第25話 そしてこちらも気づく
飲み会から数週間たち、奏と昼を一緒にした日。
『とても重要な話がありますが本日は残業デーです』という言葉とともに悔しげな顔をした謎の鳥のスタンプが送られてきた俺は、一人の時間を持て余していた。
生憎今日に限って仕事が早く終わった俺は、そうともしらずに夕食の準備を終えてしまっていた。
見たいテレビは見たし、特段やりたいことがあるわけでもない。
さてどうしようかと小さくため息を吐いた後、俺は頭に何かが引っかかる感じがして小さく首を傾げた。
(なんか、なんか忘れてたような)
数秒の熟考ののち、俺はひらめいて思わずポンと手をたたく。
あーすっきりした、と誰もいない部屋で何んとなく呟きながら、俺はスマホをポケットから取り出した。
「恭弥、恭弥...........っと」
夕食の準備をしているときに仕事は終わったと言っていたので、今電話をかけても特段問題はないだろう。
強いて言うなら親友の妻がいた場合、二人きりの時間を邪魔されたといって後日謝罪料という名のお菓子を差し入れに行かなければならない程度だろう。
画面を操作して、恭弥のスマホへ電話をかける。
それは昨日と同じように数コール音を立てると、すぐに男の声が聞こえた。
『瑞稀?』
「ああ、また夜にごめんな」
午後八時。
昨日の十一時よりは常識の範囲内とはいえ、これもなかなかに迷惑なほうだろう。
そう思って謝ると、彼は微かに笑いながら声を発した。
『ああ、全然いいよ。今日は日和が職場の人たちと飲み会に行ってて暇なところだったんだ』
「へえ、夫っていうのは余裕だな。男が居たらどうするんだ」
『そんな過剰に心配するのはお前だけだよ。しれっと独占欲強いよなお前。あと俺のことを言うなら、結婚する前もしたあとも、定期的に会社の人たちに挨拶してるから』
「人のこと言えねえじゃねえか」
思いっきり牽制してやがる、と思わず顔を顰めると、「失礼な、戦わずとも勝つことはできるという例だ」と本気なのか冗談なのかわからない言葉が返ってくる。
それの返事として小さくため息を吐くと、昨日と同じように笑う恭弥の声が聞こえる。
『で? どうしたんだよ』
「いや、どうでもいいことなんだけど」
『昨日言ったこと忘れたのか?』
「ごめん。気になったことがあって」
俺が何気なく言った言葉に、親友は少し怒った様子で言い返してくる。
それに申し訳なさと微かな喜びを抱えて言葉を訂正すると、彼はどこか満足そうな声を上げた。
『んで、その気になることは何かね。ガス抜き担当の恭弥様に話したまえ』
「ああ、そのあだ名気に入っちゃったんだな...........」
思わず突っ込みを入れるが、ただ再び満足そうな同意の声が聞こえてくるだけである。
そんな親友に色々な感情を抱きながら、俺はふうと息を吐いた。
「どちらかと言えば、そのガス抜き担当の恭弥様がガスを突っ込んでいるようなもんなんですが」
『ええ』
「ほら、昨日俺が寝る前に何か言いかけてたじゃん。あれなんだったのかって」
『あー?』
何かを言いかけていたのは分かるのだが、眠すぎて情報が処理できなかったうえに、ところどころにしか聞こえなかった。
とりあえず急ぎの用件ではないと思ったのでこうして翌日電話しているわけであるが、まあこういうものは早めに聞いておいて損することはない。
そう思いながら問いかけた俺の言葉に数秒唸り声をあげていた親友は、思い出したらしく『あっ』と小さく声を上げた。
『そうだそうだ! まだ準備しなくていいのか、っていうか、こうやって俺なんかとゆっくり電話してていいのかよ』
「いや、いいから電話してるわけだけど...........何かあったっけ?」
『あ? お前もしかして招待する気ねえのかよ。乗り込んで前座までやる予定なんだぞこっちは』
「は? お前何の話してんの?」
まくしたてるように喋る恭弥に、首を傾げながら反対の手でスピーカー設定にする。
それをそのまま机に置こうと腕を伸ばした瞬間、訝しげな恭弥の声が耳に届いた。
『お前、結婚式の用意しなくていいの?』
「...........あ」
けっこんしき。ケッコンシキ。結婚式。
自分の人生の中で縁がない言葉トップ3に入るその単語。
ちなみに二位は恋人、一位は結婚である。
その存在を思い出し真っ青になると同時に、掴んでいた手の隙間からスマホがゴトリと鈍いを音を立てて落ちた。
真っ青な顔をしているだろう俺に、そいつは顔が見えないだろうに、どこか恐る恐るというようにこちらをうかがう。
『...........まさか、忘れていたとか』
「...........奏と話をしてきマス」
『お前はあほんだらだよ本当に』
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遅刻しました。すみません。
三日ほど更新休みます。
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