第10話 誰かを守る存在
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「お前はまた自分を偽るつもりか」
巨大な倉庫の入り口には、俺のことを助けてくれた老人が杖を持って突っ立っている。それも何故か、彼の姿が見えない。エコロケーションで音を反響させて、彼の姿を見ようにも……何も映らない。ただ息を吸って吐く音と、地面に杖を突くその金属音で、彼の位置を仮決めしているような感覚。
対して俺は裸で何も持っていない。彼は杖を俺に向け、ゆっくりと前進しながら何かを語り始めた。
「自分を偽ると悲劇を見ることになる。だが、ひとつだけ隠すものがある。それは欠点だ」
彼は一瞬にして俺の前に移動し、杖を振り下ろした。俺はとっさにそれを回避、反撃しようとしたが武器がなく、ただ彼の攻撃を避けることしかできなかった。彼はまた語り始める。
「死人に口なし、しかし私に口はある。誰かを頼れ、誰かを信じろ。誰かを守る存在になれ」
それだけ言うと、彼は姿を消した。誰もいない倉庫に、俺がポツンと立っている。何で俺はここにいるのか、何で彼がここにいるのか、それは誰にも分からない。俺はこの倉庫で人を殺した。少年を誘拐した奴らを皆殺しにした。
相手が悪人だろうと、人殺しなんてしてはいけない。ただ彼の言葉を借りると、俺は少年を守る存在となった。また俺は自身を偽るようなことはしない。俺は人を殴っていた時、快感を得ることができた。同時に失っていた記憶も取り戻した。これは以前の生活じゃ得られない物だ。俺は、それを欲している。
「何だ、今の」
そう俺が発した瞬間に、目が覚めた。俺は森の中で眠っていた。そうか、さっきのは夢だったんだな。俺はもう老人と別れたし、あれから一度も出会っていない。そんな彼が杖で俺を襲う理由なんてない、だからこれは夢だ。
ここからあの倉庫までは数百メートルしか離れていない。そこに兵士や警備の人が来た形跡も見られない。少なくとも、今は。ところで奴らは金を持っていたな、それも十日は暮らせるくらいの。奴らを殺した時は少年を助けるのに夢中で金を持ち出すようなことはしなかったが、今なら冷静。
まだ兵士は奴らが殺されたことに気づいていない。となると、俺が金を頂戴しても、何も不都合なことはない。恐らくは他の子供を誘拐した時に手に入れた悪い金だろう。それをあえて世に解き放つことで、経済を回すキッカケにもなる。
実際に倉庫に行ってみたが、まだ遺体も残っており、兵士が介入した痕跡は見られなかった。遺体の発する生臭さと血が物語っている、というかこんな奥地に兵士なんて来ないか。来ないからこそ奴らはここを拠点にしていた。
金は倉庫の奥にある金庫の中に入っていた。金庫には鍵がかかっていて、普通に開けることはできないが……幸いにも俺は普通じゃない。ダイヤルを回し、正しい数字にすることで金庫が開くような仕掛けになっているが、正しい数字にした時にカチャ……という小さな音が鳴る。それを俺は利用した。
1......2......3......カチャ。1......2......5......カチャ。2……5……9……0……カチャ。0......2......9......カチャ。
これで数字が分かった、3509だ。目が見える人でも、ダイヤルの金庫をノーヒントで開けることなんてできないはず。それを俺は成し遂げた。相変わらず金庫の色や倉庫の色は分からないが。とは言っても、日常生活を送る上では申し分ない。
金庫から金を受け取り、俺はマーベラスに向かうことにした。マーベラスにはウォーリアーズの拠点がある。そうだ、奴らは俺を裏切った。勝手に追放とか言いやがって、いいや、俺が裏切ったのか。どちらにせよ、悪いのは奴ら4人だ。とっとと証拠を掴んで、役所に送り付けてやる。
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「おい、あんた。200ルペンしか無いじゃないか」
マーベラスに着き、宿を取ろうとしたところで俺は重大なミスを犯した。金庫の中にある金を使ったが、視力を失った俺には金の見分けなんてつかなかった。紙幣とコインの違いは流石に分かるが、紙幣に「何ルペン」と書いてあるかまでは理解できなかった。
それもそのはず、目が見えないから。目が見えればそこに「200ルペン」とか「1000ルペン」とか書かれてあるのが見えるだろう。でも感触でしか物の区別がつかない俺にとっては、紙幣に書かれている数字を見分けることなんて不可能。くそ、厚みがあるだけで、中のほとんどはただの紙だったか。
「金がないなら出ていけ!」
そうやって俺はまた追い出されてしまった。今回は仕方ない。「日常生活を送る上では申し分ない」とさっきまでは思っていたが、全然そんなことない。むしろ不便だ、紙に書かれている文字も読めないなんて。絵も分からなければ、本も読めない。
しかもよりによってここまで来てしまった。マーベラスに知り合いは少ないんだ、ウォーリアーズ以外に友達はいない。家族は……もういない。モンスターに襲われてみんな死んだんだ。俺が討伐者を目指すきっかけにもなった。ウォーリアーズにも頼れないとなると……どうしよう。
そう不安になっていると、少しずつ視界が悪くなっていった。いや、元からではあるが、そうじゃない。手が震えて、汗も止まらず、耳も遠くなっていく。そうすると俺は周りを把握することができなくなる。エコロケーションとやらも、使えなくなる。
ああ、目が見えないってこんなにも不安なんだな。当たり前だ、五感のうちの1つが失われているのだから。それでいて今は聴力もおかしくなってきている。どうなってんだ、俺の体は。確かに過度なストレスを感じた時、昔は体を壊していた。でも聴力に異常をきたすとか、こんなに汗が止まらずに震えるとか、こんなことは無かった。
俺は震えの止まらない手で杖を取り出し、それを伸ばした。もう一生必要ないとか思っていたし、何なら武器として使っていた。軽く川の水で洗い流したが、それでも血の生臭さは少しだけ残っていた。
「---、--!」
通行人は道の真ん中で震える俺を見て、心配するわけでもなく突き飛ばした。バランス感覚も失い、耳も聞こえないせいでどこの誰が押したのかも分からない。目が見えなければ、ちっぽけな力が脅威と化す。普段なら突き飛ばし返せるほどの力があるのに、今は無い。
グオン……という重低音が響く中、俺は暗闇に独りで閉じ込められた。これが、本来の俺だ。
「------? --、------?」
「--、-------?」
「……---、-------!」
「--、-----!」
「--、----……----?」
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