第40話 クーデター

 冥界城、メイデス王 謁見の間 飾り気のない無骨な岩を組み上げた空間、鉄の玉座にメイデス王は座している。

 この日、謁見に赴いていたのは王位継承第1位のレイウー王子と直属の配下たち。


 「レイウーよ、今日はどのような要件だ」

 見上げたレイウーが礼を廃して、立ち上がる。

 「王におかれましては、ご健壮でなによりです」

 王に対する礼を無視し、立ち上がった巨体を見て近衛兵が緊張する。

 「王よ、本日は確認に参りました」

 巨躯に似つかわしくない上品な所作でお辞儀をすると、背の大剣をズドンと広間の床に突き立てた。

 「!」

 近衛兵が色めき立って手に剣をとるがレイウーはかまわず話を続ける。

 「今後、人間どもをどうするおつもりか聞きたいのです」

 「どうするとは、なんのことだ」

 「人間が作り出した武具、銃と呼ばれるものはご存じでしょう」

 「もちろん知っている、それがどうした」

 「危険だとは思いませぬか」

 「危険?盾どころか鎧さえも射抜けぬ小さな鉛玉がなぜ危険なのだ」

 「今後の可能性です、人間は危険だ、殲滅しておくべきなのです」

 「殲滅だと、皆殺しにするというのか」

 「そのとおりです」

 「戯け者め、人間の国は、いわば我らの食糧庫、牧場だ、自ら食い扶持を捨てるものがおるか、考えろ馬鹿者め」

 「愚かなり、前王」

 

 巨大な背中に隠していたミニエー銃を王に向け、躊躇なく引き金を引く。


 パアァッン


 乾いた音が謁見の間に響いた。


 「ぐおおっ!?」


 至近距離から打ち出された鉛玉は、メイデス王のかざした手の甲を打ち抜き左目に食い込んだ。

 「何をするかぁー!」

 近衛兵がレイウーに切りかかるが、レイウーの側近たちの槍がいち早く近衛兵を串刺しにしていた。

 「どうです、王様、これでも危険ではないと申されますか」

 銃を背に戻すと大剣を手に玉座の階段を上がっていく。

 「痴れ者め、下がれぇ!」

 よろめきながら玉座からは立ち上がれずに藻掻いている。

 「やはり、年ですな、頭だけではなく最早立ち上がることもできぬとは」

 メイデス王の武力はとうの昔にピークを過ぎて死期も間近、既に老人だ。

 「そんな考えだからエアリアも人間ごときに殺されるのですよ、正しき評価を持って対処しなければ国を堕とすことになりましょうぞ」

 「クーデターとは無駄なことを、黙っていても王位はお前のものとなったであろうに」

 「有益な改革は劇的に行われなければならないのですよ、アエリアがいなくなった今こそ好機だったのです」

 「世界を変えるのです、オーガ1強時代を今後も維持していくためにね」

 「統治とは、そんなに簡単なことではないわ」

 「もう、退場の時間です、父上」


 ドズンとレイウーの大剣が鉄の玉座もろともにメイデス王の心臓を貫いた。

 

 「メイデス王は崩御なされた、新王は我、レイウーが継承する!」

 「意義あるものはいるか!」

 玉座より配下たちに宣言する。

 「レイウー王 万歳」

 「新王 レイウー様」

 部下たちは称賛と共に剣を突き上げてレイウー王を讃えた。

 レイウーは躯となったメイデスが串刺しのままの玉座を、力任せに床から引き剝がすと、階段下に転がり落とす。

 ガラガラッゴシャァ

 ばらばらに砕け散った玉座と躯が散らばる。

 「いつまでも居座られては迷惑だよ」

 「まずは、この部屋から改装する、白い石で引き詰めて調度品を置き格式ある謁見の間にせよ、玉座は革張り、絨毯も誂えてな」


 事前の筋書きどおり事は完遂し、政権交代はなされた。

 王意により人間族殲滅へ突き進むことを明確にしてオーガは団結する。


 「鬼畜人間族は滅殺すべし」


 人間族の文明・文化の破壊を目的にオールド・オランドは狂獣から悪魔へと変貌を遂げようとしていた。


 国軍兵器開発局 マヤは宗一郎のもとへ日参するようになっていた。

 ミニエー弾の開発という至急な要件があったことに違いはないが、5年を跨いで声を聴いてしまってからは自分の気持ちに歯止めが利かなくなっていた。

 日々消えていく時間に焦りが募る。

 結局メイとは顔を合わせることはなかった、脆弱な自制心の出番はなくマヤは肩を撫でおろした、17才の娘に嫉妬する自分の姿を想像するのは恐怖だ。

 宗一郎がメイに向ける愛情は恋愛ではないと十分わかっている、父親にも似た愛情。

 しかし、宗一郎の傍で愛情を注がれているメイに対して羨望と嫉妬が心を乱す。

 食卓を一緒に囲み、冗談に笑い、愚痴を言い合い、身を案じて互いに尽くす事。

 自分は何一つ持っていないもの。

 何気ない生活の空気が漂う工房の風景が、こんなにも眩しい。


 今日も、宗一郎は旋盤に向かい弾丸に工夫を凝らしている

 「宗一郎、お茶にしましょう」

 いつのまにか、お茶を淹れるのは自分の仕事になっていた。

 「おう、もうこんな時間か」

 旋盤のスイッチを落として大テーブルに腰を落とすと愛用のマグカップを手にとる。

 自分の淹れたお茶を美味そうに飲む姿を愛おしく思う。

 「もう、冬ね」

 「ああ、今朝は霜柱が立ったな」

 「体調は大丈夫なの、あんまり顔色がよくないわ」

 「はっはっはっ、あちこち虫に食われているからな」

 おどけて穴の開いた作業服から指を出して見せる。

 「もう、本気で心配しているのよ」

 「試してみよう」

 テーブルの上に試作した弾丸を置く。

 「出来たの」

 「多分な」

 日参できる出来る理由がなくなってしまう。


 宗一郎によるミニエー弾の工夫は弾丸底部に斬った溝にあった。

 これまでの弾丸は球状のもので、撃ちだされたあとの直進性が悪く射程距離も300mほどで、命中率は弓に及ばなかった。

 最初に円錐形の弾丸を用意してみたが効果は薄い、薬室内と弾丸に隙間があり爆発圧力が抜けてしまうためと宗一郎は仮説を立て弾丸の形状変更に頭を悩ませていた。

 爆薬の性能は考えていたよりも悪くはなく、爆発時に隙間から燃焼前の粉が噴出して焼け残ることが問題だった。

 そこで、円錐状の弾丸に溝を切る、爆発の熱を受けて切られた部分が膨張して圧縮漏れをなくす、これにより爆薬の燃焼と飛距離を解決する。

 更にシリンダーに螺旋の溝を切り弾丸に回転を与えることにより直進性を向上させた。


 事前の試射では有効射程が500mを超えたと思われた、思われたとは、そんな距離の試射場はないからだ。


 2人は工房裏の試射場に移動すると、的と火薬を準備する。

 的はメイが曲射で使っていたものだけに既に穴だらけだ。

 「この跡はメイさんの弓の跡なの」

 「ああ、あの娘の弓は、もはや神技だ、人間の領域じゃない」

 「そんなにすごいの?」

 「ああ、後で機会があったら見てやってくれ」

 

 言いながら、ミニエー銃を的に向かって構える。

 「行くぞ」

 引き金を絞る、パアァァンッ 乾いた銃声。

 パスッ 的の中央に穴が穿たがれる。

 「やったわ、真ん中よ」

 威力、命中精度ともに悪くないように思えた。

 「ようし、後2、3発試してみよう」

 パァァッン パァァァッン

 100m程度ならほとんど誤差なく試射することが出来た。

 「成功といっていいわね、これなら実用化できるわ」

 「よし、ラスト1発」

 最後の引き金を落とした。


 バッキャアアアッ


 ミニエー銃のシリンダー部分から爆発が起こった。


 「ぐおっっ!」

 「きゃあっ」

 爆発をもろに顔に受けた宗一郎が後ろ向きに倒れた。

 シリンダー部分の強度不足による暴発だった。


 「宗一郎!!」

 「宗一郎――! …… 」

 駆け寄ったマヤが抱き起した顔は血だらけで、彼の意識はなかった。

 宗一郎の名を呼ぶ緊迫した声が工房の室内まで響いていた。

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