第18話 守るということ

 無事、牢屋から二人を解放したあたしたちはリックさんが教えてくれた情報を頼りに、来た道とは別の出入口を目指していた。

 侵入者を牢屋に近づけさせないようにするためなのか、アジト側からだと牢屋まで一直線だったのが、こっち側だとこれぞ洞窟と呼ぶに相応しいほど入り組んでいた。

 ちょっと進むと段差があり、またちょっと進むと今度は道が三つに分かれていたりなど、リックさんがいなければ確実に迷子になっていたと断言できる。


 リーガルはトーマスさんを背負いながら、あたしの肩を借りて歩くリックさんに話しかける。


「いやぁ、こっち側のルートまでは調べてなかったんで、リックさんの情報マジで助かったっす。正直な話……自分、トーマスさんを背負ってあの階段は無理かもって思ってたっす」

「いえ、俺はただ連れて来られた時ことを話しただけなんで、他の出口があるって気づいたのはリーガルさんじゃないですか」

「ハッキリと覚えていたリックさんのお手柄っすよ。自分はそれをただマッピングしただけっすもん。話は変わるんすけど、ここの盗賊団は出入口を二つ作るのが好きなんすかね?」

「どうなんでしょうか、俺には分からないです」

「まぁそりゃそうっすね。さて、そろそろ出口が近いかもっす」


 リーガルの言うように奥の方でうっすらとではあるが松明とはまた違った光が見えた。最初は小麦粒ぐらいの弱々しい光だったが、近づくにつれて徐々に大きく明るさを増していく。


 やっとアジトから二人を連れ出せると思った矢先、あたしたちはピタッとその場で足を止めた。

 人影は見えないが出口付近から話し声が聞こえたからだ。


「俺たちもさっさと切り上げて、酒飲んで寝てぇよなぁ~」

「まぁそういうなって、その代わり寝てるあいつらよりもいい酒が飲めるし、分け前もいいんじゃねぇか」

「そうだけどよ。でもよ、この場所がバレたことなんて一度もねぇんだろ?」

「そうみたいだな……なんかお前がそんなこと言うから、俺もここで見張ってるのがアホらしくなってきたじゃねぇか。そうだな~、次から酒の一つでも持参するか?」

「おっ、それいいな。早速明日から一本ずつ気に入った酒を持って来ようぜ!」


 洞窟の外から聞こえる盗賊の愚痴に耳を傾けていると、前方で停止していたリーガルが目を細め、ゆっくりとこっちに歩み寄って来た。

 トーマスさんを背負いながら足音一つ出さずに近づいて来るその技量に驚きつつも、怪しい挙動につい無意識に身構えてしまう。


 そしてあと半歩で体当たり成功という距離まで近づくと、今度はあたしの耳元で急に囁き始めた。


「まだ出口までは距離あるんで大丈夫とは思うんすけど、念には念をってことで」

「無言で近づいて来るから何かと思ったよ、それで?」

「えっとっすね。そこにいる盗賊のことなんすけど……リーティアに頼んでいいっすか?」


 あたしはリーガルが次に何を話すのか分かっていた。だけど、それでも分からないと自分に言い聞かせるかのように彼に問いかけた。


「……頼むって、何を?」

「その手に持ってるフラガラックで外にいる二人を斬ってほしいっす。自分がやってもいいんすけど、さすがにトーマスさんを背負ったままってのはムズイっす。だからって、彼を地面に転がしてあいつらを殺しに行くのもどうかと思うんすよね。その点、リーティアのフラガラックは両手が塞がっていても問題ないじゃないっすか。って、リーティア聞いてるっすか?」


 リーガルはあたしに彼らを斬れと言っている。あのビクともしなかった鉄格子を紙のようにスパっと斬り裂いたフラガラックを人に向けろと言っている。

 トーマスさんたちをこんな目に遭わせたやつらを許すことは決してできない。だけど、それでもあたしの手で彼らの人生を終わらせることに躊躇してしまう。

 シカやイノシシなどの野生動物は村にいた時に何度か仕留めたことはあるけど、それとは比べものにならない。


 あたしたちをそのまま通してくれればそれが一番なんだけど、そんなこと絶対にありえないだろう。他に選択肢があればいいのだがそれも難しい。リーガルは両手どころか戦える状態ではないし、リックさんも衰弱していて歩くので精一杯。その点、あたしの手にはフラガラックという打開できる手段がある。


 そうしないと、あの人たちを助けることができないというのであれば……あたしは。

 手の震えを押さえ込むためグッと力いっぱいフラガラックを握り締める。次に呼吸を落ち着かせるために深呼吸を数回繰り返す。


 それでも自分の意思とは関係なく手は勝手に震え、その振動は持っていたフラガラックにも伝わり、カタカタとリズムを刻んでいる。普段なら気にも留めないような小さな音だけど、この状況下においてはその音がとても大きく思えた。


 リーガルはあたしが決心したのに気づいたのか、さっきまでのお喋りはピタッと止まり「任せたっす」と言って離れていった。


 あたしは自分自身を鼓舞するかのようにリーガルに「――任せろ」と返答し、暗闇の中でもうっすらと白銀に輝く切っ先を前方の出口に向けた。


 そしてあたしは握り締めた手を開き「盗賊を切り裂け」と命じた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る