第51話 亡霊

 戦局は明らかに人間側に傾いていた。

 オールド・オランドは弓隊を持っていない、唯一の剛弓隊だったヒュクトー隊はすでにいない。

 空間を隔てた戦いで、オーガの大剣は用をなすことは出来ない。

 レイウー新王の考えは的を得ていたが、時は既に遅かった。


 開戦の狼煙を上げて数時間、合戦場の躯は全てオーガ兵、遠距離から精密な攻撃を繰り返す人間には怪我人1人として出ていない現実。


 「見誤ったか」

 レイウーは戦場に持ち込んだ巨大な椅子に腰を降ろしたまま顎を撫でる、髭はきれいに剃られて、端正か顔立ちをより際立たせている。

 

 ブゥゥゥゥンッ また感応が来る。

 「!今度はなんだ、クソ女神め」

 さすがに端正な顔が歪む。


 ⦅オーガの女たちよ、もうこの戦いは終わりです、逃げなさい、自分の家に帰るのです⦆


 旅団がざわつき始める、女たちだけではなく民兵は前ではなく後ろを向いている。

 第一旅団の士気は地に落ちた。


 ⦅女たちよ、帰りなさい、子供たちがまっています、死んではいけません⦆


 ガラァンッ どこかで鍋がひっくりかえった。


 1人が駆け出す、女たちはレイウーを見限った。

 「まて、逃がすな、逃げる奴は殺せ」

 「まて!女は殺すな、捨て置け」

 レイウーが制して、椅子から立ち上がり合戦場を見下ろす。

 そこには、オーガ兵ばかりが死屍累々と転がっている。

 「これはどうも、いけませんね」

 「百人長を集めてください、闇雲に雑魚を送っても無駄なようです」

 「出陣なさるのですか、レイウー国王」

 「ウザイ女神の首くらいは取っておかなければ示しが付かんからな」

 ドズゥン、ドズゥン

 身長2.8m、体重300キロが移動を開始する。

 

 メイのエンパスレーダーが密集した巨大な意識が近づいてくるのを捉えた。

 「これは、亀甲戦法!?」

 ここにきて、オーガの精鋭、百人長6名はプライドを捨てて盾を密集させながら、重戦矢と銃弾を防御しながら前進している。

 だが、レイウーだけはその前を、盾半身に構えて単独で歩いてくる。

 「どうした、女神よ、撃ってこい」

 

 人間側の陣地からも遠近感覚がおかしくなったような巨人が見える。

 「おい、あの特別でかいのはレイウーじゃないのか」

 「きっとそうだ、国王みずから出てきやがった」

 「バカめ、部下たちと一緒にミニエー銃で葬ってやる」

 ミニエー銃隊は一斉に銃を構える。


 「撃てー!」

 パパパパァッン、一斉に撃ちだされた弾丸がレイウーたちに襲い掛かる。

 バキッバキッバキィィ

 はじかれた弾丸が跳弾となって虚空に消えた。

 「痒い、かゆいな豆鉄砲は」

 レイウーの鎧は白金(ジェラルミン)などで出来た飾りではない、軽量など度外視した分厚い鉄製、剣でも槍でも、そして銃弾でも射抜くことは出来ない。

 その鎧の重量は軽く100キロを超える、人間はおろかオーガでも、それを纏って立てるものは少ない、まして激しく動き回る戦いが出来るのは限られた者だけだ。

 

 「だめだ!射抜けていないぞ、いままでの奴とは違う!」

 「でてこい、人間の女王よ、我は冥界の王、この世に王は2人いらぬ、ここで勝負だ!」

 

 ⦅ミニエー銃隊のみなさん、塔の裏まで下がってください⦆


 メイは銃兵を即決で下がらせる。


 「ミロク、行ってくる」

 ⦅ご武運を、メイさん⦆

 「ええ、必ず果たして見せる」

 

 メイはコンパウンドボウを手に塔の階段を下りていく。

 暗い階段を1人降りながら、地獄の1年を思い出す、イシス・ペルセルの人生を奪ったオーガに最後に残った鬼火が爆炎となって燃え盛る。


 メイの登頂のパドマはミロクと離れても自発的な還流を続けている、ニトロパワーを得たエンジンのように、能力にブーストがかかる。

 その髪が銀色に輝き、その黒い瞳に緑の影がさしている。


 イシス・ペルセルが持っていた髪と瞳。


 塔の出口には蟻獅子、宗一郎、リンジン、タスマン、ミヤビ、リン、アオイが従者として従う。

 「宗一郎、ミロクとマヤさんをお願い」

 「ああ、必ず戻れよ」

 メイは強く頷いた。

 「いこう、決着だ!」

 「御意!」


 お互いの距離は既に50mほどだ。

 「貴様が女神か、矮小だな……私が冥界の」

 メイはレイウーの口上を待たずにコンパウンドボウから矢を曲射で撃ちだす。

 バシュ、バシュッ

 「まったく無粋な、どこへ向かって撃っているのだ?」

 ブウゥゥゥンッ

 ⦅あなたの事は良く知っているわ、口上なんていらない⦆

 射られた矢は空中に弧を描いて360°ターン。

 「ぬっ!?」

 矢は亀甲戦法に身を隠した百人長部隊の盾のない背に吸い込まれる。


 ドスッ バァンッ ドスッ バァンッ

 「ぎゃうっ!」

 「!!」

 ⦅そんなところに隠れても無駄⦆

 亀甲戦法が崩れる、2人の百人長の頭が破裂している、即死だ。

 「女神であるものか、この怪物め」

 百人長たちがメイを囲もうとするより早く、リンジンたちが襲いかかる。

 「君たちの相手は私たちだ」

 「遊ぼうか」

 リンジンとタスマンの幽霊の縮地、映像が乱れるように揺れて近づき、幻のようにそこにはいない。

 気が付けば血が噴出していた。

 2人の技は絶技に進化した。


 蟻獅子ヘリオスがレイウーに歩み寄る。

 「貴様が蟻獅子ミルレオか、王家に仇なすもの、正体を示せ」

 レイウーが剣を突き出す。

 「亡霊だ、お前たちに殺されたイシス・ペルセル王妃の侍従長ヘリオスの亡霊だ」

 「覚えていないな」

 嘲るように笑う。

 「お前を、この蟻獅子の鎧に刻んでやる」

 「やってみろ、小僧」

 2人の間の空気が圧縮され爆発する。

 「キィエエエェェェェエッ」

 蟻獅子の絶叫とともにハルバートの旋風が始まる。

 F5クラスのハリケーンをレイウーの盾が受け止める、削られた金属片が花火となって咲く。

 「ほう、あの時とは違うようだ」

 覚えていた。

 「ならば少し本気を見せてやろう」

 2人の攻防が始まる、絶え間なく金属片が飛び散る。


 ミヤビたちは百人長2人を相手に苦戦していた、間合いの長いハルバートが相手だと薙刀を生かせない。

 ⦅右は私が狩るわ⦆

 「助かるよ、女神メイ」

 メイのイージスの波が収束し、見えない矢が打ち出され標的の額に打ち込まれる。

 「なんのまねだ、今トレーニングか?天国でやるんだな!」

 ⦅爆ぜろ⦆

 バシュッゥゥ

 「びゃっ」

 ⦅あなたは地獄いきね⦆

 バキィィン ドスッ

 ミヤビたちも、もう1人を片付けていた。


 リンジンとタスマンも既に完勝している。

 古戦場からヒュクトー隊との戦いまで、敗北が彼らを強くした。

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