第48話 並ぶ轡
オールド・オランドから出撃したレイウー新王率いる第一旅団と民兵2500名はエチダ藩方面へ南下していた、途中の村々を襲撃したが既にエアリア隊やヒュクトー隊が食いつくしており、もぬけの殻となっている。
細い街道では、その戦列は必然的に長いものになり後方は大渋滞している。
最後方の民兵はもう2時間も進めずにいた。
「ちょっと、小便してくるわ」
「おい、お前もか」
「どうせまだまだ動かないさ、昼寝でもしてこようかな」
「騎馬が監視にくるぞ」
「無理だよ、通れやしないさ」
隊列からぽつりぽつりと民兵が武器をもったまま森に向かって抜けていく。
最後尾の民兵たちはオーガのなかでは小さい2m前後の者が多い、小さいがゆえにヘリオス同様、しいたげられ閑職となったり、雑用や動物を対象にした狩猟を生業にする者がほとんどだ。
戦果で一旗揚げようと意気込むものもいるが、多くは無事に帰りたいだけだ。
過去にオーガは戦で負けたことがないが、最初のすり潰し合いで先鋒となるのは民兵ばかりで、死んでしまえば大した恩賞もなく家族を泣かせるだけであった。
兵站を運ぶオーガ女は列の中央で守られている、いや囲っているのだ、逃げ出さないように。
後方の兵たちには兵站も用意は少ない、それぞれが乾物を背の袋に背負い手持ち弁当で参集している、大食いのオーガたちには辛い行軍だ。
「ストラス様の話は聞いているか」
「ああ、白の鉢巻き」
訳の分からない受け答えは合言葉だ。
「やはり、お前もか、ゴトー」
「そういうお前もな、トイ」
2人は猟師同志で村は違うが顔見知りだった。
列から抜け出し山の中で合流していた、そこにはさらに多くの猟師仲間が集まり弓を準備している。
「樹海近くの人間の村でヒュクトー隊は全滅していたぞ、弓と矢を集めてきたぜ」
大量に抱えていた弓をそれぞれに配る。
「おい、この弓すごい高そうだぞ」
「おお、それはきっとヒュクトー王子のものだ」
「死体は見たのか?」
「ああ、見たよ、手足バラバラ、顔もなかった」
「じゃあ、冥界城に慰安されているのは別の遺体なのか」
「たぶん、そうだ、顔がなくなっていたが、あの体躯と髪はヒュクトーだ」
「なにでやられたんだ」
「弓だ」
「弓対弓でヒュクトーが負けたのか」
「化け物だな、どんな豪傑なんだ」
「そうだろう、ストラス様によれば女傑だとよ」
「それはないな、いくらなんでも……」
全員の顔は真剣だ。
「女神アルテミスが降臨したんだ」
「おれは女神につくぜ」
「おれもだ」
渋滞を避けるように最後尾の列は横に広がり道なき道を進むようになり、余計に脱走兵の把握を困難なものとしていた。
エチダ藩の重戦矢部隊は国軍により再編成されて訓練を重ねている。
重量のある矢でアーマーを射抜く、問題は正確な位置に密集した矢の雨を降らすことにある、それぞれが同じ角度と距離で撃てなければ効果が半減する。
この戦術もメイのエンパスレーダー前提での作戦だが、現場の射手たちはその事情をしらないし、言ったところで信じられないだろう。
射撃班の各リーダーにのみ、メイから指示が来ることが伝えられていたが皆半信半疑だ。
国軍とエチダ藩が描いた絵図はこうだった。
まず300mの距離で重戦矢隊が迎撃、150mでミニエー銃隊が一斉射撃、ここまででオーガ兵を半数以下まで減らし、その後はミニエー銃を決定打とする一班5人編成の部隊で1人のオーガ兵に相対する。
1000丁の銃で500班、長距離迎撃で半数まで減らしても、一般2人を倒さなければならない。
オーガの兵は1名で人間10名分と言われていた、ただし銃のない条件下の話だ、銃の持つ力が試される。
火薬と弾丸には限りがある、実射での訓練は出来ない、木造レプリカを使った訓練で実戦に臨むことになる。
盾持ち二人がオーガの大剣を捌き、長槍が牽制して出来た隙をミニエー銃が狙う、あと1人は弾丸の入れ替え役だ。
射手たちには盾を避けて、なるべく首下を狙う指示がなされた。
戦いの行方を左右する少女は、まだ国軍準備室に現れない。
宗一郎の工房に人影はない、エルーと宗一郎の馬も蹄の跡が、エチダ藩方面に向かっていた。
メイの髪がダークグレーに近い色だ、身体も少し大きくなっている。
宗一郎は大型の盾を背負い、馬には予備のコンパウンドボウや、矢が積まれていた。
「どうしてもやるのか、メイ」
「やるわ」
「今から海を越えて逃げても、誰もお前を非難することなどできないんだ」
「過去からは逃げられない、ここに記憶がある限り」
頭を指さす。
「記憶から逃げても、そこに天国なんてない」
「生きて、戦う」
喪失感と孤独を超えてメイは……イシスは何を目指しているのだろう。
攫われ堕とされ、怪物にも等しい力を持って復活した女は、復讐の先に何を求めて、立ち上がったのか宗一郎にも分からない。
ただ、その目は強く、伸びた背筋は威厳に満ちて、脈動を繰り返す心臓は、はっきりと生きていることを唄う。
怪物は再び変わろうとしている。
復讐の闇の向こうに立っているのは悪魔か、女神か。
やがて、行く道の先で蹄が増えていく。
⦅ メイさん、ご一緒します ⦆
「明日、イシスの仇を討ち果たす!」
蟻獅子とミロクが合流する。
「ハルバートの調子はどうだ!蟻獅子ヘリオス」
「これならメイデス王であろうと討ち取れたろう」
「ふっふ、正しい評価だ」
「蟻獅子、死ぬことは許さないわ、必ずミロクの元に帰ってあげて」
人が変わったような言葉にヘリオスは何かを感じ取る。
「御意」
リンジンとタスマンが横に並ぶ。
メイを見るなり下馬して膝を地につけた。
「女神よ、同行し刃を共にすることを許したまえ」
馬上から見下ろすメイに動揺はない。
「許可する、ただし死ぬことは許さない」
「ははっ、心得ましてございます」
最後に冥界城から裏工作任務を終えてミヤビたちが合流した。
「メイちゃん、あんたどうしたんだい……」
「かわらないわ、私はメイ・スプリングフィールド」
「なんか、たのもしくなったな、まあ、いいや」
「こっちの工作は予定どおりさ」
「いくよ、女神の後ろは任せな」
「任せたわ、でも死ぬことは許さない」
「もちろんさ、旦那と子供がまっているからね」
9人の戦士は轡を並べて勝つための戦場へ向かう。
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