#50 やり方



 負傷者を乗せた馬車を村の男達に押させ、近衛兵が周囲を警戒する形でラインハルトと村民は村の中心にある集会所を目指して進んだ。

 念の為、ラインハルトと近衛兵たちは布で目から下を隠している。刺客に将軍を判別させないアルスランのアイディアだが、強盗みたいでラインハルトの好みではなかった。リーシャに見られたら「どこを襲いに行くんですか?」と言われてしまう。


「か……副長、リーシャとシドさんの母君は連れてこなくていいんですか?」


 閣下、と言いかけたセディクが言い直し、心配そうにタマルの家のほうがある方角を振り返った。彼はまだ二人がタマルの家にいると思っているのだ。


「二人は問題ない」


 ぴしゃりと言って、ラインハルトは会話を終わらせた。どこに耳があるかわからない以上、詳しいことは言いたくなかった。


「しかし……二人も避難させないと危険です」


 ラインハルトが不機嫌になるのを危惧しながらも、セディクは食い下がった。リーシャは婚約者の妹で、いずれ義妹になるので気になるのだろう。彼女に何かあったら「その場にいたのにどうして守ってくれなかった」と破談になりかねない。

 大きなため息をついてラインハルトはセディクを見た。


「お前、出世したかったらその善性は欠点だって自覚しろよ」

「え?」


 自分で気づかなければ意味がないので、それ以上ラインハルトは教えなかった。

 そもそも村民を集めて集会所に向かっているのは、村人を守るためではないのだ。


「――止まれ」


 一番前で前方を警戒していたアルスランが何かを見つけて手を上げた。

 彼は銃を構えて前方に「出てこい!!」と声を張り上げた。


「閣下、誤解です! 説明させてください!!」


 両手を挙げたカディル・ケセリが木に隠れながら叫んだ。


(俺がいるか確認しようとしてやがるな……)


 ラインハルトは手振りで、周辺の警戒をするよう近衛たちに伝えた。ラインハルトが答えたら、それを目印に刺客が襲いかかる算段だろう。


「ふざけんなよ!! てめぇのせいで何人も死にかけてるんだぞ!?」


 激昂してアルスランは怒鳴り返した。今すぐカディルを撃ちそうな怒りぶりだ。


「構わん、撃て」


 ラインハルトは隣のセディクにささやいた。

 命令通り、セディクは銃口をカディルに向けて引き金を引いた。

 銃弾がカディルの肩をかすめ、悲鳴をあげて彼はうずくまった。


「許してください、閣下! 本当に僕は何も知らないんです! 重症者は治療するよう彼らと交渉しますから!!」


 謝ってるのに許してあげないの? そんな声が後ろから聞こえた。素朴な疑問を口にした子供は母親に拳骨を落とされ、ついラインハルトは笑ってしまった。


(残念ながらあいつが助かる未来はないよ)


 肉を削いで拷問してでも、いろいろ聞き出さねばならない。知り合いだから心を痛める心理はラインハルトにはなかった。

 横目で見てくる兵たちに、ラインハルトは手振りで「撃て撃て」と指示した。近衛隊が一斉に発砲し、泣き叫んでカディルは木のうしろに伏せている。


(最新式でもやっぱ当たらないな……)


 木の太さはカディルの体全体を隠せるほどではないので、あちこちかすっているようだが致命傷には程遠い。

 これまで戦場で主流だったマスケット銃は命中精度が低いため、隊列を組んで面で攻撃するのが常だった。ゲルマニアで開発された「撃針銃」と呼ばれる新型はそれよりはるかに精度が高く、射程距離も長いという触れ込みだったが、実際使うと期待通りの成果とは言いがたかった。


(だから銃は信用ならないんだよ……)


 腰のサーベルを確かめてラインハルトは改めて剣への信頼を強めた。当たるかどうかわからないものに命を預ける気にはならない。


「え?」

「だれ!?」

「きゃあ!」


 老人と女子供を集めた後方から悲鳴が上がった。刺客らしき男が村民を乱暴にかき分けながらラインハルトを目指して走ってくる。

 村人が密集している中に紛れられたら兵は撃てない。

 カディルを囮にラインハルトを釣り出し、兵の多くが発砲して次弾装填に手間取る瞬間を狙ったのだろう。


「全員伏せろ!!」


 顔を隠す布を取り払ってラインハルトは叫んだ。剣を抜き、刺客を返り討ちにするべく自身も村民の集団の中に飛び込む。

 刺客は動揺した。

 ラインハルトが同じように村民の被害を度外視して突っ込んでくるとは思っていなかったのだろう。サーベル相手に短剣では不利だと吹き矢を取り出そうとしたところへ、ラインハルトは首を狙って飛びかかった。

 何人かの村民が下敷きになったが、幸い首を貫通したサーベルが他の人間を傷つけることはなかった。剣を抜いたはずみで血しぶきが飛び散り、周囲にかかって悲鳴が上がったくらいだ。

 視界の端で男が動いたのが見え、ラインハルトは反射的に刺客の死体を盾にした。毒の塗られた吹き矢が死体に刺さり、ラインハルトはそのまま死体を持って吹き矢を吹いた男のところまで走ると、二人目の刺客も刺し殺した。


「ふう」


 重い盾を投げ落とすと、三人目が現れた。吹き矢を構えている。

 とっさに剣を投げようとすると、それより早く銃声が何発も響いた。一発が三人目の胸に当たり、三人目は吹き矢を吹く前に倒れた。


「副長! 本当にいい加減にしてください!!」


 発砲したセディクは真っ赤になって怒鳴って、他の近衛兵と一緒にラインハルトを囲んだ。彼らはラインハルトが勝手な真似をしないよう、背中で塞いで周囲を警戒する。


「あなたが真っ先に飛び出してどうするんですか!!」

「ははは」


 ラインハルトが笑い飛ばすとアルスランまで「『ははは』じゃないでしょ」と低い声で責めた。


「下手したら2、3人死んでましたよ」


 村民の中に飛び込んで毒の塗られた武器を持った暗殺者をやりあったのだ。ラインハルトのサーベルが村民に当たってもおかしくなかったし、暗殺者の武器がかする可能性もあった。


(そうだろうな)


 心の中で同意しながら、ラインハルトはサーベルについた血を死体の衣服でぬぐった。人間の血と脂で汚れた剣をそのままにしておくと切れ味が落ちる。

 しばらく周囲を警戒し、刺客の襲撃がないことを確認すると、セディクはラインハルトを馬車に乗せた。


「しばらく中で大人しくしててください。……他の人に犠牲を出さないためにも」


 声をひそめてセディクはラインハルトに耳打ちした。ラインハルトの行いに納得がいかず、怒っているようだ。

 ラインハルトが村民を集めたのは守るためではないと、ようやくセディクも気づいたらしい。だがそれでは不十分だ。

 セディクの服を掴んで引き寄せると、ラインハルトは彼の耳元にささやいた。


「無辜の民に犠牲を出したくないという考えは立派だが、今は捨てろ。盾にしてもいいから、お前らの命を優先するんだ。村民がいくら死のうと影響はないが、お前たちが削りきられたら俺は死ぬ。俺が死んだら、お前たちも破滅するんだ」


 皇子を守れなかった近衛に未来などない。ラインハルトが死んだら次の将軍が誰になるかはわからないが、誰がその座に就こうと今の側近は追放か粛清されるのだ。

 セディクは青い顔でラインハルトを見返した。


「村民の中にシドさんの母君がいても……同じことを言えますか?」

「まさか。だから彼女は姫と一緒に、安全な場所に逃がした」


 命は平等ではないのだ。ラインハルトにとっての順番はリーシャやタマル、次いで自分、兵たち、帝国市民だ。犠牲が必要なら優先順位の低い者から失われるように努力する。


「犠牲を出すことを何とも思ってないわけじゃないさ。弔いはしっかりしてやるし、遺族には誠意を尽くす。それが俺のやり方だ」


 セディクは黙り、一度だけ何か言おうと口を開いたが、すべて飲み込み、ただ頷いた。

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