第10話 独立遊撃部隊

 あたしは兵舎内に用意された自分の部屋で、ひとりボヤキながら支給された制服に袖を通していた。

 制服の肩には舌を出してお座りする狼が描かれたワッペンが縫い付けられている。このどう見ても子犬にしか見えない可愛い絵がうちの部隊章らしい。他の部隊はどうかというと剣や槍、盾といった王国騎士団って感じのものが多い。まぁこれはこれで気に入ってるから別にいいんだけど。


「部屋は広くて綺麗だし、この制服もカッコいいし、それにエミリオ副団長お勧めのシャワーとかいう装置のおかげで、汗も流せてサッパリしたけど……あたしもやっぱアレン団長と戦ってみたかったな」


 アレン団長はクアンが遊び疲れるとクランと交代させ、クランが遊び疲れると今度はその逆でクアンに交代と、なぜかあたしを対戦相手に選ぼうとはしなかった。

 それどころか模擬戦がはじまって十分ほど経ったあたりで、あたしはアレン団長の指示によって、エミリオ副団長と一緒に兵舎に行くことになった。


 クアンの重心を置いた叩きつけるような重い一撃、クランの掴みどころのない軽快な動作からの連撃。双子だけど剛柔と正反対な戦い方の二人、戦わなくても二人が強いのはその動きだけですぐに分かった。しかも、二人の手には神具が握られている。ただそれでもアレン団長には歯が立たなかった。


 あの剣で二人の神具を真っ向から受けたら刃が折れる。アレン団長は受け流すことで剣にかかる負担を減らしていた。

 あの受け流しは父さんにも匹敵するかもしれない、それほどまでに卓越した技術だった。できることなら一度くらいはアレン団長と刃を交えてみたかった。


 まぁアレン団長が率いる隊に入れたことだし、案外早くまた遊べる機会が来るかもしれない。なので、非常に残念ではあるけども今日は諦めよう。


「それにしてもこの制服の肌触り……う~ん、やっぱ絹っぽい。王国騎士の人が着ている制服って確かウールとかだった気がするんだけど……入隊記念として一着だけ用意してくれたのかな?」


 制服に着替え終えたあたしはエミリオ副団長が迎えに来るまで、ただじっと大人しく待つことができず、部屋の中をうろうろしていた。

 アレン団長が言っていた『まだ少し時間がかかる』の準備がまだ終わっていないらしく、その準備が整うまでここにいないといけない。


 部屋には二段ベッドに机とイスがそれぞれ二つ用意されていた。兵舎ということもあって、通常一人に一つずつ部屋があてがわれることはない。それどころか団員は四人で一つの部屋を使ったりするのが普通で、二人部屋というだけでも驚くほどの好待遇だったりする。


 部屋を照らすランプからは獣臭がするいつもの蝋燭じゃなくて、ほのかに甘い香りがする蝋燭が使われている。きっとこれが前に父さんが言っていた蜜蝋燭というやつかもしれない。

 

 普段あたしたち平民は羊など家畜の脂を固めた獣脂蝋燭を使っている。

 これを燃やすと動物の脂特有の嫌な臭いがするため、あたしはあまり好きじゃない……というかこの臭いが好きな人にあたしは一度も会ったことがない。それでも使っている理由は単純に安く手に入るから。

 それに対していまあたしの目の前で燃えている蜜蝋燭は、取るのでさえ一苦労なあの蜂の巣からできている。

 手に入る量も限られていて貴重なこともあり、かなり高価な蝋燭。しかも、そのほとんどは貴族の人たちの手に渡ってしまう。

 つまり例え蜜蝋燭を購入するお金があったとしても、平民の手に渡ることはない。


「そんな貴重な蝋燭を隣の兵舎で日が射さないとはいえ、こんな真っ昼間から使っていいのかな……エミリオ副団長も使っていいって言ってくれたし、大丈夫、たぶん大丈夫」


 この正常じゃない状況を正常だと自分に言い聞かせていると、トントンとドアをノックする音が聞こえた。


「リーティアちゃん、そろそろ準備が整いそうだから呼びに来たけど、着替えは済んだ?」

「あっ、はい。終わりました」

「それじゃ開けるわよ。あらあらあらあら、リーティアちゃん似合ってるじゃない!」

「あ、ありがとうございます……で、そのリーティアちゃんってのは?」

「リーティアちゃんはちゃん付けで呼ばれるのは嫌?」

「いえ……そんなことはないですが、突然そう呼ばれたので驚いただけです」

「ごめんなさいね、わたし年下の子にちゃん付けで呼んじゃうくせがあるのよ。だから、もし嫌だったらちゃんと言ってね。じゃ、行きましょうかリーティアちゃん」


 エミリオ副団長と子供のように手をつなぎ歩くこと数秒、すぐ目的地に着いた。

 この距離で迷子になるとでも思われていたのだろうか……いや、確かに自分の部屋がどこか分からず、ちょっとだけ彷徨ってはいたけど。


 あたしが案内された場所は広々した食事室。中心には大きなダイニングテーブルが置かれていた。

 そしてそのテーブルの上には食べきれないほどの料理が並んでいる。

 あの白いパンに大きなお肉、彩り豊かなサラダ、透明なのに香り豊かなスープ。


「とう~ちゃ~く。リーティアちゃんは二人の横、ここに座ってね」


 エミリオ副団長は慣れた手つきでイスを引き、あたしに座る様に促してくれた。

 その席の両隣には項垂れたままピクリとも動かないクアンとクランの姿があった。

 あたしはそれを横目に見ながらイスに腰を下ろす。


「ありがとうございます、エミリオ副団長」

「いいのよ、リーティアちゃん。んじゃ、わたしはあっちの席だから」


 エミリオ副団長はそう言うと自分の席に座るため離れていった。


 正面にはアレン団長と、黒髪の子供がそわそわしながら座っている。

 あの子はアレン団長の子供だろうか……。


 その子以外にも知らない人が四人ほど座っていた。あたしと同じここの団員、先に入隊しているということは先輩になるのか。


 全員揃ったのを確認したアレン団長はグラスを手に取り、気だるそうに話し始めた。


「あ~、みんなに紹介しよう。右からクアン、リーティア、クラン。今日から私たち独立遊撃部隊、従順なる狼の一員となる。そういうことだからみんな……死なない程度に鍛えてやってくれ。では、乾杯」


 こうしてあたしの王国騎士への第一歩が始まるのであった。

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