#30 英雄譚



 騎士タッザハルトと、賢竜エシャリアーデの問答は続いた。


「力を貸してくれるまで俺はここを動かん!」

「さっさと帰れ!」

「帰る場所なぞない! 故郷は邪竜に滅ぼされた!」

「ぐ、う……ならば新天地でも探すことだな!」

「邪竜に苦しむ民が全員住める新天地などないわ! アホ竜め! なにが賢竜だ!」

「それが助力を乞う者の言い様か!?」

「お前が偏屈だからだ! 偏屈竜め!」

「新しいあだ名を付けるな!」


 目を閉じて台詞せりふだけを聞きながら、リーシャはもやもやしていた。

 竜に対する敬意がまったくない。賢竜も聡明さが感じられなかった。

 ラインハルトは目を閉じているリーシャのために、実況を続けた。


「竜はカチカチやりすぎて、カカカカみたいになってる」

(竜はカカカカなんてしません……)


 ラインハルトは適当に実況するのを楽しみ始めた。


「騎士は……あいつ、たぶん前職は押し売りの営業だな」


 押し売りの騎士。予想外に語感がよくて、リーシャは思わず笑ってしまった。

 ラインハルトはリーシャの反応に気を良くして続けた。


「あの発声と自信満々な態度は詐欺師にも向いてる。竜と面会したことで箔をつけて、竜に与えられたとウソをついて適当な剣でも売り始めるんじゃないか?」


 これが賢竜がくれた剣だよ。本物だ! こいつがあれば邪竜だってイチコロ間違いなしさ。さあ、我こそは英雄になりたい奴はいないのか!

 タッザハルト役の役者が演技過剰でうさんくさいのも相まって、詐欺の場面が容易に浮かんでしまった。

 耐えきれずにリーシャはラインハルトにささやいた。


「やめてください。全然違う話に見えてきました」

「やめない。姫に笑ってほしいから」


 楽しそうに笑って、ラインハルトはリーシャにささやき返した。

 竜はしつこい騎士を諦めさせるべく、無理難題を出した。アララト火山の火口に咲く、白い花を見つけて来いと命じたのだ。


「火口に花なんて咲くのか?」

「普通は咲きませんね」

「存在しないものを持って来いと言ったわけか。……これって強引な求婚を断る手口じゃなかったか? カカカカが深窓の姫に見えてきた」

「竜をカカカカと呼ばないでください」

「詐欺師の腕の見せどころだな。偽物を作って口先三寸で信じ込ませるんだろ」


 ラインハルトの案は手っ取り早そうではあったが、タッザハルトは詐欺師ではなく騎士なので正攻法で難問に挑んだ。

 劇は第二幕になり、彼はアララト火山の火口に咲く白い花を見つけるため、協力してくれる仲間探しを始めたのだ。

 

「絶対偽物を作るほうが効率いいだろ」

「ライネさん……それは詐欺師の思考ですよ」

「とんち勝負だろう? 偽物だと竜が証明できなければ詐欺師の勝ちだ」

「私が竜なら燃やしますね。火口に咲く花なら熱に強いはずなので。燃えたら偽物です」

「燃えない花か。難儀だな。彫刻師に石を削らせるか」

「なら砕きます。白い塗料で着色しても、砕いたら石の層が見えますから」

「最初から白い石で作ったら?」

「それなら……ええと」


 リーシャが考え込んでいると、ラインハルトは押し殺した笑い声を上げた。リーシャはジト目で彼を見た。


「……偽物で切り抜けられそうだと思ってます?」

「いいや。偽物でも改良を重ねたら、姫は最終的に折れてくれそうだなと思って」

「改良を重ねる情熱があるなら、最初から本物を探したほうが早いですよ」

「姫は押しに弱いからいけるいける」

「私じゃなくて竜を納得させないといけないんですよ」

「そうだった。カカカカのために頑張る情熱はないな」

「竜をカカカカと呼ばないでください!」


 そんなことを言い合っているうちに、劇ではタッザハルトが老いた魔法使いと神殿の巫女、そしてアララト火山までの道案内として地元の奴隷少年を仲間にしていた。


「なんだ、結局魔法で解決するのか。つまらないな」


 偽物作戦を気に入っていたラインハルトが不満そうに言った。


「まあ劇ですし。偽物の花を試行錯誤で作る展開は地味なのでは」


 魔法を派手に演出したほうが劇的には盛り上がるだろう。

 しかし魔法使いはアララト火山を前に、魔法で助力することはなく、騎士たちの荷物を奪って夜のうちに逃走した。


「……!?」

「……!?」


 魔法使いは偽者で、詐欺師だったのだ。


「ライネさんの好きな詐欺師ですよ……」

「いや、別に詐欺師が好きなわけじゃなかったんだが……」


 途方にくれる騎士一行。しかもヒロインと思われた神殿の巫女は、英雄ではなく奴隷少年と恋に落ちた。


「……!?」

「この劇、どこに向かうつもりなんだ……」


 何もかも失った騎士は捨て鉢になって、体が燃えるのも構わずアララト火山を登った。

 観客たちの思いは一つだった。


(気持ちはわかるけどそこまでしなくても……!!)


 しかし英雄譚は悲劇では終わらなかった。アララト火山の火口に咲く白い花は、命を賭けたものに祝福をもたらしたのだ。

 花の雫は騎士の火傷を癒やし、彼に炎に傷つかない体を与えた。


「へぇ、熱い展開だな」


 身を乗り出してラインハルトは劇に熱中し始めた。

 騎士がアララト火山の火口に咲く花を持ち帰ると、賢竜エシャリアーデは彼に敬意を払った。


「約束通り、お前の力になろう」


 エシャリアーデはずっと自分の卵を守っていた。ひび割れ、石と化してしまった竜の卵。

 アララト火山の火口に咲く白い花は、石化してしまった卵を蘇らせた。エシャリアーデはそのために白い花を必要としていたのだ。


「次代がつながるならば、恐れるものは何もない。正しさのために命をかけよう」


 賢竜は誇り高く立ち上がった。


「それでこそ竜です……!」

「姫、気持ちはわかるけど落ち着いて」


 身を乗り出したリーシャを引き戻して、ラインハルトは苦笑している。


「だってこんなに熱い展開あります!? 賢竜が協力を渋っていたのは保身じゃなく、卵を守りたかったからですよ……!」

「うんうん」


 劇は三幕になり、賢竜と邪竜は正面から戦った。

 人の姿になった竜が剣を持って戦うアクションシーンは劇の見せ場であり、迫力に客たちは熱狂し、歓声が飛んだ。

 戦いの末、賢竜エシャリアーデはタッザハルトをかばって力尽きた。

 暗転のあと、舞台の上には竜の無惨な死体が晒された。


「カチカチくねくねが……」


 衝撃の結果にラインハルトを含めた観客たちは呆然としていた。邪竜を倒してハッピーエンドになるものと思っていたのだ。

 庇われた騎士は賢竜を友と呼び、遺骸に泣いてすがった。

 それを見ていると、リーシャの目からもボロボロと涙が出てきた。


「姫……これはお話だよ」


 ラインハルトはリーシャの頭を抱き寄せて言い聞かせた。


(でも竜がみんな死んでしまったのは本当にあったことなんですよ……)


 泣いて竜にすがった騎士は、あるものに気付いて立ち上がった。その手には光り輝く剣があった。

 竜が遺した竜遺物。竜は竜にしか殺せない。竜遺物は、竜を殺せるたった一つの武器だ。

 かつて友だった剣を手に、騎士タッザハルトは単身で邪竜に挑んだ。邪竜の吐く炎の息も、アララト火山を登り、白い花の雫を浴びたタッザハルトには効かなかった。

 そしてタッザハルトはとうとう邪竜を討ち滅ぼした。

 悪の化身としてしか描かれず、無惨に殺された竜がリーシャには哀れに思えた。邪竜を倒した喜びに湧く英雄と人々を見ていると辛い。

 竜が狂ったのも人間のせいなのに、人々はそれを忘れて、殺したらすべてが良くなったと言わんばかりだ。


「劇はハッピーエンドなのにそんなに泣かないで、姫」

「ハッピーエンドじゃないです。竜が二体も死んでしまったのに……っ」


 しゃくりあげながらリーシャは言った。

 幸福なのは人間だけで、竜から見たら希少な同胞が人間のために二体も死んだのだ。

 きっとこんな結末を繰り返して竜は滅んだに違いなかった。


「でもまだ卵が残ってる」


 リーシャをなだめてラインハルトは言った。


「竜は『力』と『正当性』の象徴だ。だから邪竜を倒したあとにも必要だったんだろう」


 ラインハルトに促されてリーシャは舞台を見た。

 新たな王として戴冠式に臨むタッザハルトの元に、小さな竜が祝いにやってきた。その姿は賢竜とまったく同じだった。賢竜が守っていた卵が孵ったのだ。


「小さなカチカチくねくねだな」


 竜を変なかぶりものにするなんて、と最初は腹が立ったのに、今はもう一度出てきてくれてリーシャには嬉しかった。

 耐えきれずにリーシャは大泣きした。


「姫の竜好きにも困ったな」


 苦笑してラインハルトはリーシャの頭を撫でる。

 リーシャがこんな風に大泣きしたことは、ここ100年くらいなかった。呪いを解くためにいくつもの人生を使って竜を探し、もう竜はどこにもいないと認めたとき以来だ。

 竜が滅びたことも、呪いが解けないことにも、もう十分絶望して泣いたから、ここ数回の人生は何があっても泣いたりしなかった。

 諦めきって涙も枯れたと思ったのに、劇程度で大泣きしてしまったことにリーシャ自身驚いたし、ラインハルトが根気強くなだめてくれたことにもびっくりした。

 何より意外だったのは、頭を撫でてくれる彼の手に安心していることだった。

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