第83話 魔剣フォルバガード

「ああ、カサンドラ。久しぶりだね。君はいつ見ても美しいな。これはリアの身体を通して話をしているのか? リアも立派に育ってくれたみたいで嬉しいよ」


 イーリアスの身体が動いてカサンドラの事をぎゅっと抱きしめる。


「······ヘレノスなのね?」


「ああ、そうだよ。随分と時が流れたみたいだけど、私だとわかってくれるかな?」


「私にとってはつい最近よ······こうしているとヘレノスの心を感じるわ」


 抱き合ったまま、カサンドラとイーリアス(ヘレノス)が二人共大粒の涙を流していた。


「リアの感情から大体の事情は読めたけど、カサンドラは石にされていたのか、無事に解呪できて良かったよ。君達の安否が心残りだったからね、こうして元気に過ごしているところを見れてとても安心している」


「ここにいるルイさんとエリーさんがたすけてくれたのよ」


「そうみたいだね。ルイさん、エリーさんカサンドラとリアを救けてくれてありがとう」


「いえ、大魔王のやり口には腹が立っていましたので、一泡吹かせたいって自分の為でもあったんです。それにイーリアスは俺の憧れの存在だったんで、どうしても救けて仲間にしたかったんですよ」


「リアは暗黒騎士としてやっていけているかね?」


「はい、いつも頼りにしています。あ! いつ時間切れになるかわからないので、先にヘレノスさんにお願いがあります」


「なんだろうか? 妻と娘の恩人にはできる限り報いたいが」


「今ヘレノスさんのインベントリは開けますか? その中に魔剣フォルバガードがあったら、イーリアスに継承してもらいたいんです」


 実はインベントリは魂に紐付けされている為、この様に降霊している間なら死者の生前の持ち物が唯一取り出せるのだ。


「おお!? 私のインベントリが開けた! 不思議なものだな。最期の時に自爆する際、敵の手に渡らぬようにインベントリに収納したものがそのまま残っているようだ」


 シュン! と、インベントリから現れた魔剣フォルバガードがイーリアス(ヘレノス)の手に握られた。


 魔剣フォルバガードは日本刀の様に緩やかな反りを持つ曲刀だった。柄頭には目玉を模した白黒の玉が嵌まっており、ガードの部分は骨の意匠で出来ていて禍々しさがある。


 ゲーム中盤で手に入るというのに、今回の特殊イベントでしか手に入らないこともあり、破格の攻撃力を備えている。最終盤まで使用可能な名刀だ。但しイーリアスの専用装備となっているので、他の者には扱えない。


「今の鍛え上げたリアなら魔剣フォルバガードも扱えるだろう。開祖の家名であり隠れ里の名を冠した伝来の魔剣だ。これを失う事なくリアに継承出来たことは大変喜ばしい。ルイさん、機会をくれてありがとう」


「いえ、こちらこそありがとうございます」


「リア、聞いているかい? またとない機会だ、生前はまだリアが幼くて伝授出来なかった奥義を、今リアの身体に叩き込んでおこう」


 イーリアス(ヘレノス)が魔剣フォルバガードを正眼に構える。俺達はイーリアスの邪魔にならない様に距離をとった。


 可視化出来るほどの濃密な暗黒パワーが、イーリアス(ヘレノス)の身体を覆っていき、次いで魔剣フォルバガードにもまとわれていった。


 流れるような動きで、淀みなく体捌きを繰り返し剣を振るっていくイーリアス(ヘレノス)。時に剣のみに暗黒パワーが集中する事もあった。


 しばらく剣技を繰り返していたが、再び正眼の構えを取り、その後構えを解くと「時間切れか」とポツリと言葉をこぼした。


「ルイさん、素晴らしいひと時を授けてくれてありがとう。皆さん、妻と娘をよろしくお願いします。リア、愛しているよ。剣の道に終わりはない、精進しなさい」


 カサンドラがイーリアス(ヘレノス)を抱きしめる。


「もう、お別れなのね……」


「ああ、そうみたいだね。今回はきちんとお別れが言えて良かったよ。カサンドラ、君はまだ若い。幸せに生きてくれ」

  

 カサンドラがイーリアス(ヘレノス)の口を塞ぐ様にくちづけをした。


 イーリアスの身体が淡く光る。唇を離したカサンドラとイーリアス(ヘレノス)は互いに見つめ合い、最期に愛の言葉を送り合って別れた。


 イーリアスの身体から完全に光が消えた。


「父上……」


 イーリアスの目にも涙が溢れている。

 しばらくの間、静寂の時が過ぎていった。




 やがて、イーリアスが努めて明るく語り出した。

  

「見ろルイ。隠れ里の至宝、魔剣フォルバガードを手に入れたぞ。これを継承してもらえたからには、一人前いちにんまえの暗黒騎士の棟梁として更に活躍せねばならないな」


「なんというか、お父さんの眠りを無理やり覚ましちゃってごめんね」


「そんな事はないぞ、普通なら死後にもう一度語る事などできないのだ。感謝こそすれ非難する事など何も無い」


 イーリアスが優しく言ってくれた。


「そうですよ。あの時は突然帝国の大軍が現れて、ろくに会話も出来ないまま女子供は避難することになってしまいましたから……ちゃんとお別れをさせてくれてありがとうございます」


 カサンドラも穏やかな表情で微笑んでくれた。

 二人がそう思ってくれているなら良かったのかな。 


「新たに『不活斬』というスキルを得たぞ」


「あぁ、そのスキルが海底神殿では大事なんだ。イーリアスには早速大活躍してもらうからね!」


「よし、これで準備は整ったか!? 水の大輝石へ征くぞ!」


 気合十分の水の勇者ケオルグが一刻も早く海底神殿に乗り込もうと意気込んでいる。俺も気合いを入れ直して号令をかける。


「そうだな、準備は整った! いざ海底神殿へ出発だ!」

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