第6話

 今朝もいつものように出社し、社長室の扉を開けた。


「おはよう、メリンダ」


「あ、おはようございます。社長」


返事をするメリンダはいつもと違い、様子がおかしい。何やら浮かない顔をしている。

昨夜、あれほど俺と楽しい夜を過ごしたのに一体どうしたのだろう?


「メリンダ、どうかしたのか?」


「はい……実は、出勤するときにヒールが折れてしまいましたの」


メリンダは少しだけスカートをめくると、確かに彼女のヒールが片側折れてしまっている。


「これは歩きにくいな……予備の靴はあるのか?」


「まさか、予備の靴などあるはずありません。だから、困っているのです」


そしてため息をつく。

美しいメリンダに悲しげな顔は似合わない。


「よし、それでは外回りを名目に一緒に靴を買いに行こう。是非俺にプレゼントさせてくれ」


「まぁ! プレゼントなんて……よろしいのですか?」


「勿論だ。社員が働きやすい環境を作るのも社長の仕事だからな」


幸い、顔が利く靴屋がある。

俺の名前を出せば、ツケ払い位どうってことはないだろう。何しろいつも妻を連れて靴を買いに行っているのだから。


「よし、それでは早目に出かけよう」


「はい、社長」


メリンダは嬉しそうに返事をした――



 社員たちに、これからメリンダと一緒に外回りをしてくることを告げると2人で辻馬車に乗った。


「ふ〜……片側のヒールがないと、とても歩きにくくて疲れてしまいましたわ」


メリンダが馬車の中で肩に寄りかかってくる。


「大丈夫だ、これから行く靴屋はサイズも種類も品揃えが豊富だ。きっとすぐに気に入った靴が見つかるさ」


「はい、社長」


こうして俺とメリンダは少しの間、馬車の中で恋人気分に浸るのだった――




****


 馬車が目的地である靴屋に到着した。


早速メリンダを連れて靴屋に入ると、すぐに男性店員が近づいてきた。


「いらっしゃいませ、あ。お客様は……」


「そうだ、俺はカール・ヒューゴだ。当然知っているだろう?」


「ええ。勿論存じております。エリザベス様のご主人様でいらっしゃいますね?」


「あ、ああ。そうだな」


店員の物言いが若干気に入らなかった。まるで、俺がエリザベスのおまけのような言い方に聞こえてしまう。


「彼女は俺の秘書だ。出勤前にヒールを折ってしまって難儀している。これから彼女と外回りをしなくてはならなくてね。このままでは歩きにくいので、靴を見せてもらえるか?」


言い訳がましく聞こえてしまうが、ここはエリザベスが贔屓にしている靴屋だ。あらぬ誤解を生むような真似をするわけにはならない。


すると男性店員はメリンダの足元を見た。


「ははぁ……なるほど。確かにコレでは歩きにくいですね。承知いたしました、ではこちらにいらして下さい」


「はい、分かりました。それで社長は……?」


メリンダは俺を振り向く。

本当は彼女と一緒に靴を選んでやりたいところだが、一緒に行動しては2人の仲がバレてしまうかもしれない。


「俺はここで待っているから、履きやすい靴を選ぶといい」


「ありがとうございます」


笑顔で返事をするメリンダ。


「では、あちらへ行きましょう」


俺とメリンダの会話を聞いていた男性店員が彼女を促し、2人は店の奥へと消えていった。


「……さて、少し待たせてもらうか」


この靴屋は貴族ばかりが利用する店なので、豪華なソファセットが置かれている。

そこに座ると、メリンダが戻ってくるまでの間待つことにした。



そして俺を苛立たせる、ちょっとした出来事が起こる――

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