第30話 告白〈奏〉



「あっははははは! それで、結局天都さん前日まで気づかなかったの!? もうすぐ結婚式まで挙げる新婚がよくやるよ!」

「本当にね」



クリスマスイブ当日。

昨日の出来事を同期である米原と藤原に話すと、米原はお腹を抱えて笑い始める。

笑いすぎて目じりに浮かんでいたらしい涙を軽く拭うと、彼女はバシバシと私の肩をたたいた。



「はーっ、そこまで意地張るんじゃなくて、もう諦めて自分から誘えばよかったんじゃない?」

「それはそうなんだけど。..........でもいいのよ」



私がふっと口元に笑みを浮かべると、表情に出やすい米原だけではなく藤原までも首を傾げる。

何がだ、ともの言いたげな眼差しに再度笑いながら、私はゆっくりと口を開いた。



「瑞稀がそのことに気づいてくれて、後悔してくれたことが大事なの。そうすれば、もう忘れることなんかできないでしょ?」

「きゃー、奏ったら策士ぃ」

「日野..........悪い女..........」

「ちょっと藤原、そういう変な言い方しないでよね」



誤解されちゃうじゃないの、と思わず突っ込むと、どこか天然気質がある同期の片割れは再度首を傾げる。

三人全員毛色の違う私たちだけれど、逆にそのおかげで仲良くなれたのかな、と苦笑いしながら頭の中で考えた。



「―—――僕なら、そもそも忘れるなんてことしませんけどね!」

「わ、柊」

「出たよ負け犬が」

「まだ負けてないです!!」



横から顔を出してきた後輩の姿に、私は驚いて体を逸らす。

そうして馬鹿にするように鼻で笑った同期に対して敵対心むき出しで言い返すと、私が教育係を担当したこともある柊は、ふんっと鼻息荒く息を吐いた。



「やだ柊、怖い。てか奏はもう結婚式の予定まであるんだから、そろそろ潮時じゃない?」

「で、でもっ、まだ僕は!」

「昼ドラ..........?」

「藤原落ち着いて、全然違う」



無表情に、けれどどこかワクワクと目を輝かせている藤原を止める。

あながち間違いじゃないですけどね、とボソリと呟いた柊の言葉の意味が分からなくて、私は首を傾げた。



「どういうこと?」

「...........こういうときって聞こえない流れじゃないんですかね?」

「? 柊どうしたの?」

「変に小説脳なのよねこいつ」



私が問いかけると肩を揺らす柊に向かい、呆れたような顔をした米原が口を出す。

米原先輩は黙っててくださいよ! とこぶしを握りこんで叫んだ柊に実家のポメラニアンを思い重ねて、私は微かに笑った。



「ほら柊、奏にも笑われてるよ?」

「え"っ、今笑うところありました!?」

「ふふ、いや。なんでもないよ」



それでもさらに狼狽える柊がやはり犬にしか見えなくて、笑いが止まらない。

するとそれをじっと見ていた柊は、どこか不満そうに唇を尖らせた後―—――どこか考えるように押し黙った。



「...........あの、先輩」

「ん? どうしたの、柊」



私が小さく首を傾げた瞬間、彼は視線を左右に落ち着きなく動かす。

そしてそれをじっと見つめていると、柊はふと真っ直ぐに私の目を見た。



「今日、少しだけでいいです。————僕に、時間をくれませんか」






◇◇◇◇◇






「どうしたの、突然話がしたいなんて」



結局昼休みから仕事終わりまで何の説明も聞かされなかった私は、突然の後輩の要求の意図が分からず問いかける。

するとこちらを見ることもなく私にただ一言「ついてきてください」という言葉と主に外へ連れ出された私は、やはり勧められたベンチに腰掛けながらも目を瞬かせた。



「柊? 急用なら昼休みにでも話してくれたらよかったのに」

「いえ、あそこじゃダメなんです」



同じく隣に腰かけた柊は、はあっと白い息を吐き出す。

自分もマフラーの隙間から白い息が見えて、私はブルリと身震いした柊を見つめた。



「だからと言って、わざわざ外で話さなくても...........どっかお店でもよかったんだよ?」

「他の人には聞かれたくなかったんです。個室だと先輩の世間体もあるので」



どこか気まずげに頬をポリポリとかいた後輩に、さらに疑問が募る。

それからもう一度大きく息を吐いた柊は、私のほうを見て――――そして目を逸らした。



「柊?」

「う...........」



街頭も少ない裏の通りだからか、どこか顔色が悪い様子の柊が心配になり、身を乗り出す。

けれどそんな私から身を逸らして、それからまた視線を右往左往させた彼は、不意に勢いよく自分の頬を叩いた。



「やっぱ、駄目だ!」

「え?」

「今日、伝えなきゃいけないんです」



そうしたら、きっと僕はずっと言えないままになってしまうから、と目を伏せた柊が呟く。

言葉の真意がわからずに、けれど自分なりに読み取ろうと耳を澄ました瞬間、彼はすっと私を見つめた。



「先輩。―—――僕、先輩のことが好きです」

「...........え、」



突然言われた言葉の意味が理解できずに、思わず息を呑む。

けれど数秒考えて首を傾げた後、私は目を瞬きながら口を開いた。



「私も柊が好きだよ」

「違います。貴方と僕の『好き』は、違うんです」



何が違うんだろう、と考えながら、柊のほうを見る。

その瞬間、見たことがないほどに強い瞳の力に、私は今度こそ言葉を失くした。



「————日野・・先輩。僕は、一人の女性として貴方のことが好きです」





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