第23話 竹林の罠

エルーの上で二人はパドマのトレーニングを重ねながら移動していた。

 エチダ藩領内に入ると宿場町にも人影はなく、避難民でごったがえしていた隣藩とは比べようもなく廃れていた。

 家屋の中には空き巣に狙われ、荒らされた家々が目立つようになってきた。

 領内警備の役人たちの数も士気も足りてはいないのだろう。


 3日目の早朝に古戦場跡に向かう街道で、オーガ族の隊列50人ほどを見つけた。

 先頭を行く2頭立ての戦車に乗っているのがアエリア王子だろう。

 もちろん、今ここで仕掛けることはしない。

 

 ミロクから離れてイージスを発動させ蟻獅子ミルレオを探索してみたが、感応範囲にはいなかった。

 ミルレオも古戦場においてオーガたちが分散したところを狙うだろう。

 メイもその考えだ。


 「きっと、蟻獅子は古戦場跡に現れる」


 古戦場跡までミロクを連れていくことは躊躇したが、イージスの盾の範囲内以上に安全な場所があるわけでもない。

 

 見送るオーガの列が東西南北の陣に分かれていく、今にも落ちてきそうな重い空の下に古戦場の丘が幾百年の時を超えて再び血を求め、そこだけに焦点を際立たせた。


 南里の陣に向けてオーガ族アエリア王子の隊から分かれたのはアリエル臣下の百人長槍使いのエリゴール、身長2.6m、スピード自慢のエリゴールはプレートアーマーを装備していない。

 その武力は能面の鬼アエリアを凌ぐともいわれる武人、オーガには珍しく冷静で、熱くなることなく正確に冷酷に相手を殺す様は、氷のエリゴールと呼ばれていた。

 本来、格下の相手を虐殺することに興味などない、弱い相手と戦うと切っ先が鈍る、自分を弱くしてどうするのか。

 武の糧とするにはクズを選別し、一戦一突きを吟味してこそ成す。

 虐殺するだけなど武ではなく快楽であり不純物、剣が濁る。

 「最強種族である我々の糧となるのは、やはり同族であるオーガの男だけだというに、アエリア王子の酔狂にも困ったものだ」

 3mの長槍が短槍にしか見えない、面長短髪を几帳面に撫でつけた風貌は役人のようだ。

 南里の陣への坂道の途中、竹林の中から黒い霧が流れ出てくる。

 「!?」

 全身から怨念を噴き出す黒獅子、錆びることのないハルバートの鉛色が唯一の光。

 「何者だ、人間の代表なら陣で待つがよい」

 「……」

 黒獅子は無造作に間を詰める。

 「ぬっ、こやつ、人間ではない!?」

 

 「キィエエエェェェーッ」

 

 黒い竜巻の中に鉛色の閃光が閃く。

 

 ガァッキィィン


 辛うじて受けた槍が削れて火花を散らす。


 「ぬうっ、なんたる膂力!」

 遠い間合いからの大火力の斬撃、一撃、二撃、三撃、徐々に詰まる間合い。

 蟻獅子は少しずつハルバートの持ち手を短くしている。

 スピードのエリゴールに反撃の隙間がない、重いハルバートで槍術の速度を上回る。

 堪らず竹林に逃げ込み仕切り直しを図る。

 「やるな、糧として認めよう」

 「くくくく」

 蟻獅子が不気味に嗤う。

 誘いこんだ、蟻地獄に。

 槍の直線的な突きは導線上の竹という障害物を躱さなければ当たらない、竹林では死角が多くなる、反してハルバートの弧の動きは竹ごと相手に届く。

 上半身に弧の動きを集中させる、バサバサと間合いの中の竹林が切り倒される。

 間合いの中に切り倒された竹が降ってくる。

 一瞬途切れる斬撃、反撃の機会。

 「シャァッ」

 影に向かって最速の一撃を突き出す、がそこには残像しかいない。

 槍よりも早く、蟻獅子はエリゴールの右側面に位置していた。

 「はっ!?」

 横目で黒い蟻を捉えた時、ハルバートの柄尻で額を突かれて後ろ向きにバランスを崩した。

 「しまった!!」

 転がったところに斧がくると槍を両手で持ち構えたまま地に向かって落ちる。

 上段に構えているだろうと思った黒獅子は構えもせずに立っている。

 なぜだと思った次の瞬間に自分自身の体に答えは帰された。


 ドズッ


 倒れた先にはハルバートの斬撃で鋭く切断された竹の槍、体重200キロが加速して、鎖と革の鎧を軽々と貫通する。


 「ぐあっ、貴様っ、最初からこれを狙って……」

 

串刺しとなったエリゴールに最早成す術はない、速度で槍がハルバートに負けた、完敗だった。

 

 「見事だ……貴様の名前は……」

 「……黒獅子ミルレオ……」

 「お前が……」


 エリゴールが最後にみた鉛色が首に撃ち込まれるより早く意識が消えた。


北韓の陣


ガァッン 金属と金属がぶつかり抜ける音が陣に響いた。

密着したテスマン少尉の拳が猛牛モラクスの腰椎に当たっていた。

「がっ」

モラクスが呻く、拳がフルプレートアーマーに当たっただけに見えたが違う、拳から10㎝ほどの短いナイフが突き出ている。

拳で握るネックナイフ、タスマン少尉の極近接戦闘術の武器。

アーマーと拳の間は30㎝もない空間から肩甲骨を使いプレートを打ち抜き、肉を突く加速を生み出す。


「オヨッ、プレートの下に帷子まで着てるんだー、怖がりだなー」

「ぬおおっ」

モラクスの戦斧が横凪に中を斬る。

タスマン少尉は既にそこにはいない、斬撃の届かない真後ろに移動している。

「シッ」 バババババシュッ

短く狭く、そして小さく早い、槍のマシンガンパンチがモラクスの鎧を貫く。


「ちいぃ」


以外にも、顔を顰めたのはタスマン少尉だ。

モラクスの間合いから一瞬で後退する。

目を落とした拳のネックナイフが折れている。


「どうした若造、指も折れたか」

「臆病にも程があるじゃないの、アーマーの下に帷子だけじゃなく鉄板までしょってるなんて」

「オーガ同志の戦いならば、当然の準備だ」

「僕は人間なんですけどー」

「儂は慎重なのだよ」


ゴアッ 


戦斧が空気を裂き、タスマン少尉をかすめる。

ビシュッ

「くっ」

凄まじい質量の移動により、触れずとも皮膚が裂ける。

バックステップを踏みながらタスマン少尉は折れたネックナイフを捨て、予備のナイフを換装する。

「さあ、先ほどのように突いてこい、再びへし折ってくれるわ」

タスマン少尉の額に汗が滲む。

軽銀(ジェラルミン)は抜くことが出来るが、厚い鉄板は貫けない。

動きを止め、攻撃力を奪い、決定打の一撃を首に撃ち込む、タスマンの常勝スタイルが崩された、初手を潰されて撃つ場所がない。

戦斧の斬撃を避けるうちに壁を背に追い込まれた。

「ちっ、詰んじゃったかな」

「諦めろ、我にひと傷でも付けたのだ、撃墜マークに加えてやろう、ぬっはっはっは」


⦅諦めるのは、早すぎるわよ⦆


「なっ!?」

頭の中に声が響いた。

ヒュッカッ

曇天から飛来した女神アルテミスの矢がモラクスの鎧を突き破った。

バアァッァンッ!!

「ぐがぁっ」

モラクスの鎧の腰の部分が爆ぜ、膝を付かせる。

ヒュドラの時の爆裂矢の倍以上の威力。

鎧に大穴が空き、それよりも大きく肉が抉れて、背筋を分断する。

⦅今っ!!⦆

また、頭の中で声がした。


追及している場合ではない、一隅のチヤンス、タスマンは迷わずネックナイフをモラクスの首に速射する。

ズダダダダダッ

肩甲骨からの打突、ピアノの鍵盤を指が奔る超絶技巧。

一撃一撃が首の半分以上まで刃を届かせて勝負は決した。


前のめりに倒れる前にはモラクスの目は白く濁り生気を失っていた。


 「今のは弓矢か!?頭の中に直接声が聞こえた?」

 周りを見回しても人の気配はない。

 「ラッキー、助かっちゃた」


 タスマンの首から噴出した夥しい血は古戦場の土が全て飲み干し、その赤色は直ぐに土色に戻り平然を取り戻した。


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