「30歳までお互い独身だったら結婚しよう」と約束した幼馴染に、30歳になった日にプロポーズしたら殴られた。

沙月雨

第1話 誕生日とプロポーズと

————昔の結婚の約束って、結構ロマンがあると思うのだ。



そう思いながら、俺————天都あまと瑞稀みづきは、ビルの灯りや街灯でまだ明るい道を歩いていく。


今日は、30歳の誕生日である。


けれど俺はその日を家族と過ごすわけでもなく、親友と過ごすわけでもなく、かといって長年付き合った彼女と過ごすわけでもない。


10月21日。

それは俺と、もう一人の誕生日で。

そして『30歳の誕生日』—————その日には、何年も前からずっと予定が入っていたからだ。


共通の知人から聞いた情報によると、彼女・・は現在都市部で働いていると聞いた。

それが自分の職場から近い方も幸いして、その職場の近くに向かっているのだけれど。



「…………っかしーな。アイツが言うにはここらへんって言ってたんだけど」



色々なビルが建っているその場所は、ただえさえわかりづらいのに人が多くて余計惑わされる。

どうしたもんか、と頭をかくが、解決策は一向に見つからない。


そうして十分弱、ずっとビルの周りを歩いていていた時、不意に声が聞こえた。



「———……瑞稀?」



声の方を振り返れば、そこには凛とした雰囲気の一人の女性がいる。

俺はその姿に一瞬見惚れた後、その女性が目的の人物であると気付いた。



「…………奏、か?」

「そう、だけど。なんで瑞稀がここに…………もしかして」



返ってきた言葉に、その人だとすぐにわからなかった罪悪感が湧いてくるが、それと同時に言い訳も頭の中に浮かぶ。

だって、しょうがないだろう。


彼女に会うのは————実に、12年ぶりだ。



「ねえちょっと、聞いてるの、」

「————奏。俺ら、約束してたよな」



目を見開き立ち尽くしている女性に近づいて、俺は手に持っていた袋から箱を取り出して。


その場に跪き、そっとその箱を開いた。


ビルの光に反射して、その箱の中にあった指輪…………そしてそれについているダイヤモンドが光り輝く。

それを目にした瞬間、彼女は感動のためだろうか、下を向いて微かに震えた。



「俺と、結婚してください!」



そんな、俺の人生を懸けた一世一代のプロポーズは。



「ふざけんな、このあほんだらぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああっっっ!!!!」



そんな、ロマンもクソもない怒号で掻き消され。

ついでに飛んできた力強く握りしめられた拳が俺の顔面に向かって来たことで、わずか3秒で幕を閉じた。







◇◇◇◇◇







力強く拳が顔面にのめり込んでいるこの数秒。

その間、俺の頭には今までの苦労がフラッシュバックしていた。


————忘れもしない、それはちょうど12年前の事だった。



「…………将来とかさ、考えるの怖くない?」

「? 何だよいきなり」



高校最後の年。

進学や就職やらでみんながそれぞれの進路を考え始めてきた時期。


「子供」という括りを抜け出し「大人」になっていく時期は、将来を考えることが求められる。

それが、高校三年生————18歳の誕生日なら、尚更だ。



「だってみんな、夢とかなりたいものとか決めててさ。私、何にも決めてないし」

「んなもん俺だって同じだよ」



そうやってみんなが試験勉強や資格取得に勤しむ中、俺と…………そして高校の同級生だった彼女————日野奏は、屋上で何にも考えすに弁当を食べて時々喋る、そんな時間が、唯一気が休まる時間だった気がする。

そして18歳の誕生日という大きな節目を迎えた俺らは、親や教師から後回しにしていた将来を決めなさいと言われていた。



「あーあ。18歳の誕生日だっていうのに、私は屋上でいつも通りご飯食べてるし」

「だからそれは俺もだっての」

「将来なんて、まだ決められる訳ないじゃん。まだ10月なんだよ?」

「結構やばいと思うんだ俺」

「じゃー瑞稀は決めたの?」

「ふっ、聞いて驚け、俺は模試の志望校登録、毎回変えているぞ」

「仲間だった」



大学は行きたいと思ってるけど、と俺が返すと、それは私もそうと端的な言葉が返ってくる。

特に成績下位者でもない俺たちは、ある程度選択の自由はある。

けれど10月————入試まであと2ヶ月を切った今、そんな悠長なことを言ってられなくなっていた。



「将来って、怖いなあ」

「…………じゃあさ」



その時の俺は何を思っていたのか、自分でもわからない。

ただわかる一つのことは————その時の自分が、神妙な顔をしてどうしようもなくとち狂ったことを口走っていた事実だけだ。



「30歳になって独身だったら、俺たち結婚しない?」

「…………は?」



俺が名案だとばかりに人差し指を立てると、奏は何こいつ頭おかしくなったんだという顔をする。

そんな彼女に対し、俺はドヤ顔をしながら説明をした。



「ほら、一つぐらい未来のことを決めてたら、ちょっとは心が軽くなるだろ?」

「うん。…………うん?」

「だから、お互い30歳までに独身だったら結婚しようぜ」



そう言って俺が笑うと、彼女は何度か首を傾げ、その状態で数秒唸り声をあげる。

しかし、不意に顔を上げた彼女はなぜか頬をかすかに蒸気させながら小さくこくりと頷いた。



「…………いいよ、待ってる」






◇◇◇◇◇





「——……って、言ってたじゃねえか!」

「おっそいのよ! 大体そういう時って25歳くらいまでにはさっさと結婚するもんでしょ!」

「んなもん知るかよ! 30歳って言ったら30歳なの! 文句言うな!」

「言ってないわよ!」

「言ってるだろ!」



両者、お互い睨み合う。

けれどそれが通行人の視線をなかなか集めるものだと気づいた俺たちは、やっぱり数秒睨み合ったあとため息をつきながらそれをやめた。



「あーあ、アホらし」

「そうね」

「こっちは結婚指輪まで用意したって言うのに」

「余計なお世話よ」



つん、と顔を背けた奏を見て、これは「約束」は無効になりそうだと考える。

まあ好きでもない男と結婚されるのも気の毒か、と思い、俺はくるりと踵を返した。



「じゃ、またどっかで会えたら」

「待ちなさい。これ、忘れ物」

「え?」



はて、指輪は渡したままだったかと首を傾げる。

しかし受け取られなかったそれが地面に転がっているのを回収した記憶があり、そして現にそれを箱ごと持っている右手を見て、俺はさらに首を傾げた。



「じゃ、明日の午前10時集合ね」

「は?」



やや押し付けられるようにして渡された書類を慌てて受け取ると、彼女はすぐに背を向ける。

なぜか赤いように見える彼女の耳を何ともなしに見つめてから、俺は急いで書類に目を向けて————そして、夜の肌寒い風で冷やされた手を火照る頬に押しつけた。



「えぇ…………?」



これどうすればいいんだよ、と先ほど取り出したばかりの指輪を手のひらで転がす。

先ほど渡された書類————サインと判が押されている婚姻届は、風によってぴらぴらと数度揺れた。



『天都奏』



そう書かれた字は昔と変わっていなくて————そして、かつて彼女に「約束」を持ちかけた時のように熱く感じる頬も、12年前と同じだった。



(10年以上前のことを引き摺ってるとかだせーって、思ってたけど)



まだ頑張ってみても良いかもな、と呟いて、俺は口元に小さく笑みを浮かべた。






———————————————————————————



作者が適当にキリがいいと思ったところで完結します。

予定は未定。とりあえず明日は頑張って投稿したいと思ってます。


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「30歳までお互い独身だったら結婚しよう」と約束した幼馴染に、30歳になった日にプロポーズしたら殴られた。 沙月雨 @icechocolate

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