第46話 インフェルノ

 インフェルノと詠唱した途端、地響きが起こり地面が揺れる。

 地面の揺れは激しさを増し、立っているのがやっと。


「おわっ!?」

『グラグラするっで……ちぃっ!?』


 琥珀が振動に耐え切れず、コロンっと我路の方まで転がって行く。


「琥珀!? だいじょ……え?」後ろに振り返った瞬間、ガキンッと何かが割れたような大きな音が響く。


 慌てて前に向くと。


「なっ!?」


 銀狼が作った氷の地面が砕粉々に砕かれ、太い火柱が噴き上がっていた。

 それはまるで、火山のマグマが噴火したよう。

 火柱は銀狼の真下から噴き出たが、察知した銀狼は瞬時に横へと避ける。

 だが間髪入れず、次の火柱が銀狼を襲い、避ける間も無く腹に直撃する。


『グオオオオオオオッ』


 銀狼は地を割くような雄叫びをあげた後、逃げる様に空高く飛び上がり、空中で氷の鎧を身体中に纏い守りを固める。

 だがその防御を嘲笑うかのように、着地地点には大きな火柱が一本、二本っと数を増やし、銀狼を待ち構えている。

 まるで炎に意志でも在るように銀狼をつけ狙う。

 数分もすると火柱は氷の鎧を砕き、銀狼の体が火柱の餌食となる。至る所から吹き出る火柱から、逃れる事が出来る訳もなく……。


 銀狼は焼け焦げた姿で足元から崩れるように倒れた。

 ピクピクっと体を震わせてはいるが、もう銀狼は虫の息だ。


「すげえ……」


 インフェルノって、こんなやべえ魔法だったのか。


 俺が呆然と銀郎を見ていると、他の奴らも同じ気持ちなのか。

 誰も言葉を発しない。


 シンっと静まり返る中、『はい! らんどーちゃまの勝ちでちね!』っと琥珀の何とも言えない間抜けな声が、響き渡るのだった。


 その声で正気に戻ったのか。


「なんだあの魔法は……!?」

「召喚獣を倒しちまうなんて……!」

「こんな奴が居るのか!?」

「嘘だろ? 大召喚士様が負けただと……!?」

「誰があのお方の事をポンコツって嘘を言い出したんだよ!」


 勝負を見にきていたギャラリー達が騒ぎ出す。


 ルミ野郎はと言うと、炎から逃げ遅れたのか、体の半分が焼け焦げ倒れていた。

 それを治癒するために、魔法師達が必死に回復魔法をかけている。


 確か召喚獣は……召喚師の体に戻らないと回復しないって、琥珀が言ってたよな?

 あの死にかけの銀狼はどうなるんだ? まだルミ野郎の体に戻ってねぇんだが。


「なぁ琥珀? あの銀狼は……ルミ野郎の体に早く戻らないと、消えるのか?」

『む? そうでち。でももう……戻れないでちね。今のルミ野郎には魔力も体力も残ってないでちから』


 琥珀が少し悲しそうに俯き教えてくれる。


「じゃあ……アイツは消えてしまうのか?」

『そうでち。召喚獣仲間としては、ちょっとだけ悲しいでちがね』

「そうか…… 」


 ……なんだろう。

 あの凄え魔法に、必死に立ち向かっていた勇敢な姿を見たせいか、何とも言えない感情が俺の中で渦巻く。


『あっ! そうでちよ! らんどーちゃまなら助けられるかもでち。戦いが終われば皆兄弟でち!』

「うわっ! 琥珀!?」


 琥珀が訳のわからないことを言って、俺をグイグイ引っ張り銀狼の所に連れて行く。


『さぁ! ワレを使うでち!』


 琥珀が再びタトゥーマシーンの姿へと変化した。


「使うってもよ? お前はタトゥーの状態じゃないと取り込めないだろ? 銀狼コイツはもう具現化してるぞ?」

『たっ確かにそうなんでちが……らんどーちゃまなら! どうにかなるかもでち! 何が起こるかは分かんないでちが……ゴニョ』


 ったく。また行き当たりばったりな考えなんだろうが、俺もコイツを殺したくはない。上手く行くかは分かんねーが消えるよりはマシだろう。


 琥珀を右手に握りしめると、銀狼のすぐそばまで近寄る。

 銀狼は『グルルル……』っと死にかけなのに俺を威嚇してくる。


「おい! 俺はお前を死なせたくないんだ。だからな? 大人しくしてくれ! 絶対に助けてやるから」


 威嚇してくる銀狼の目を見ながら俺は思いを伝えた。


 すると伝わったのかは分からねーが、銀狼は威嚇を止め大人しくなった。


「わかってくれたのか? 絶対に助けてやるからな?」


 俺がそう言うと、銀狼の尻尾が一度だけふわりと揺れた。


 それは良いって合図ととるぞ?


「よし!」っと気合いをいれた後。


 タトゥマシーンとなった琥珀を、銀狼の首筋にあてた。


 銀狼がキラキラと光り輝き、光の粒子となっていく。


 その粒子が一箇所に集まり…………!?


「はっ?」

 

 白銀の毛並みをした可愛い子犬が俺の目の前に現れた。



★★★




 コイツが……あの銀狼なのか?


『見たいでちねぇ? 随分と小さくなったでちが』

『キャウ! キャッフ』


 俺と琥珀の目の前には、ただの子犬にしか見えない銀狼が、尻尾をふりふり俺たちの前でお座りしている。


 その姿はまるで……何って言ったっけ? あのフワッフワの犬。それにソックリなんだが。


 ええと……! 

 そう。ポメ……? ポメラニアンだ!


 あのモッフモフで愛くるしい見た目のポメにそっくりだ。

 可愛いんだが……銀狼だった威厳は全くなくなったな。


 さっきまで圧倒的な存在感を放っていた銀狼が、忽然と消えた訳なんだが、誰もその事を騒いでいない。


 どうやらギャラリー達は、聖印に戻ったのだと思っているようだ。


 魔法師長である爺さん達は、まだルミ野郎の回復に必死で、周りの変化に気づいていない。


 ルミ野郎の脚から、この銀狼の聖印も消えている筈何だがな。


『これはまた面白いことを……』

「らんちゃ!」


 稲荷を抱いた我路がゆっくりと近付いてきた。


「おわっ! 稲荷っ」

 もう邪魔にならないだろうと、我路は判断したんだろう。

 我路が阻止しなかったので、俺の顔に飛びつく稲荷。


『これが銀狼とは……なんとも不思議ですね。きっと消失寸前だったのでエネルギーの関係で小さくなってしまったのかも知れませんね。私達のように、常に乱道様の魔力を得られる訳でもないので』


 我路はポメっじゃなかった、銀狼の頭を優しく撫でながら、俺に教えてくれる。


 そうか、琥珀の力で銀狼に俺の魔力を送ったが、銀狼コイツは俺の召喚獣じゃないからな。


「なぁ我路? 銀狼はもう召喚獣じゃないのか?」

『今はそうですね……ですが。私にも理解し難いのですが、力を取り戻すと召喚獣に戻れると思います。もちろん琥珀様のお力が必要になりますが』


 なるほどな。我路曰く今は魔力が無く弱っているから、この可愛いポメラニアンの姿なんだとか。

 魔力が回復したら、銀狼に戻る。なら良かったよ。

 この姿も可愛いけどな。


 銀狼に目を向けると、琥珀と稲荷と一緒に楽しそうに走り回っていた。


「はははっ楽しそうで何よりだ」


 そんな時だった。


「なぁああああああああああああ!?」


 白髭の爺さんの奇声が響き渡る。


「なんだ?」


 皆が一斉に爺さん達に注目する。


 どうやら、レミ野郎の脚を見て絶叫したらしい。

 やっと銀狼が消えた事に気付いたみたいだ。


 レミ野郎も回復魔法のおかげで意識が戻ったのか、自分の足を見て落胆している。


 まぁ俺からすれば自業自得だけどな。

 今までさんざ人の事を馬鹿にして来たんだ。

 どうだ? ポンコツだと蔑み、下だと見下していた奴に、全てを壊された気分は?


「…………はぁ」


 なんだろうな。やり返せたのに、全くいい気分がしねぇ。


 沢山集まっていたギャラリー達は、召喚獣も消え、もう見所は終わったと思ったのか、何とも言えない表情で帰路について行っている。

 勝負の結末が、想像していたものと違ったから、納得がいかないんだろうな。

 皆で召喚獣にフルボッコにされる俺を見たかったんだろうしな。


 まぁ良い。これで終わりだ。


「ん? なんだ?」


 レミ野郎の周りに居た爺さん達が全員、俺の方をじっと見ている。


「え?」


 なんだ? 


 爺さん達が俺に向かって歩いて来た。


 はぁ……今度は何を言うつもりだ?

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