液晶の骨を砕いて粉にして毒にもならず薬でもなく

 我が最愛のSDGs


 私は指にはめたダイヤモンドに目を落とした。ややグレー色を伴った渋い青色で、シンプルな縦爪のリングに仕立てたそれは、十年前に亡くなった私の母だ。

 300年くらい前は各家庭に「墓」という骨を集めて埋める場所があったらしい。

 しかし地球温暖化による水位の上昇や海外からの人口流入、また墓それ自体の後継者、管理者の不足、更に太陽光発電ムーンベルトにより半永久的に莫大な電力を得られるようになった背景により、「墓」はどんどん減り、今は極めて古くから存在し、後継者により大切に管理されているごく一部を遺して消えた。

 では遺体はどうなるのかと言う事だが、平たく言うとダイヤモンドにする場合が殆どだ。うちもそんな一般家庭である。

 墓を持ち、骨だけ残して埋葬するなんて言うのは、最早ほぼ消えつつある文化である。

 大体は太陽光発電により得られる莫大なクリーンエネルギーを用いて、遺体に高温をかけて炭化させ、そのまま超高圧をかけて人口ダイヤモンドにする。

 

 衛生的で美しく、尚且つコンパクトでポータビリティも高い。歴史を遡ると遺髪を入れたジュエリーなんかもあったらしいが、その現代の姿と言うわけだ。

 仏壇に祀ってもよし。モダンでシンプルな仏壇はインテリアとしても美しく、マンションにもよく馴染む。しかし最近は、案外時代劇に出てくるようなギラギラした仏壇も流行っていたりする。昔のものは昔のものなりの良さがあるということだ。この辺は好みである。

 人によっては枯渇した天然ダイヤモンドの代わりに亡くなった近しい人をエンゲージリングにしたりするらしいが、私はそれは夫婦生活を筒抜けにするみたいで、何となく嫌だなと思う。

 真珠のエンゲージリングはしまいっぱなしだが、お母さんはずっといっしょだ。

「私が死んだらピンジョンブラッドみたいな色になるといいなあ」

「えぇ……やめろよ縁起でも無い」

 夫は苦笑いする。私達は自分達が死んだ後の色を知る事が出来ない。

 ダイヤモンドの色は炭素の中の微量な不純物により決まるが、それはもう生活習慣病と体質次第なのだ。無色透明な人も居るし、なんとも言えない、濁った泥みたいな色の人も居るらしい。

 お母さんは「日頃の行いが良い人ほど綺麗なダイヤになれるのよ」なんて言っていたけど、まあ迷信だ。「悪い子にはサンタさんが来ないよ」と同じベクトルのものである。

 お母さんの色は好きだ。グレーがかった青色。

 清らかな振りを必死にしつつ、貞淑では居られなかった彼女の色そのもののような気がした。

 お母さんはお父さん以外の人も好きになってしまった。好きになっただけで関係を持った訳では無さそうだった。

 ただ、お母さんの従兄弟である叔父さんとその奥さんを見る時の、その曇った目の色。

 私はそんなお母さんの色に少しほっとしたものだ。

 人間、清廉潔白であるなんて事は不可能なのだ。

 お母さん、私はどんな色になるかしら。

 脊髄に埋め込んだ、ナノシステムズマイクロチップが静かに疼いた。



 テーマ「骨」の没作品を供養。

 

 

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