ぶいなろっ!!~デビュー3分で前世バレする伝説を作ったVTuber。そんな推しライバーの俺に対する距離感がバグっている件。俺はいちリスナーであって配信者ではない!~

河原 机宏

初配信 俺はいちリスナーであって配信者ではない!

 俺の名前は【犬飼いぬかい ゆう】、しがないサラリーマンだ。

 見た目は黒い短髪の中肉中背、特に目立った特徴が無いモブ男だ。この世に男子として生まれ落ちて既に二十四年、子供の頃から漫画やアニメが好きで所謂いわゆるオタクとして生活しており、その反面女性とは無縁の人生を送っている。

 こんな俺ではあるが、プライベートは自分なりに充実していると思っている。

 

 俺には趣味が二つある。一つは自作の小説を作って小説投稿サイトに投稿すること。もう一つはVTuberの配信を視聴することだ。

 VTuberとは動画配信サイトなどで動画投稿や生配信をする配信者のことだ。趣味は二つと言ったが、もっぱら配信を視聴している時間の方が多い。


 今日も今日とて仕事が終わり一人暮らしのマンションに帰ってきた俺はスーパーで買ってきた弁当をレンジで温め直して急いで食べている。


「あっつ!! あつ、あつ……少しばかりチンしすぎたなぁ。……あっ、もうこんな時間かっ!」


 高校を卒業してから一人暮らしを始めて六年が経過、独り言が多くなったとしみじみ思う。そこにちょっと寂しさを感じてしまう。

 夕飯を終わらせてパソコンを起動させると動画配信サイトの『ヨウツベ』にアクセスし、あるVTuberの生配信の視聴を開始する。

 

 そのVTuberの名前は【ガブリエール・ソレイユ】。

 『株式会社ファイナルプロジェクト』が運営する女性VTuber事務所『ぶいなろっ!!』に所属するライバーだ。

 ガブリエールは天使をコンセプトとしたVTuberで頭上には天使の輪が浮かんでおり純白のワンピースを着ている。

 紫色の瞳と大きくてクリクリとした丸い目には愛嬌があり、銀色にピンクがかったロングヘアは神秘性と清楚な雰囲気を醸し出している。そして声がちょっと高めで可愛い。

 それでいて非常にナイスバディで胸はIカップの巨乳だ。彼女のワンピースの胸元は大きく開いていて胸の谷間が常にモロ見えになっている。ありがとう。

 そんな可愛らしさと神秘性と清楚とエロをミックスして顕現したのが天使VTuberガブリエールだ。


 彼女はぶいなろっ!!の六期生としてデビューを果たしたのだが、初配信の際に速攻であるポカをやらかし伝説を作ってしまった。

 それから約一年が経過し、今ではその伝説の効果も相まってチャンネル登録者数百万人を超える人気VTuberになっている。


「既に配信が始まってるな。取りあえず挨拶をしておこう。――『こんがぶー』っと」


 入力を済ませると俺のユーザーネーム【ワンユウ】と共にコメントが画面の端に表示される。

 何故ワンユウなのかと言うと、これは俺の名字の犬飼から犬の鳴き声の「わん」と下の名前の優を合わせた安易なものだったりする。

 今日のガブリエールの配信枠は雑談でリスナーの皆と今後の配信内容について色々と話をしているみたいだった。


『そうなんですよ。今度ゲーム配信をしようと思っていて――』


 楽しく雑談をしている中、画面端に俺のユーザー名と『こんがぶー』とコメントが映った。その瞬間、ガブリエールの表情がパァッっと明るくなり手を振り始める。


『あっ! ワンユウさん今晩はー。今日も来てくれたんですね。ありがとうございます! 実は今、使徒さん達にゲーム配信の希望を訊いていたんですけど、ワンユウさんは何か配信して欲しいゲームとかってありますぅ?』


 現在、この配信の同時接続者数は一万人を超えている。その一万人をすっ飛ばして彼女は今、俺個人に話しかけていた。

 俺としては推しのこの行動を嬉しく思わない訳がないのだが、こんな事をしていたら他のリスナーに申し訳がないし彼女の人気に影響が出ないとも限らない。


:「いつも言っているけど、俺個人に話しかけるのは如何なものかと……」


 俺のコメントが画面に表示されると、ガブリエールは肩を落とし悲しそうな顔をする。その目からは涙がポロポロとこぼれ始める。


『……そうですよね。ワンユウさん、他のライバーさんの配信も同時視聴したいのに私が話しかけたらそっちを集中して視聴出来ないですもんね。調子に乗ってごめんなさい。……うぐっ……ひっく……!』


 身体を震わせながらガブリエールが泣き始めた。

 えっ、何これ……俺が悪いの? 困惑しているとコメント欄が荒ぶり始める。



コメント

:あ~あ、なーかせたー。せーんせーに言ってやろー

:ワンユウ、貴様ァァァァァ!! ガブちゃんに謝って! 謝んなさいよッ!!

:ごめんなさい。ルーシーちゃんのファンへと堕天しました!!

:貴ッ様ァァァァァァァ!! 俺もだ!!!

:天使と堕天使に挟まれて昇天なんて最高じゃあないか! 人生に一片の悔い無し!!

:俺たちのガブちゃんを泣かすとは許すまじ! 大人しくお縄につけい!

:カンッ! カンッ! 被告は有罪。火炙り百万年の刑に処す

:逮捕から判決出るの早すぎて草

:そんな長時間炙られたら灰も残らんな

:この涙が目に入らぬかっ!! 潔く腹を切れっ!

:この……人でなしぃぃぃぃぃぃぃ!!

:ちなみに俺は今メルア姫のエロゲー談義を同時視聴している。内緒だゾ



「くっ……こいつら、どいつもこいつも好き勝手な事を!」


 納得がいかないがガブリエールは泣いたままだしコメント欄は凄まじい勢いで進んでいくし、このままじゃアーカイブに炎上案件として残りかねない。

 こうなったら仕方ない……。


:「ガブリエールと話が出来て嬉しいよ。他のライバーさんの同時視聴とかはしてないです。ここに全集中!」


 コメントを入力するとガブリエールは満面の笑みになる。

 一瞬で泣き顔から笑顔になるとか、どんなギアチェンジしてるんだろう。この技術は既に女優の領域に達している。


『えへへ、よかったぁ~。ワンユウさんに捨てられたらどうしようかと思った……。視聴も私だけなんですね。へへ……えへへ……ガブの呼吸……ですね』


 気のせいか若干狂気じみた笑い声を出しているみたいだが……ってガブの呼吸ってなに!? 推しの妖しい雰囲気に驚いていると再びコメント欄が激しく反応する。



コメント

:これだよ、これーーーー!! これが見たかったんだよ!!

:良い笑顔や……。ありがたやありがたや……

:これが、ガブの呼吸壱ノ型『ワンユウの落として上げる』か……

:その効果――食らった者は萌え〇ぬ!

:俺たちには出来ない事を平然とやってのけるっ!

:そこにシビれるゥゥゥ! 

:あこがれるゥゥゥゥゥ!!

:一度底値になったワンユウ株が上がってきたぞう! 今のうちにありったけ買うんだ!

:次回、復活のワンユウにご期待ください



:「ちょ、いつも言ってるけど俺はいちリスナーだからね。この配信ガブリエールのだからね。コメントで俺の名前出さないで!!」


『今さら何を言ってるんですかぁ。ワンユウさんと私は一心同体って言ってくれたじゃないですか』


:「言ってねえよ!!」


『あれ? そうでしたっけ?』


 天使がとぼけた表情をする。こいつ……今のは冗談で言ったな。

 昔は配信する時いっぱいいっぱいだったのに、こんな駆け引きが出来るようになったなんて……推しの成長を感じ目が熱くなってきた。



コメント

:ひどいわ!! あの時ずっと一緒だよって言ってくれたクセに!

:そうよっ! 天井のシミを数える間に終わるよって言ったこと……

:忘れたとは言わせないわよ!!!

:こうなったらあなたを〇して私も〇んでやる。あ、私天使だった……てへぺろ



『もう、使徒さん達ったら私とワンユウさんはまだそこまで行ってないですよぅ!』


 ちなみに使徒と言うのはガブリエールのファンネームだ。決して人類殲滅するような怪物の類ではない。

 ガブリエールの配信はいつもこんな感じだ。彼女が俺に語りかけてきてコントの流れになり、そこに他の使徒がツッコミをかける。

 ガブリエールの配信の切り抜き動画に俺の名前があった時には愕然とした。俺は一般庶民であってライバーではないのに。


『でも……そうですねぇ。いつか……いつか必ず……ワンユウさんの本体を見つけて……ふへへ……!』



コメント

:天使ガブリエールに異常発生! パルス逆流、信号受け付けません!! 

:まさか……暴走!?

:ガブガブーン!!

:逃げてワンユウ! 逃げないと荒ぶる天使に食べられちゃうゾ

:ああっ! 勢いよく跳んだと思ったら……

:ワンユウ選手、暴走ガブリエール選手に押し倒されたぁぁぁぁ!

:NO枕フィールドが中和されていく……だと!?

:いいえ、力尽くで破っているのよ。YES枕しか受け付けないんだわ!!

:続いてワンユウ選手服を破られたぁぁぁぁぁ!!

:ハッ! ……知らない天井だ

:事後である



 使徒たちの悪ノリは止まらない。気が付けば俺も一緒になって笑っていた。すると何かを思い出した様にガブリエールが語りかけてくる。


『そうだ! 話が脱線しちゃいましたけど、配信して欲しいゲームはありますか?』


:「ゲームかぁ。うーん、そうだねぇ……」


『昔みたいに難易度高めのレトロゲーム配信なんてどうですか?』


:「レトロゲームか。懐かしいな……」


 俺が彼女――正確にはガブリエールの前世にあたるVTuber【空野そらの 太陽サン】に出逢ったのが四年前。

 その時の彼女は視聴者数0名、チャンネル登録者数0名の配信者だった。

 それでも元気に配信を続ける太陽に惹かれ彼女のリスナーになり初めての登録者になった。それから俺と彼女は二人三脚状態でやって来た訳なのだが――。


 ――いや、俺はいちリスナーであって本当に配信者側じゃないからね!

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