第21話 鋼の絹糸

 エンパス、民族的な特徴、何百世代もの年月をかけて育まれてきた能力、端的には『空気を読む』、や『気を遣う』といった表現をされるものがエンパスの初歩といってもいい。

 これにより無用な衝突や誤解、仕事の効率化、高品質化に役立ててきた。

 これを磨き高度に使える人が優秀とされていた時代があった。

 形にも数値化も出来ない不可視の能力、いつしか言葉や行動による表現のみが評価されるようになりつつある、この能力を持たない者にとって邪魔なのだ。

 以心伝心、あ・うんの呼吸、アイコンタクト、ノールック、これらのことは共感能の有益性を現している。

 生活やスポーツ、武道において達人領域の人たちは必携している。

 退化させてはいけない、磨かなければならない。


 現代の戦場において一番重要なことは火力そのものよりも情報の共有、個の力ではなく全体の力をどうやって統一し、共有できるかが勝敗を決定する。


 スーパーエンバシーは人間がイージスの盾として情報を共有させる中枢となりえる能力、メイは今そこまでの将来を見ているわけではない。

 しかし、集団での戦いに身を投じていけば、自ずと立ち位置は決まってくるだろう。


 ミロクから授業料だといって大きな金額を渡されたがメイは遠慮した。

 エルフ族の原種ともいえるアールヴのミロクには大きな資質があると思う、しかし受信はともかく発信となると別次元の話だった。

 感応を言葉として認識するための訓練、街角の雑踏や食堂、何処でもいい、人に意識を向けてみる。

 雰囲気、表情、目線、挙動、声、五感で感じる全てを、情報として集約する。

 目は閉じない、見る、その人の中身まで見るつもりで。

 敵意や猜疑心ではなく、すこし微笑むほどの気持ちで見る、敵意を向ければ反応される。

 敵意には敵意が返ってくる。


 「受信のトレーニングは簡単だけれど時間がかかるわ、問題は発信よ」

 「あうっ」

 ミロクは激しい身体トレーニング、修業的なものを連想したのか厳しい表情を作った。

 「違うよ、そんなのいらないの、むしろ逆」

 「?」

 「発信の感応を得るためにはパドマの助けが必要なの、パドマは身体の機能、還流を正常に保ったり加速させたりすることができる器官と思ってもらったらいいわ」

 「人の体には7つのパドマがあって、生まれた時は開いた状態にあるのだけれど、辛い経験や痛み、苦しみなんかで直ぐに閉じてしまう」

 「その閉じてしまったパドマを再び開かせてあげる、そう、癒してあげるの」


 生まれたばかりのパドマは動いているけれども儚く脆い、すぐに傷つき閉じてしまう。

 負荷と復旧を繰り返すことにより、蜘蛛の糸の還流はやがて鋼の絹糸になる。

 イシスのように。

 

「あなたが受けた酷い経験がパドマの復旧を妨げているの、まずはそこにパドマがあることを信じて癒してあげる、色を想像して温めるの」

 

2人は固いベッドの上で向かいあって座り手を取る。

 メイの手から温かい何かが流れてくるのが分かる、その流れはミロクの疲弊し、錆びついたパドマに潤いを与える。


 「そう、感じるでしょう、あなたの中にはたくさんの意思が住んでいる、彼等の存在に気付いて認めてあげる、そう自然と助けてくれる、協調していくの」


 お尻の方から頭頂に向かって螺旋を感じる、メイからの奔流が枯れていた川に堆積していた不純物を押し流していくようだ。

 人間とは違う薄桃の色、透明な白と桃色の縞模様のグラデーション。

 やはりこの人はエルフに近いとミロクは感じた。


 「ミロク、すごいわ、すごく大きなパドマを感じる」


 ミロクは自分の体の中で、何かが巡り始めたのを感じた、人生で初めてメイと出会えたことを神に感謝した。


 冥界城 王位継承権第2位のアエリア王子 第二王妃ネイトの長兄。

 その居城は冥界山1000mの中腹に巨大な門は閉まることがない、いつでも攻めてこいという意味だ。

無骨な岩を積み上げ、余計な華燭を配した要塞、王位継承者の兄弟従兄弟たちの中では、最も現王にその雰囲気が似ると言われる男だ。

 2.8mの巨漢でありながら均整のとれた身体、鎧は纏わず鎖帷子のみを装備し、黒のマントで全身を覆っている。

 その風貌は髪の毛、眉毛さえもなく赤黒い能面が無表情に乗っている。

 しかし、性情は普段の無表情からは想像できない程に苛烈、キレ易く、能面に表情が現れた時には人が死んでいる。

 非常に短気であり、城内でも能面の鬼と呼ばれて恐れられていた。

 部下たちはアエリア王子付が言い渡されると⦅狂言堂送り⦆と揶揄して刑罰のように捉えられていた。


 「侍従長、侍従長はいるか」

 この呼ばれた時に瞬時に返答できなければ、運悪ければ死ぬことになる。

 「はい、アエリア様、どのようなご用件でしょうか」

 15人目の侍従長、要は秘書のような業務だが現在の男は2年を過ごしている、2年間もの間、アエリア王子の癇癪を潜り抜けてきた能力は非凡なものがあった。

 「今晩の夜伽だが、5番にする」

 「はは、畏まりました、さっそく申し付けてまいります」

 「キッキッキキ」

 無表情のまま牙を打ち鳴らした笑い方が不気味だ。

 アエリアはその牙を女の肌に打ち立て皮を破り、流れ出た血を啜るのが大好きな本物の変態だ。

 アエリア王子は皇太子妃として10人を娶っていた、いずれの妃の身体も2本の杭の穴だらけとなっていた。

 しかし、嫡男には恵まれていない、懐妊しても出生するのは女児ばかりであった。


 オールド・オランド王族は王家に女児の存在を許さなかった、生まれた女児は直ぐに殺されるか、よくて国外追放されるかだ。

その際には皇妃も一緒に追放される、殺せば皇妃は次の機会を与えられる。

オーガは短命であるために近親者で子を成すことを極端に嫌うためだ。

王家の男と、出来るだけ遠親の女が理想とされていた。

 徹底した男尊女卑、戦士でなければ価値はないのだ。


 「あと人間族エチダ藩への遠征についてだが、代表する儂以外の4人、選出は決まったか」

 「はい、参加希望者多数のため私どもで選考させていただきました」

 恐る恐る4人のリストをアエリア王子の前に広げる。

 1枚A3サイズの目録をアエリアが取るとメモ用紙にしか見えない。

 「キッキッキッキ、良い選択だ、従弟たちの陣営からも1名ずつ代表を配したのだな」

 「はい、人間族とは言え、ある程度楽しめる程度の猛者を揃えてくるでしょう、楽しみを独り占めしたとあっては、後からつまらぬ文句も言われかねません」

 「この大陸に住まうオーガ以外の人間は貧弱矮小、さりとて同族同志の果し合いも戦いがワンパターンで並びたった時には勝負が見えてしまう、つまらぬ」

 「さりとて大群での戦いではさらにつまらぬ、我らはテントの中で酒を飲むか女を抱くぐらいしかすることがない」

 「人間族を国家ごと消滅させることなど容易いが、我らは世界制覇などをしたいわけではないのだ、我らが欲しているのは闘争、肉を裂き、骨を砕き蹂躙する、全ての生き物を踏みしだくのが我らオーガの誉」

 「踏みしだく相手を全て殺してしまってどうする、育てるのだ、我らの闘争の糧を」

「しかしエルフはだめだ、貧弱すぎる、エルフの使い道は別にある」

「あの公妾、イシスといったか、あのように美しく美味い血を流すのはエルフだけだ、人間にはいない、キッキキ」

 「さすがでございます、肝ばかりを漁っていた某王子とは比較になりませぬ」

 「キッキッキッキキ」

 「あのような不出来な親子は王族とは呼べぬ、淘汰されて当然」


 「明日の夜には狩にでかける、各員に召集に遅れるなと伝えよ」

 「ははっ、承知仕りました」


 エアリスは能面なりの上機嫌で夜伽に向かったが、いつも通り10分も経たずに自室に帰るとエチダ藩との果し合いに期待を膨らませて僅かな睡眠に落ちた。

 

 侍従長やお付きの者にとっても僅かな休息、そしてエチダ藩から帰らなければ良いのにと期待しているものがほとんどだった。

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