絶対零度の隣の席のお姫様、実は業界随一のVTuber。

minachi.湊近

第1話

「これで今日の仕事は終わりだ。お疲れ様でした」


「どうも」


 目の前の美少女が扉から出ていく。


「ふぅ、今日も終わりましたね」


「お疲れさまー、湊くん。今日も大変だったねー」


「まあまあですね。いつも通りなんでもう慣れてますけどね」


 俺の名前は楠本湊。

 現役高校三年生で、あるブイチューバ―のマネージャーをしている。


 あるブイチューバ―とは先ほど扉から出て行った女の子、椎名楓である。椎名楓というのは彼女の本名であり、ブイチューバ―としての名前は水野冬華という。


「楓ちゃんはどうもねー。あのキャラがうけてるから事務所としては大助かりなんだけど、マネージャーの湊くんは大変だよねー」


 俺が担当している椎名という女は性格が少し気難しいタイプで、一言で言えば冷たいだろうか。

 何事に対しても強く興味を示さず作業的に行う。その冷たいキャラがブイチューバ―業界でおおうけし今では業界のトップに君臨している。


「仕方ないですよ。彼女が何故か俺を指名しているので」


「まあねー。これからもお願いだよー」


「任せてください。明日からもよろしくお願いします」


 そう言って俺は事務所から出た。







 事務所から帰ってきた俺はいつもの流れで配信アプリを開く。家に帰っても誰もいないためさみしさを紛らわすためにも配信アプリは必要不可欠なのだ。


 一応テレビをあるといえばあるのだがただでさえ今のテレビは面白い番組が少ない。

 俺が見る番組と言えば月曜日と水曜日の夜にある番組だけである。


 それ以外は基本テレビは配信アプリの画面をミラーリングするのに使っている。部屋があまり大きくないこともあってテレビに繋げると凄く見やすいし音も聞こえる。


「お、配信してるな」


 どうやら椎名さんは家に帰った後、配信を始めたようだ。


 彼女のVの姿を簡単に説明するとメイドである。コンセプトはヤンデレメイドで、椎名さんは普段はただの冷たい女の子なのだが配信になるとヤンデレになる。


 たまに俺も彼女の配信を見ることがあるのだが毎回素晴らしい演技だなと感心させられる。

 普段の彼女の雰囲気からは全く感じられないヤンデレというキャラ。


 だが配信の彼女を見れば本当にヤンデレなのではないかと錯覚してしまいそうになる。本当ではないんだろうけど。


「たまには見てみるのもいいかな」


 自分がマネージャーをしているブイチューバ―を見ようとする人なんてあんまりいない気もするけど、ギャップってやつだな。

 俺がこうして今も彼女のマネージャー業を続けれている理由はこれにあるわけだし。


 彼女のライブ配信の枠をぽちりと押して配信画面がテレビにミラーリングされる。


「どうやら今日はゲームをやってるみたいだな」


 ブイチューバ―の配信内容を主に分類すると二つに分けられる。一つは今椎名さんがやっているようにゲーム実況配信。もう一つは雑談配信。


 ゲーム実況はそのままの内容でしかないゲーム実況を行うが、雑談配信にはまたいくつかの枠に分けることが出来る。


 …とはいっても俺はゲーム実況しか見ないからあんまり他のブイチューバ―さんがどのような配信をしているのか知らないわけで…ならば椎名さんは雑談配信をしていないのかといえばもちろん行っている。


 コラボの時とかは俺にも連絡が来るし色々と確認事項がある。


 確かこの前はコラボ歌配信とかしてたかな。


 まあ事務的な話は誰も興味がないだろう。俺自体仕事の時以外は何も考えないようにしているしこの話はもうやめておこう。


 どうやら今日やっているゲームは最近流行ってきているヤンデレゲーらしい。ヤンデレの女主人公を操作して意中の相手を堕とす内容だとか。

 

 ヤンデレがコンセプトということだけあって監禁エンドどか、殺戮エンドとかもあるんだとか。

 ヤンデレの中でもこのゲームは結構ダークな方かな。


 しばらくして椎名さんがゲームをクリアし終わるとコメント欄を読み始める。


『冬華ちゃんのヤンデレマジ栄養』


『これで明日も生きられる』


 うん、実に女性ブイチューバ―らしいコメント欄の内容だ。実際ブイチューバ―を見ている年齢層ってどの年代が多いんだろう。

 やっぱり俺くらいか、ちょっと上くらいか。


 椎名さんがコメント欄を華麗に捌きながら配信を見続けているとあるコメントに彼女が反応する。


『主人公ちゃん可愛すぎたよね』


「は?」


 一瞬にして画面の中の水野冬華の瞳からハイライトが消え失せた。


『あ』


『あ、踏んだな』


『きちゃ』


『待ってた』


「もしかして私以外で興奮したの?あり得ないんだけど、殺すよ?」


 すげぇな。視聴者が他の女のことを言及し始めたらヤンデレ化する。今まで何度も見てきた展開だけど、やっぱりいつ見ても感心させられるな。


『ご、ごめん。嘘だよ、冬華ちゃんが一番』


「じゃあいいけど」


 といって冬華の瞳にハイライトが戻る。


『〇〇裏山すぎだろ』


『それな』


『俺もヤンデレされたい』


「ちょっと〇〇のせいで気分悪いからもうやめる」


『え…』


『冬華ちゃんっ!』


「やめるけど他の女のとこに行ったら分かるから。私のことだけ愛してよね。それじゃ」


 配信が終わった。

 俺はすぐさまスマホを取り出して椎名さんにメールを送る。


 内容はお疲れ様でした、というものだけだから特別返事なんて求めていない。ただマネージャーとしての責務的なもの。それとも自己満か。


 その後、すぐに既読が付いたのが案の定返事が来ることはなかった。

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