロザリーはここに来たかったのだ。

 そして、どういう経緯かは分からないけど、悪魔の子のせいで彼女の許嫁は神官長になってしまった。

 その意味はまだ分からないけど、貴族の人間が何かのトラブルを避ける為に、一先ず神職に就くのは良くある話。


「当然よ。断る権利なんてないの。だって、同じことをヘルメス様はやっていたんですもの。危険地帯に放り込んで、死ねば人間。生きていれば悪魔の子。…ですわよね、ヘルメス様」


 え………、これは一体?


「売り渡せば、担がれるぞ」

「この眼帯で封印していれば、バレないんですのよね?」

「眼帯もだったとはな」

「ん、どういうこと?ライブス、匿っていた罪を認識ていているなら白状しなさい」


 何の話?…って、ボクが売られる話。死ねば人間的な話。


「悪いな、ソリス。俺さ、実は聞いてたんだよ。その包帯も封印なんだよな?」


 目を剥く。ライブスからそんな言葉が出るなんて。

 話が分かる男に育ってくれた。だって、彼は成長が早いんだ。


「へぇ、気付いてたんだね。その通りだよ。ボクの左手には悪魔が封印されている。この包帯を取ったが最後、この世界が地獄へと変わるんだ。」

「因みに僕は知ってたよー。眼帯の下は魔眼、包帯の下には悪魔の手が封印されているんだ」

「はぁ…。レックスの奴、どれだけ吹き込んでいるんだ…、全く。それで…、良いんだな、ソリス」


 ロリ神官長が言う。拒否権なんてないのに。

 ボクは眼帯を付けなおしながら、肩を竦めた。


「ボクは別にいいよ。どうせ、リーナの名を出すんでしょ?」

「アンタ、ヘルメス様になんて口の利き方…。少しでも可哀そうと思った私がバカだったわ。ヘルメス様…」


 どんな話になったのかは分からない。

 前世の世界の俺の部屋と、こっちの世界のボクのお姉ちゃん。

 その二つ以上に大切なものはない。


「ソリスとリーナは元々、他人だ。…ウィズ、これ以上余計なことを喋るな」


 だけど、まさかこんな話になっているとは思っていなかった。

 ロザリーは単に神官長に会いたかった。本来の将来の相手を遠ざけた張本人が、ここに居るとも知らず。


 だが、ウィズとライブスが言ったことが関係ない、なんてことはない。


「分かってますよ。…ガンプ公の暗殺任務に、僕も加えてくださるなら。…締まりの悪い口も鍵がかかると思いますよ?」

「え…?暗殺…任務?」


 頭が真っ白になる話が、糸目の彼から公表された。


「マジで悪いことだった…。暗殺任務を学生にって…」

「何を言っている。ガンプ公は王家を裏切り、直轄地を進軍してる悪の貴族だ。このまま放っておけば、アールブ領は蹂躙され、メゾリバイア領もタダでは済まない」

「そうよ。アンタが悪魔の子じゃないって証明するのにピッタリじゃない」

「悪魔じゃない証明…って、つまり」


 何を言っているのか分からなかった。ウィズは何故かノリノリで、ライブスはボクに可哀そうに、という目を向けている。


「悪魔の子は大厄災の凶兆だ。そして世界の皆は勘違いしている。歴代の悪魔の子が無害だったことを」


 神官長が膝の上に13歳の少女を座らせて何言ってんだ。

 何言ってんだろ、このロリ。お前の存在が完全にアウトなんよ。

 この世界が許しても、俺が許すと思うなよ‼


 …なんて言ったところで、権力者には逆らえない。


 この世界で唯一助けたい存在が、今も我が子と共に幸せに暮らしているのだ。

 

「ソリス。お前が証明しろ。悪鬼羅刹をその手で葬ることで、お前が無害だと証明するんだ。拒否権はない」


 …人を殺したら、それは害なんよ‼


 だが、郷に入っては郷に従え。こんな無茶苦茶が押しとおり、ボクはウィズと共に旅立つことになった。


 人を…、殺す為に

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