第27話 少年と少女Ⅲ〈少女〉


最近、自分のことについて、あまり良くないことを言われているのは気付いていた。

――――けれどそれが幼馴染に聞かれるなんて、誰が思っただろう。


そんなことを考えながら、少女はその場に立ち尽くす。



「............最近の奏ってさ。ちょっと調子乗ってない?」

「わかる。自分のタイムが一番いいからってさ」



隣にいた少年が、息を呑んで自分を見ているのが分かる。

先ほどまで一緒に部活の仲間だった友人たちが嬉々として自分のことを――――決して褒めた内容ではないものを話しているのを聞きながら、少女は唇をかみしめた。


けれどその表情すらも「自分が守るべき」幼馴染が見ているのに気づき、少女は無理やり口元に笑みを浮かべた。



「あ.........私なら、大丈夫だから」

「かなで」

「本当に! 本当に大丈夫なの! 多分............私が何か、悪いことしちゃったんだと思う」



そうだ。

きっと、自分が何かしてしまったのだ。

自分が彼女たちの気に障ることをしてしまったのだろう。だから、自分がいつも通りでいれば、また仲良くできる。


そう思って、歪みそうになる視界を、唇を噛んで堪える。

そうしていると優しい少年が扉に手をかけるのが見えて、少女ははっとしてその手を抑えた。



「瑞稀。私は本当に、大丈夫だから」

「でもっ」



優しい、優しい私の幼馴染。

きっと彼はいつも仲良くしている自分が悪口を言われているのが耐えきれなかったのだろう。


そう思って説得してもなお、でも、とまだ何か言葉を募ろうとする少年に小さく首を振ると、彼は顔を歪め――――そして、不意に目を開く。



「なんで!? なんであんな奴らなんか、あんな奴らなんかの、」

「あんな奴らって、言わないで。...........私の、友達なんだから」



まるで事実じゃない―――—もう思うことしかできないその言葉を、信じることができないその言葉を、自分に言い聞かせるように少年に言う。


――――本当は、わかっている。

きっと彼女たちにとって自分は友達でも何ともなくて、―—――友達だとしても、悪口すら簡単に言えるほど何ともない存在で。


その悪口に微かな嫉妬と、そして悪意が入っているのも、『きっと』とか『多分』とか、そんな曖昧な言葉で自分の感情すらも誤魔化していることも...........本当は、わかっていた。

だけどそんな事実に自分は目を逸らし、そして少年すらも失望させている。



「…………そんな、奏なんて」



目の前にいる少年の瞳が、黒く濁る。

いつも綺麗な瞳で少女を見つめる少年は、一筋の涙を溢した。



「————奏なんて、大嫌いだ!」



そしてそれが分かると同時に、自分が彼を失ったことを理解すると同時に、「その通りだ」と心の裡で思う。

こんな自分なんか、何の資格もない。


憧れられる資格も、仲良くする資格も、―—――ましてや、好かれる資格なんて。



(瑞稀は、私が嫌いって言ったけど)



けれど、自分だって。

――――自分だって、こんな『自分わたし』のことが。



「…………私も、大嫌いよ」





◇◇◇◇◇





これから幼馴染とどう関わっていこう、と少女は呆然とした頭で考える。

自分が言葉を放った後に目を見開いた少年は、そのまま走って帰って行ってしまった。


傷つけてしまったかな、と思う。

けれどそう思った直後、自身の冷静な頭がそれを打ち消した。


傷つけたとか、そういうんじゃなくて。

きっと自分は、自分のことを慕ってくれていた幼馴染を、失望させた。



「いたいなあ」



じくじくと痛むそれに、手を当てる。

けれどきっとこの痛みは今日自分が泣かせてしまった幼馴染の痛みのほんの一部でしかないこともわかっていて、それが余計痛みを強くした。



「...........どう、しよう」



決して少年の前では見せないようにしていたものが、両目から溢れ出る。

微かな熱と共に零れ落ちたそれは、とめどなく少女の頰を滑り落ちた。



「また話せないなんて、嫌だ…………っ!」



ぽたぽた、と地面に落ちたそれは、薄暗いアスファルトに濃いシミをつけていく。

いつだって本当に大切なものに気づかずに、遅れてから失ったものの大切さに気づく。


あの時点で本当に大切だったものは、守るべきものだったものは、自分の想いなんかじゃなくて、少年のことだったのに。



「ふっ…………ぇぐっ」

「―—――かなで!」

「えっ?」



微かな嗚咽を漏らしながら泣いていた少女は、その間に確かに自分を呼んでいる声が聞こえて動きを止める。

振り返ると顔を赤くして息を切らした————先ほど自分を置いて帰ったはずの少年がいて、少女は慌てて服の袖で顔を乱雑に拭った。



「みづき!? えっ、あ、なんで、ここに..........」

「僕は、僕はまだ奏に頼ってもらえないかもしれないけどっ、」



荒く息をついたその少年は、どこか泣きそうな顔で少女を見つめる。

真っ直ぐに自分を見つめる少年は、ぐっと息をつめた。



「ずっと、傍にいることはできるから..........」



だから、と言葉が続ける。

何も言うことができない少女に何を思ったのか、少年は少女の服の袖をぐっと引っ張った。



「あんな奴らがいなくても、僕がずっといるから。この人なら大丈夫だって、奏を幸せにしてくれるって、そう奏が思える人と出会うまで、僕が一緒にいるから。今度は僕が、守るからっ、」



先ほど少女が零していたそれを、今度は少年の頬を伝う。

もう守られたままは嫌なんだ! と言った少年は、少しの逡巡のうち、真っ直ぐに少女を見つめて口を開いた。



は、奏は幸せになるまでずっと、『友達』として一緒にいるから」



だから、安心して。と透明な雫を零しながらも無理やり笑みを作って、少年は言う。

その笑顔から目を離せなくなりながら――――自分の胸が痛いくらいに鳴っているのを感じながらも、少女は同じように笑顔を返すことができなかった。


なんて皮肉なことだろう。


やはり自分はいつだって、失った後に初めてその大切さに気付くのだ。

今気づいたこの気持ちは絶対に隠さないといけないと、少女は分かっていた。


ずっと隣にいられるように。ずっと、傍にいられるように。

好きな人としてじゃなくて、恋人としてじゃなくて――――大切な幼馴染として、『友達』として。


少年と一緒にいるために、彼を『好き』になることは、彼の想いを裏切ることだけは、『友達』として決して許されることはないのだから。


――――そして少女は、初めての恋と同時に、初めての失恋をした。







―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――




さてさて、この話もこれにて後半に差し掛かります。

起承転結のうち、残りは『転』と『結』になりました!! ちょうど折り返し地点ですね!...........折り返し地点...........長くても三十話いくか行かないかくらいの予定だったのに..........(笑)。


片想いを拗らせた不器用な大人二人を最後まで見守っていただければ幸いです!

あとすみません、ちょっと作者がこれから冬期講習とかに追われるため、また五日ほどお休みをいただきます...........。



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