第221話 懐かしい、師弟の時間
ラグリフォート領、ラグリフォート家の屋敷。
一度は奪われたラグリフォート領の支配権を取り返し、エウリアスは屋敷に戻ってきた。
「よくやった、エウリアス。」
「ありがとうございます、父上。」
ベッドの上のゲーアノルトに報告し、エウリアスは微笑む。
ゲーアノルトの顔色は、大分良くなった。
しっかりと休養し、手厚い看護を受けている。
食事も、体調を考慮した物を料理人が用意しているため、しっかりと食べられているようだ。
まだ一人で歩くのは大変だが、快方に向かっているのは見ているだけでも分かった。
そんなゲーアノルトに安堵しつつ、エウリアスは少し表情を曇らせる
「……残念ながら、まだ領内に残党がいるようです。この後は残党を狩りつつ、いくつかの作戦を同時に動かす必要があると考えています。」
エウリアスがそう言うと、ゲーアノルトが頷く。
「もう、私が何かを言う必要はなさそうだ。このまま領主軍はお前に任せる。」
「よろしいのですか?」
領主軍の指揮権をゲーアノルトに返すつもりだったエウリアスは、少し驚く。
そんなエウリアスに、ゲーアノルトは真剣な表情で言う。
「当たり前だろう。これほど早くにラグリフォート領を解放できるとは思っていなかったのだ。正直、私が指揮してもここまでスムーズに運べたかどうか。」
「そんなことありませんよ。すべて、みんなが必死に戦ってくれたおかげです。父上を騙して罠に嵌め、領地を占領されて…………好き勝手にされた悔しさに奮起してくれたのです。それに、父上なら俺よりももっと上手く兵を使えたはずです。」
エウリアスの言葉を、ゲーアノルトは頼もしそうに聞いていた。
苦難に立ち向かえるようにと教育を施してきたつもりだったが、これほど早くに結実するとは思っていなかったのだ。
ユスティナに師事させ、実際に山狩りなどもさせるという少々過激な教育方針だったが、間違いではなかったようだ。
その後は、領地を少しでも正常化させるための問題点などを、いくつか話し合った。
とはいえ、現在も非常事態は続いており、戦時だ。
すべてを元通りにできるわけではない。
更なる侵攻に備えつつ、領民たちの生活を取り戻す。
「封鎖していた領境は、様子を見て解放するつもりです。ただしムルタカ領、ヤノルス領への街道は、封鎖を継続するつもりです。」
「ああ、それでいい。流通もそうだが、領地の経済活動が停滞してしまっている。これを何とかしないと、ラグリフォート領の経済が破綻してしまうな。」
ゲーアノルトが、サイドテーブルの上の紙を指さす。
エウリアスはそれを取ると、ゲーアノルトに渡した。
「すでに使用人や官吏に指示して、家具製造の再開に向けて準備を始めさせている。だが……おそらくはかなりの数のキャンセルが発生するだろう。」
紙に書かれているのは、現在のラグリフォート領の状況を確認させた、その結果報告のようだ。
ゲーアノルトは休養しつつ、すでに領地の内政に取りかかっていた。
「父上、あまり無理をしては……。」
「無理などしていないさ。自分では動けないので、少し口を出しているに過ぎない。」
それでも、ゲーアノルトが指示しないと使用人や官吏たちは動けない。
以前のように細々としたことまではやらなくても、まずは方針を明確にし「やれ」と言うだけで多くの者が動くことができる。
「……内乱が起きてしまえば、みな家具など買っている場合ではなくなる。今すぐということではないが、急激に財政は悪化していくだろう。」
「それは、仕方ないかもしれませんね。」
「ああ。だから、国内需要は落ち込むが、国外の販路を拡大すれば――――。」
「あの……父上? まさかとは思いますが、動けるようになったら自分で行く気ではないでしょうね?」
エウリアスがじとっとした目で言うと、ゲーアノルトが苦笑した。
「さすがにもう、そんなことはしないさ。これまでは、私もリスクを甘く見過ぎていた。利益を上げることを一番に考え、それがどれほど危ういことかを無視してしまっていた。」
これまでは、領地の発展だけを追い求め過ぎていた。
今回、そこをつけ込まれた場合にどうなるか、身をもって知ることになった。
多くの犠牲を払った上で……。
とはいえ、ただ守っていても、やり過ごせるとは限らない。
サザーヘイズ家が王家に反旗を翻したとなれば、その影響からラグリフォート領が免れることはないだろう。
言うまでもなく、すでに巻き込まれてしまっているのだから。
「それでは、父上。仕事はほどほどにしてくださいね。」
「言われなくとも分かっている。元々、この身体では大したことはできん。」
エウリアスは椅子から立ち上がると苦笑した。
「この後は、領主軍の主だった者と会議を行う予定なのですが、その前にリュークハルドやネースバラーたちが父上の顔を見たいと言うので……。呼んでもよろしいでしょうか。」
「勿論だ。彼らにも、今回は大変な思いをさせてしまった。」
ゲーアノルトは、そう言うと表情を曇らせた。
エウリアスは振り返って、ドアに声をかける。
「お前たち、入っていいぞ。」
そう声をかけると、すぐにドアが開く。
入ってきたのは、領主軍の幹部たち。
騎士団長のリュークハルド。
そして、大隊長のルボフ、ネースバラー、ノアハだ。
「俺は先に行ってる。会議は少し休んでから開くから、お前たちは父上とゆっくり話をするといい。」
「ありがとうございます、エウリアス様。」
「坊ちゃん、すみません。」
そうして、再会を喜び合う声を聞きながら、エウリアスは部屋を出た。
エウリアスが廊下に出ると、壁に背中を預けるようにして、ユスティナが待っていた。
「師匠。父上の護衛、ありがとうございます。」
「別に大したことはしていないさ。暇潰しの、話し相手になっているだけだよ。」
何でもないことのように言うユスティナに、エウリアスは笑ってしまう。
エウリアスは、ユスティナと並んで歩いた。
ユスティナがゲーアノルトの傍にいてくれるからこそ、エウリアスは安心して外のことだけを考えていられるのだ。
サザーヘイズ陣営が再びラグリフォート領の支配を目論見、兵を出さないとも限らない。
そんな事態に備え、騎士や兵士を屋敷やレングラーの駐屯地に残してはいるが、「屋敷にはユスティナがいる」という安心感がエウリアスにとっては大きかった。
「例の……ノーラの使用人たちだが。」
「ええ。」
廊下を歩きながら、ユスティナが報告する。
「サザーヘイズと繋いでいたのは、どうやら行商人のようだ。どこまで本当かは分からないが、以前は普通に買い物をしていただけらしい。それが、ある日サザーヘイズ家との繋がりをほのめかすようになったそうだ。」
この行商人とは、ウェイド侯爵家にいた頃からの付き合いだという。
使用人が、いつものようにラグリフォート家に対する不満を口にしていると、「何かお力になれるかもしれません」と言い出した。
ただ、その後はノーラと行商人の手紙を仲介するようになっただけで、具体的なことは使用人には分からなかったらしい。
残念ながら手紙もすぐにノーラが燃やしたため、この証言を裏付ける物は何も残っていないという。
時折ノーラが「サザーヘイズ家が力になってくれる」「アロイスに家督を」といったことを漏らすようになり、水面下で何かが動いていると感じるくらいだったそうだ。
「…………本当ですか、それ?」
「さぁなぁ……。だが、
この言い方で、すでに処分が終わっていることが分かった。
その行商人と、ウェイド家にいた頃から繋がりがあったというのは少し気になったが、ゲーアノルトの言うように直接ウェイド家が関わっていた訳ではなさそうだという。
「分かりました。ウェイド家については、父上が動いているのですよね?」
「ああ。先日、何か手紙を書いていたようだな。手紙でのやり取りなので時間はかかるだろうが、ゲーアノルト様はちゃんとケリをつけるつもりのようだ。」
なら、この件はエウリアスが口を出すべきではないだろう。
エウリアスは、会議まで部屋で休んでいることにした。
ユスティナとともに、自室に向かう。
実は、エウリアスの部屋は引っ越していた。
二階の、階段を上がってすぐの部屋だ。
ここは屋敷に侵入した時に飛び込んだ、バルコニーのある部屋である。
なぜ部屋を移動したかと言うと、これにはアロイスが関係している。
ラグリフォート領の占領が完了し、屋敷を手に入れたアロイスが、エウリアスとゲーアノルトの部屋の物を捨てるように命じた。
アロイスに真っ向から逆らうわけにはいかないポーツスは、大いに悩んだ。
そこで思いついたのが、部屋の引っ越しだ。
エウリアスの部屋の物を、すべてこの階段を上がってすぐの部屋に移動した。
そして、元々この部屋にあった物を、離れの空き部屋に突っ込んだ。
実際に使用人を使い、家具を屋敷から運び出すところを見せ、エウリアスの物を捨てていると勘違いさせたのだ。
エウリアスが屋敷を取り戻した後、元に戻そうとしたが、たまたまエウリアスがその作業の打ち合わせをしているのを耳にした。
まだゲーアノルトの部屋までは引っ越していなかったため、エウリアスはそのまま引っ越した先の部屋を使うことにした。
使えるようにさえしてくれればいいと指示し、エウリアス自身は北部や南部の解放に向かったというわけだ。
新しい部屋に入ると、エウリアスはソファーに座った。
配置が以前とは違うため、まだ少し落ち着かない感じがする。
新しい家具も増えてるし。
ユスティナはエウリアスの向かいに座ると、背もたれに両腕を乗せ、足を組む。
部屋の主以上にリラックスする構えである。
「それで? ラグリフォート領は完全に取り戻したのか?」
「ええ。支配権は確立しています。あとは残党狩りくらいですかね。」
エウリアスがそう言うと、ユスティナが天井を見上げる
「あぁー……まあ、そんな連中は放っておいても帰るだろうけどな。歩いても、せいぜい
「そうなんですけど……でも、それって街道を行けばの話ですよね? 隠れながらだともっと時間がかかるだろうし、食い詰めて領民を襲われても困りますから。」
「そりゃそうだな。」
そうしてエウリアスは、現在考えていることをユスティナに相談した。
まず、領境の封鎖の解除。
流通を回復し、領内の経済活動を再開させる。
次に、ムルタカ、ヤノルスへの街道の封鎖。
これに並行し、ムルタカ領との街道には、簡易の砦の建設も考えていた。
ヤノルス領との街道は、現在瓦礫を利用し、また木を伐り出して封鎖する作業を進めてもらっている。
これらを、残党狩りを行いながら進めるのだ。
また、防衛体制も見直さなくてはならない。
街道や町の警備を、警備隊以外にも領主軍の一部にも担わせる。
そんなこんなの、頭の痛い問題が山積みだった。
そして、当然軍事面だけでは済まない。
「家具造りを再開してもらうつもりではあるんですけど、父上が言うにはキャンセルが発生するだろう、と。」
「確かになあ。小綺麗なテーブル買う金があったら、小麦一袋、剣の一本も仕入れた方がマシだろうしな。」
極端な話になってしまうが、食事をするのに別にテーブルなど必要ないのだ。
無ければ、木箱をテーブル代わりに使えばいいし、実際エウリアスも最近はそんな感じだった。
ラグリフォート産の家具を買うような人は、元々必要最低限の家具は揃っているのだ。
必要最低限というか、むしろ溢れんばかりに持っていることだろう。
「なので、職人に砦の建設を手伝ったりしてもらおうかなって。日当でお金を払えば、食べてはいけますし。」
「木の扱いには慣れているだろうからな。」
「はい。職人たちからしたら、つまらない作業かもしれませんけど。」
芸術品のような、素晴らしい家具を作り出していた職人の腕を、こんなことに使うのは忍びない。
それでも、領地を守るために協力してもらおうと考えていた。
職人たちが食べていくことさえできない、という状況を回避するためにも。
「いい考えなんじゃないか? 反乱が収まれば、また家具の需要だって増えるさ。……高級路線からは外れるかもしれないけどな。」
壊れた家具を補充しようとする需要は生まれるだろうが、それは高級路線からはズレてしまうかもしれない。
それでも家具造りを継続していれば、また以前のように高級な家具も売れるようになるだろう。
エウリアスは、そんな話をユスティナとしながら懐かしさを覚えていた。
エウリアスがユスティナから剣術を教っていた頃、戦術や戦略も教えてもらっていたのだ。
こうして向かい合い、過去の戦場の失敗を、どうすれば良かったかなどの議論をよくしたものだった。
「……どうした?」
エウリアスが昔を懐かしんでいると、ユスティナが不思議そうな顔になった。
どうやら、表情に出てしまっていたようだ。
「いえ、何でもありません。」
エウリアスは微笑みながら、少々照れくさくなって誤魔化した。
そこで、一つ思い出す。
「そう言えば、師匠に一つ相談があるんですけど……。」
エウリアスが身を乗り出し、にやりと口の端を上げる。
そんなエウリアスを見て、ユスティナが微妙な表情で片眉を上げた。
「……おいおい、悪い顔してるぞ、ユーリ? なんか、ろくでもないこと考えてんじゃないだろうな?」
「そんなことないですって。ごく普通のことです。ええ、そう、ごく当たり前のこと。」
そう言いながら、エウリアスはますます笑みを深めるのだった。
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