第131話 襲われる荷馬車




「あーくそっ。さみぃなあ。」


 夜が明ける前の薄暗い街道を、五人の男たちが馬に乗り、移動していた。

 お目当ての荷馬車が予定よりも早く移動していたらしく、男たちは夜通し移動することになった。


 すでに目標の荷馬車は追い抜き、一つ手前の町で休んでいるところだ。

 しかし、こんな時間では町には入れないし、何より町の中では襲撃ができない。

 鬱陶しい警備隊がいやがるからだ。

 そこで男たちは、先回りして襲撃に適した場所に向かっている途中だった。


 今いるのは、ラグリフォート領とかいうクソ田舎の領地に入った辺り。

 まあ、この辺りの領地はどこも田舎だが、ここは特に山ばかりでどうしようもない領地だと聞く。


 今いる場所では領境に近すぎて、男たちがには適さない。

 領境には、警備隊が比較的駆けつけやすいように配置されている。

 そのため、もう少し離れる必要があった。


 濁った目をした男、“スワンプ”が酒瓶を呷る。

 喉を焼く熱さが胸を通り、胃に落ちた。


「ぶはぁ! あー……何でこんな仕事受けたんだよ、くそ。」

「自分で受けたんじゃないっすか……。」

「あぁん!? 何か言ったかぁ?」


 スワンプに睨まれ、手下の一人が首を竦める。

 別の手下が身震いしながら、愚痴を零す。


「うぅ……凍えて死んじまいそうですぜ。」

「はっはぁ! そしたら、燃やせば暖が取れるな! 分け前も増えるし、いいことづくめだ!」


 スワンプのその言葉に、手下たちがぎょっとする。

 本当にやりかねない、と思ったからだ。

 スワンプが鼻を鳴らす。


「冗談に決まってんだろ。」

「そ、そうですよね……。あ、あは、あはは……。」

「勘弁してくださいって、ボス……。」


 手下たちは、冗談として処理をしようとした。

 深く考えてはいけない。

 それは、手下たち全員が思っていることだった。


 スワンプが振り返る。


「これが上手くいきゃあ、夢の娼館生活だ。やる気だせ、お前ら。」

「そ、そうすね……。」


 しかし、以前のようには、手下たちは気力が湧かなかった。

 スワンプは、横にいる手下に酒瓶を差し出す。


「どしたどした、元気がねえぞ? もう目の前にぶら下がってんじゃねえか。 今日でケリつけりゃ、春まで娼館パラダイスだぜ? ちちケツの楽園だ!」

「……乳と。」

「尻……。」


 スワンプの言葉に、手下たちの頬が緩む。

 酒瓶を受け取った手下が勢いよく呷り、熱い息を吐き出す。


「ぷはぁ! そ、そうだよな!」

「今ちょっと我慢すれば、春まで遊べるんか……!」


 手下たちの声に力が入り、スワンプが口の端を上げる。


「その意気だ。 ねーちゃんたちが俺たちを待ってるぜ!」

「よーし!」

「やるかぁ!」


 男たちの明るい声を、冷たい風が掻き消すのだった。







■■■■■■







 ラグリフォート伯爵領の、南端に近い山小屋。


 まだ薄暗いうちに、エウリアスたちは動き出した。

 朝食は糧食で済ませるつもりだが、温かいスープだけ作ってもらう。


 黙々と、全員でスープを啜りながら、堅パンを齧る。


「……いつも思うんだけどよぉ、何でこんなを糧食に入れてんだ?」

「腐りにくくするのに、乾燥してる方がいいんだよ。黙って食え。」


 兵士の一人が愚痴を零すと、すかさず突っ込みが入った。

 でもまあ、言いたい気持ちは分かる。

 エウリアスはゴリゴリと齧りながら、手に持った堅パンを眺めた。


「うーん……、いっそ鉄板こいつをスープにぶち込んだ方が食べやすいか?」


 パン粥のようにするのも手だろうか?

 だが、横に座ったタイストがすかさず止める。


「やめてください、坊ちゃん。スープが不味くなります。食べやすさよりも、味を優先してください。」

「そんなに不味いの?」


 エウリアスがそう聞くと、騎士も兵士も揃って頷いた。

 どうやら、考えることはみんな一緒のようだ。

 みんな試し、夢破れたのだろう。


「いくらでも塩や香辛料が使えるなら別ですがね。ただでさえ薄いスープが、さらにぼやけた味になるんです。」

「しかも、嵩だけは増える。」

「あぁー……。」


 それは最悪だ。

 だったら堅いのを我慢し、スープで口直しした方が確かにマシだろう。

 そんな話をしながら朝食を終え、出発の準備をした。







 荷物を馬に括りつけ、エウリアスが号令をかける。


「じゃあ、出発するぞ。」

「「「はっ!」」」


 騎士も兵士も、全員が一斉に騎乗する。

 普段は徒歩の兵士たちだが、今回の遠征では馬だ。

 エウリアスが速さを優先したため、そういう形にした。


 グランザたち兵士を五人ずつの二班に分け、先頭と最後尾に配置。

 先頭の兵士の後ろにエウリアスがつき、その後ろに騎士の四名がつくという隊列だ。


 長距離の移動なので、走らせる、という感じではない。

 トコトコ歩き、時々速足にする。

 そんなことを繰り返すと、人が歩く何倍もの速さで移動することができる。

 さすがに馬も疲れるので休憩を挟みながらの移動になるが、まだ朝と言えるような時間のうちに、麓にまで下りることができた。


 そこから丘を一つ越え、二つ越え、西にある街道を目指す。

 ラグリフォート伯爵領の南から、北に向かう街道だ。

 この街道は南にある別の領地から、ラグリフォート領の領都であるレングラーの町に繋がっている。


 帰りはこの街道を使おうか、もっと西に行ってから別の街道を使おうか。

 まだはっきりとは決めていなかった。

 街道に何時に着くかで、もっと大回りに行くかを決めようと思っていたからだ。


 エウリアスは馬の背に跨り、辺りの景色を楽しんでいた。

 この辺りは、緩やかな丘陵がしばらく続く。

 山と山の合間を縫うように、野原が広がっていた。


「天気が崩れずに良かったですね。」

「ほんとだよ。この時期の雨は嫌だからなあ。」


 後ろから声をかけるタイストに、エウリアスはのんびりと答えた。

 雨に濡れるのはいつでも嫌なものだが、冬の雨は生命いのちに関わる。

 体温を奪われ、凍えてしまうからだ。

 そうなることが分かっているため、どこかで雨風を避け、暖を取る必要が出てくる。


 そうして丘に上がり、目標にしていた街道が見えた。

 エウリアスは、そろそろ休憩をしようかと考える。

 馬に乗っているだけでもそれなりに疲れるが、何より馬を休ませてやりたい。

 あの街道に合流したあたりで、どこかに川でもないだろうか。


「グ――――。」


 前を進むグランザに声をかけようとしたところで、視界の端に気になる物が見えた。

 エウリアスは今は、丘の上から見下ろしている。


 斜め前方の、街道の傍にある枯草の茂み。

 そこに、人影が見えた気がしたのだ。

 距離があり、また茂みが邪魔しているため、よく見えない。

 しかし、目を凝らしてみていると、何人かいるように見える。


 そして、街道を通る一台の荷馬車が見えた。

 こちらに向かって来る荷馬車との間に、人影の潜む茂みがある。


 ゾクリ……!


 それは、嫌な予感と言われるものだろう。

 街道を歩き、ただ休むだけなら、あんな茂みに隠れる必要はない。


「ハッ!」


 エウリアスは馬の腹を蹴り、斜め前方に向かった走らせた。


「あ、エウリアス様っ!?」

「坊ちゃんっ!?」


 急に馬を走らせたエウリアスに、騎士や兵士たちが慌てる。

 しかし、すぐに追いかけ始めた。


「ユーリ坊ちゃん! どこに!?」

「あれだ!」


 エウリアスは馬を走らせながら、前方を指さす。


 まだ、あの茂みにいるのが賊だとは限らない。

 エウリアスの勘違いであれば、それが一番いいだろう。


『紛らわしいことするなよ。』

『勘違いしちゃったじゃないか。』


 そんな笑い話で済めば、それが一番いいのだ。


 しかし、そんな淡い期待はすぐに打ち砕かれた。

 馬車が茂みに差し掛かると、一斉に男たちが飛び出した。

 賊の数は、――――四人。


「うおおおぅっ! ぶっ殺せえ!」

「何だ、こいつらはっ!」


 荷馬車の護衛と賊が接触する。

 不意を突かれた護衛たちが、二人斬られるのが見えた。

 馬車を引く馬も、賊に斬られる。


(くっ……! 嫌な予感が当たっちまった!)


 エウリアスは必死に馬を走らせ、襲われる荷馬車に急いで向かうのだった。




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