フェリシアの呪い
灰業みずり
表面上は根暗っぽいが、中身はそうでもないのである。
『君と一緒にいられるなら、ぼくは世界一の幸せ者です』
僕には、ずっと憧れていて好きな人がいる。
あの子の笑顔は、いつだって僕の薄暗い心にランタンを持ってきてくれる。
「あ!モシュネ!今日どうしたの?なんかいつもより角がないような……」
「あ!レニー!あれ、え?気になる人ができた?何々どんな人!?応援するよ!」
「――――!ロッシュグレイシア先生ー!!!!!」
いつも笑顔で元気溌剌としている君の事を、いつも遠くから眺めていた。そう、遠くから眺められているだけで十分だったのに。
✴︎ ✴︎ ✴︎
アルフレッド・フェリシアンは、根暗でどんよりとした少年である。知らない人に声をかけることが苦手で、学級王国に友達はいない。いや、いるのかもしれないが、自分をいちばんの友達と言いたがる人はいない。
そんな彼の父と母は恐ろしいほどにコミュニケーション能力があるのに、なぜかその能力が継承されることはなかった。
その日もいつもと同じように、光がさんさんと入って来るどこか無機質さを感じる図書室で本を読んでいた。アルフレッドとは反対に、大理石の机からはシャキッと、寧ろひんやりしていた。
「すみません、ここいいですか?」
(え!?)
目の前にいる。天使が。
きらきらなほんの少し青味が入っている真っ白でおさげの髪。
世界中の優しさと元気を混ぜて、輝いている灰色の瞳。
細い腕。
かわいい。すごく可愛い。
「う、うん。いいよ」
「ありがとうございます」
おそらく彼女はアルフレッドの顔なんて知りもしないだろう。アルフレッドの横に座った彼女は、背もたれに寄りかかって何もしなかった。本を読むわけでも、勉強をするわけでもなかったのだ。
「あの、金髪で目がシャキッとしてて背が高い人、みかけませんでしたか?」
「あ、う、えと、さ、探してるんですか?」
なんとか自分の存在を知ってもらうことができたとアルフレッドの心はざわざわと弾む。リアリーと言葉を交わせたことが今は1番の幸福。幸せだ。
ここはかっこいいところを見せたい、役に立ちたいというのがアルフレッドの本音だ。探しているのは、おそらくいつも一緒にいるモシュネ・クラークだろう。それならここに来る前に見かけた!good job自分!
「ここに来る前……えと30分くらい前に風の廊下ですれ違いましたよ」
「……風の廊下?」
風の廊下というのは、このリベルテ学級王国の2つの塔をつなぐ浮いている橋の様な廊下のことだ。窓がなく風が通り抜けていくのが特徴的で解放的な道となっている。
「魔法塔方面に向かっていったような……あ、案内しましょうか?」
「え?いいんですか?」
心の中で大きくガッツポーズをとる。よくやった!とうとうあの子て話すチャンスを掴んだぞ!
ドキドキしながら勉強道具を片付けてリアリーをエスコートする。
光の廊下と呼ばれている渡り廊下で彼女の方から話しかけてきた。
「ありがとうございます。先月転校してきてまだわからないことも多くて。名前は」
「リアリーでしょう?同い年ですから、敬語は入りません。僕は、アルフレッド・フェリシアン」
リアリーは驚いた様に目を丸め、ふいっと視線を逸らす。その時の彼女の表情が見えなかった為、アルフレッドは何かしてしまったんじゃないかと内心焦りに焦る。
「そう、なんだ。じゃあ普通に話しま。あ、するね」
うん。可愛い。はなまる満点。今日に祝福あめはられ。
もはや顔をにやけないように必死だった。
塔の上に繋がる螺旋階段を、ゆったりと2人で歩いて登り、廊下へと繋がる扉を開く。すると、一気に風が吹き込んできて、リアリーは見える光景にハッと目を見開いた。
床が浮いているのだ。魔法塔と平和塔をつなぐこの橋は、図書館と同じく大理石の橋だけが浮いている状態で、下には雲が動いているのかいないのか分からないくらいに彷徨っている、とても開放的な、開放的すぎる道だ。
リアリーは一歩踏み出し、両手を少しだけ広げで大きく息を吸う。
「ここ、いいところでしょう?夏はよく月光の粉の採集に来るんです。意外と穴場なんですよ」
「へぇ、あの粉って不思議よね。あれかければ空を飛べるんだもん。それに、ここは空気が透き通っていて、なんだか身体のモヤモヤが濁流に流される気分」
なんと向こうから話を広げてきてくれた。ウキウキ気持ちで返事をしようとした時。
まずい。天敵だ。リアリーがよくあの女の先生に駆け寄っている姿を見かける。先生は両手に教材や羊皮紙の束を3本ほど待っている。しかも、いつもならスタスタ早歩きしているのに、リアリーを見かけた途端にほんの少し歩幅を緩めたではないか!
「あっ」
しまった。気づいてしまった。
リアリーは先生に大きく手を振り、先生は呆れたように表情で手を振り返す。
「ねぇ、あの先生と話したことある?」
「授業を去年に教えてもらったくらいでしょうか?特に個人的な会話はしたことないですね」
するとリアリーの顔は一気に明るくなる。
なんか悔しい。すごく悔しい。
「そうなんだ!あの先生の授業いいよね!?私も今魔法史とってて、話し方もいいし教え方もわかりやすいし……何より可愛い!何にでも真剣に考えてくれるしもう大好き……」
別に顔は素朴な方だろう。整ってはいるが特段綺麗じゃない。愛嬌があるが美しさもないわけではない。男じゃないだけマシか。
するとロッシュグレイシアがリアリーの方に向かって歩き出す。それにリアリーは見たことないくらいの勢いで周りのオーラが見えそうなくらいキラキラしている。
「あー、素敵。今日はいい1日になりそう……」
うっとりとしているリアリーを見られたのはいいことだろう。そんなことを話を聞いていたら、リアリーお目当ての人物が風の廊下の端から歩いてくるのが見えた。
アルフレッド的にはバッドすぎるタイミングだ。
「へぇ、確かに風通しがいいね。名前はお飾りじゃないねぇ……アルフレッドも敬語は使わなくていいのに」
「ぼ、僕の敬語は癖みたいなものだから。気にしないでください。それよりほら、あの人じゃないではないですか?」
「あ本当だ!ありがとう!あ、アルフレッドもここまでわざわざありがとうね!それじゃあ!」
わざわざ2回もお礼を言ってとたとたと走り去っていくリアリー。どうやら探している人とは無事に会えたようで一安心だ。
運命の糸とやらを、アルフレッドはあながち嘘ではないのかもしれないと思い始めた日だった。
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