2 悪魔を殺す。そして──

 そこからのシェリーの行動は早かった。神殿管理者の大神官に直談判し、自分に呪いをかけた悪魔を斃すためと言って、この軟禁状態から解放するよう要求した。

 大神官、枢機卿、果ては国王と教皇にまで要求し、審判され、「結局何も出来ないだろう」と、そんな哀れな理由でシェリーは半分解放された。


 そう、半分。彼女は呪われた身の上。

 神殿から出られても、常時高位の神官が警護とも監視ともつかないような状態で、シェリーの側に付き。

 シェリー自身も、破邪や破魔の装身具を身に着けなければならず、動く度にジャラジャラと鳴るそれが、お前は呪われているのだと言ってくるようで、彼女を陰鬱な気分にさせた。


 そして、シェリーは王立騎士団に入る。悪魔は最悪、神官達でどうにかなるかも知れないが、神殺しを成すにはどうすれば良いか分からない。そこでシェリーは、一貴族の令嬢でしかなかったその少女は分からないなりに考え、まず腕っぷしを鍛えようと思ったのだった。

 そこから、三年が経ち。シェリーは一部隊を任せられるほどにまで成長する。シェリーには、幸か不幸か剣技の──騎士としての才能があった。実績の積み重ねによって、周りはシェリーを少しずつ信用し始め、愛は得られずとも、シェリーは少しずつ前向きになっていった。


 けれど、一番の問題について、解決の糸口が見いだせなかった。


 神殺し。


 それは、どうすれば実現出来るのか。悪魔のいるこの世界は、あの悪魔が言った通りに、神も存在する。しかし悪魔と違って神は、人間の前に滅多に姿を現さない。

 シェリーは文献を調べた。神に会える、または神を召喚する方法を探して。そして、神を殺すには、どうしたら良いか。


「………………あった……」


 調べ始めてから二年。シェリーはついに、神と出会う方法を見つける。

 それは、こういうものだった。

 二百年に一度、満月が紅く染まる夜。世界で一番澄んだ水に映るその月から、神が現世へと現れる。


「二百年に一度、二百年に一度……二年後じゃない!」


 二年後、殺すべき相手がこの世に姿を現す。シェリーの心は希望で満ち溢れた。

 やっと解放される!

 愛を取り戻すことが出来る!

 けれど、その前にやるべきことがあった。それは、彼女自身が神殿からの解放条件として出したもの。──あの悪魔を殺すこと。


「……復讐、出来る」


 父を、友人達を、嬲って殺したあの悪魔を。今度は自分が殺すのだ。

 シェリーは騎士団で体を鍛える中、神殿でも聖なる力の使い方を教わってきた。聖なる力にも適性があったシェリーは、とても上手く、加えて強力に、その力を扱えるようになっていた。

 準備は、万端だった。

 シェリーは神殿と王宮に申し出る。悪魔の棲む魔界への、進出許可を得るために。

 神殿も王宮も渋ったが、シェリーが自分一人で行くと言うと、それならばと許可が下りた。

 呪われた人間を手放せる機会だと思っているのだろうと、シェリーは冷静に判断した。悲しくないと言えば嘘になる。けれど、彼らの考えも理解出来てしまうので、シェリーは不満を抱かなかった。


 旅は、驚くほどに順調だった。魔界へ足を踏み入れても、ほとんどの悪魔は自分の存在に気付くやいなや、逃げ去ってしまうのだ。

 最初は疑問だったが、すぐ合点がいった。


 ──私は最上位の悪魔。


 あの悪魔は、そう言っていた。そして自分は、その最上位の悪魔の呪いを受けている。自分より格の高い悪魔の手の付いた存在に、他の悪魔は手を出してこないのだ。


「あの野郎様々ね」


 これなら、あとはあの悪魔を探せばいいだけだ。と、思っていたら。


「こんにちは。お久しぶりですね、いつかのお嬢さん」


 相手のほうから出て来てくれた。

 手間が省けた。


「こんにちは。あなたを殺しに来たわ。最上位の悪魔さん」

「おやおや、たった数年でこれほど変わるとは。人間とはまこと、面白い存在ですね」


 悪魔は、あの時と同じ禍々しい笑みを湛え、何百という眷属を従え。


「私を殺すと聞こえましたが、そう簡単にいきますかね?」


 シェリーに襲いかかってきた。


「……」


 シェリーは、聖なる力を纏わせた剣を、一薙ぎ。百を超える眷属が、一瞬にして塵と化した。

 それを見て、目を細める悪魔に。


「どう? 少しは信じてもらえたかしら。──あなたを殺す意気込みを!」


 また、一薙ぎ。今度は二百が塵になる。


「……分かりました。信じましょう。あなたが本気で私を殺そうとしていることを。ならば、こちらも本気でいきましょうか」


 悪魔は静かな口調でそう言うと、


「ッ……!」


 シェリーの目の前に、一瞬にして移動する。


「さあ、楽しませてくださいね?」


 そこから、三日三晩の激闘が続いた。

 シェリーはどこまでも食らいつき、始めは余裕のある表情だった悪魔の、その頬に冷たい汗が流れる。


「……あなた、本当に人間ですか?」

「ええ! あなたが殺し損ねた人間よ!」


 そして、そこからまた三日。いつしか形勢は逆転し、悪魔は腕も足も羽も落とされ、地べたに這いつくばり、


「……私を、殺しますか」


 シェリーを見上げる。


「ええ。そのために来たんだもの。……ああ、でも」


 シェリーは冷たい表情で、浅く、息を吐き。


「一つだけ、聞きたいの」

「……何でしょう」

「神を殺せば私の呪いは解けるの、嘘だったりしないわよね?」


 その問いに、悪魔は目を見張り。


「……、は、はは、はははっ!」


 笑い出した。


「ああ! あなたは! 私があそこに現れた理由や、どうしてあんなことをしたのかなどと、聞かないんですね! 嗚呼! あなたを生かしていて良かった! こんな素晴らしい成長を遂げて!」

「いいから、質問に答えて」

「ええ、答えましょう。誓って、嘘ではありませんよ。呪いとは、契約。神を殺せば、あなたの呪いは解ける。そう言った私には、そしてあなたには、その契約が交わされているんです」

「そう、なら良かった」


 そして、悪魔の首を落とすために、シェリーは剣を振り上げ、


「なんなら、神の殺し方をお教えしましょうか?」


 その言葉に、動きを止める。


「人間の知識程度では、そこまで知り得る者はいなかったでしょう? 何、これも嘘は言いませんよ。私からの、ちょっとしたプレゼントです」

「……あなた、人にプレゼントするのが好きね」


 言いながら、シェリーは剣を下ろす。


「で?」

「いや、逞しいお嬢さんだ。神殺しも厭わないとは」

「いいから、言いなさい」

「二百年に一度──」

「満月が赤くなる夜に一番澄んだ水に映る月から神が現れる、なら、知ってるわよ」

「おや、それはそれは。では、世界一澄んだ水の場所も、ご存知で?」

「ゲアドル湖でしょう? 聖域とされる、世界一浄化の力の強い場所」

「これはこれは。人間も侮れませんねぇ」

「で、知っているのは、それだけ?」


 淡々と言うシェリーに、悪魔はニヤリと笑みを浮かべて。


「ちゃんと、続きがありますよ。その、現れた神の唇に、口づけを落とすんです」

「は?」

「そんな、嫌そうな顔をしないでくださいよ。まだあるんですから。神に、口づける。すると神は、一時的にですが現世に縛られる。受肉するんです。あとは人間を殺すのと同じ。心臓を突き刺すなり首を斬り落とすなり、どうぞご自由に」


 笑顔で言う悪魔に、シェリーは再び剣を振り上げ、


「そう。最期のプレゼント、どうもありがとう」

「いえ、こちらこそ。楽しい最期になりました」


 笑顔でそう告げる悪魔の首に、刃を振り下ろした。



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