第106話 トレーメルの邪推?
トレーメルが、突然ホーズワース公爵家の屋敷にやって来た。
当たり前の話ではあるが、こうした時は普通、まずはお伺いを立てる。
手紙を出したり、遣いの者に聞きに行かせたりだ。
そうした手順を無視しての訪問に、エウリアスは嫌な予感を覚えた。
「よ。意外に元気そうではないか。」
エウリアスたちが応接室に着くと、丁度
エウリアスたちの到着に気づいたトレーメルが、気軽な感じで片手を上げる。
「メル様! 急にどうされたのですか?」
「いや、二人が元気にしているか、顔を見に来たのだ。」
それを聞き、エウリアスは大きく溜息をついてしまった。
「メルゥ~~~……。話は聞いているんだろう? 二人とも怪我一つしてないよぉ。」
「それはそうだが、顔を見ないと安心できないだろう?」
「そうかもしれませんが、さすがに急のお越しは心臓に悪いです。」
非難がましいエウリアスとルクセンティアの視線を受けても、トレーメルは朗らかに笑った。
「はっはっはっ。まあ、そう言うな。今日も午後から聴取があるのだろう? 悠長に遣いをやって返事を待っていたら、ロクに話をする時間も無くなってしまうではないか。やむを得ず、直接来させてもらったというわけだ。」
うむうむ、とトレーメルが一人で納得する。
エウリアスはルクセンティアと顔を見合わせ、とりあえず向かいのソファーに座った。
そうして二人が座ると、トレーメルが少し表情を引き締める。
「二人とも災難だったな。何はともあれ、無事で良かった。」
「うん。ありがとう。」
「ご心配をおかけしました、メル様。」
トレーメルは、きっと襲撃の話を聞き、早く自分の目で無事を確かめたかったのだろう。
本当なら当日や昨日にでも来たかったが、ずっと聴取や何やでエウリアスたちは時間がなかった。
だが、今日は午前中の聴取がないと知り、急ぎやって来たのではないだろうか。
トレーメルはお茶を一口飲むと、エウリアスに視線を向けた。
「犯人についての話を聞いているか?」
「ううん。聞いてない。まだ調べてる最中だって。」
「ティアは?」
「私も聞いていません。」
トレーメルが、一つ頷く。
「僕もあまり詳しいことは聞いていないが、まあ二人はクラスメイトで友人だからな。気になるから教えてくれと父に頼み込んで、少しだが聞いてきたぞ。」
「…………それ、教えちゃっていいの?」
トレーメルの父とは、言うまでもなく国王陛下だ。
まあ、陛下が直接教えたというより、陛下が許可して官吏に少し情報を解禁させたのだろう。
「犯人である学院生は、全員平民で男。寮住みだ。学年はバラバラで、五年生と二年生が二人ずつ。あとは三年と四年に一人ずつ。一年にはいなかったそうだ。」
「そうなんだ……。」
「全員が、どうも最近体調を崩していたらしい。」
「体調、ですか……?」
ルクセンティアの確認に、トレーメルが頷く。
「寝込んでいたというわけではないようだが、ボー……としたり、少し苦しそうにしたり、まあその程度のことらしい。学院を休んだりはしていなかったが、クラスメイトや寮のルームメイトが『調子が悪そうだった』と証言している。」
「……………………。」
だから何、という感じの情報ではあるが、全員に当て嵌まるというのは少々気になる。
「普段の様子から、特に貴族に不満があった、という様子はなさそうだ。少なくとも、そうしたことを口にしているところを見たり聞いたりした者は、今のところ見つかっていない。まあ、口に出さずとも、不満を抱えていたとしても不思議はないが……。どうも、そうした直接的な理由ではなさそうだ。」
そう、トレーメルがあの男の子たちのことを教えてくれる。
つまり、さっぱり動機が分からない。
「ユーリは、あの学院生が操られていたのではないか、と考えていると聞いたが?」
「うん。とにかく普通じゃない。斬られても、痛がりさえしないんだよ? それに、首を刎ねられてもまだ襲い掛かってたんだ。……あれは、魔物の類に近いと思う。」
エウリアスがそう言うと、ルクセンティアも頷く。
それを見て、トレーメルが顔をしかめた。
「黒い百足だったか? 前に襲撃してきた魔物は。あれも、
「そう……。あの男の子たちは、元々学院に通っていたんだよね? それを、魔物みたいな
「確かに、にわかには信じ難いことではあるな。ただ、今回は目撃者が多い。人数というだけじゃなく、これまでの襲撃事件にまったく関係のなかった、ヒンケル侯爵家の者も含まれている。そういう意味で、客観性が増したと言える。」
エウリアスが言っているだけでは、ただの思い込みの可能性もある。
少なくとも、周りにはそう見える。
しかし、ヒンケル侯爵家の嫡男ロルフもその場にいて、襲われた。
ロルフも、ロルフの護衛騎士も、首を刎ねても襲い掛かって来る男の子たちを見ているのだ。
トレーメルが、お茶を一口飲むと、足を組んだ。
「以前からホーズワース公爵は、魔法や何かで魔物を作り出したり、操ったりする記録が残っていないか調べていたらしいな。」
「
「そのようだな。ただ、そうした特殊な
「さんだーぼると?」
何それ?
超格好いい!
魔法使いって、そんなことができるの!?
エウリアスは目を輝かせて、魔法の詳細を聞こうとするが、トレーメルが先にルクセンティアに別の話題を振った。
「ところでだな…………いつから二人はそういうことになったのだ?」
「そういうこと、ですか?」
トレーメルの言っていることが分からず、ルクセンティアが首を傾げる。
「すでに公爵の公認というわけか? ユーリまで
「なっ……!?」
トレーメルの突然の爆弾発言に、ルクセンティアが顔を一瞬で赤くする。
「い、いきなり何を言い出すのですか、メル様っ!?」
「しかし、いくら同じ被害者とは言え、普通の対応ではないだろう? 娘と同じ年のユーリを屋敷に泊め続けるなど。」
「そ、それはっ、お父様とラグリフォート伯爵が……!」
「おお、やはり伯爵も承知の話か! これは参ったな、全然気づかなかった! 是非、式には呼んでくれよ! はっはっはっ!」
「そうではなくてですねっ!」
朗らかに笑うトレーメルに、顔を赤くして訂正しようとするルクセンティア。
エウリアスは「まあまあ……」とルクセンティアを宥めた。
「さすがに話が飛躍しすぎだよ、メル。」
「しかし、そうでも考えないと、ユーリへの対応は説明がつかんだろう。」
「ちゃんと理由があるんだよ。ね、ティア。」
「え、ええ……その通りです。」
ルクセンティアは大きく息をつくと、お茶を一口飲んだ。
必死に落ち着こうとしているのが、横で見ていても分かった。
「最近、俺とティアは何かと危険な目に遭ってるだろう? 誰が、何のためにそんなことをしているのか。まったく掴めない。」
「ああ……確かにな。」
「だから、父上が何かあったら俺のことを『よろしく』って頼んでいたみたい。個別で対応するより、協力しようって。」
エウリアスは、具体的な協定については触れず、脅威に対して協力し合うことにしたようだと話した。
「それは分からなくもないな……。今のところ、まるっきり相手の正体が掴めないわけだし。」
「でしょ?」
エウリアスはにっこりと微笑み、ルクセンティアを見る。
「
「はい、その通りです。」
エウリアスが説明すると、ルクセンティアがしっかりと頷いた。
エウリアスも頷き返し、トレーメルへの説明を続ける。
「第一さ、公爵家と伯爵家だよ? それも、名門も名門、ホーズワース公爵家。いくら何でも身分が違い過ぎるよ。
公爵家の娘が伯爵家に嫁ぐなど、格落ちもいいところだ。
余程の
もしそんなことになれば、周囲にも邪推されることだろう。
そこまで格を落とさなくてはならない理由が、何かあるのではないか、と。
エウリアスがそう言うと、トレーメルが頷く。
「確かにな。これはとんだ邪推だったか。家格の釣り合いを無視するなど、やはりお話の中だけか。」
「当たり前だよ。公爵ほどの方が、そんな馬鹿なことを受け入れるわけないじゃない。ねえ?」
「そ、その通りです……。」
エウリアスがルクセンティアに同意を求めると、ルクセンティアも頷く。
「メル。あんまり他で、そんなこと言わないでよ? ただでさえ迷惑をかけてるのに、こんなことにまで公爵を煩わせたら、申し訳ないよ。ティアにも失礼だよ?」
「そうだな。これは僕が少し軽率だった。すまなかったな。」
「いいんだよ、メル。分かってくれれば。ね?」
エウリアスは、「誤解が解けて良かったね」とルクセンティアに微笑みかけた。
ルクセンティアは少しだけ俯き、表情がよく見えない。
「え、ええ……そうですね。」
ギュッ!
「
エウリアスに同意しながら、なぜかルクセンティアはエウリアスの腿をつねった。
ルクセンティアは顔を上げると、トレーメルににっこりと微笑みかける。
「あまり、あちこちで変なことを言わないでくださいね、メル様。」
「あ、ああ……。すまなかったな、ティア。」
「いえ、ここだけに留めていただけるのでしたら、それで。」
そう、ルクセンティアは一層に笑みを強めた。
トレーメルは複雑な表情で、腿を摩るエウリアスを見る。
二人の顔には、「?」がいくつも浮かんでいた。
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