8章-2:因縁の再戦


 一体どうして、居場所がわかったのだろうか。まるで空から私たちを監視しているかのようだ。


「魔法陣は?」


 ドミニクの質問に「ごめん! まだ!」とロミオが必死に手を動かしている。それを視界の端で捉えたコドソンが「転移魔法か。また複雑で厄介なものを」と呟く。


 しかし、彼もその作戦が一番だと考えたようで、近くにいた部下に手を貸すように指示を出していた。


 そして、彼はゆっくりとノクトリーヌの方へと歩み寄っていく。


「貴様には会いたかったぞ」


「申し訳ないけれど、どちら様かな。僕は、美しい男にしか興味がなくてね」


「ふん。貴様になど好かれてたまるか。お前が食った魔法使いのコドソン夫妻の仇をとらせていただく」


「あーあ。復讐とは、また業の深いことだ。自身の運命を自ら歪めていくなど、もっとおとなしく生きていれば、君にも瑣末な幸せくらいは転がってきただろうに」


「汝、炎を操る者よ。燻る狼煙を解放し、乱れを生まぬよう留意せよ。我ホペネスク家のコドソンが求めんとすれば、慎みを持ちて使うべし!」


「長すぎるよ。詠唱が」


 炎が出る前に、ノクトリーヌがコドソンの背後に回った。炎は宙を舞って、建物にぶつかった。


「何……」


「君みたいな愚直型はさ。規律を守っていくのはいいんだけど、美しくはないよね。凡人が必死に頑張って秀才になったってところかな。暇だったら相手をしてあげたかったのだが、僕は空腹でね。邪魔なんだよ」


 ノクトリーヌの指が、コドソンの胸を貫いた。コドソンは「カハッ」と声をあげて倒れた。


「おや? 心臓を狙ったつもりだったけど、外したかな。空腹だと調整がうまくいかないな。まあ、倒れたしいいとしよう」


 呆気に取られていたコドソンの部下たちが「コドソン様!」と駆け寄り、ノクトリーヌの方へ駆け寄っていく。自分の上司の仇を取るために。


「やめろ!」


 間に入ったのはドミニクだった。その様子を見て、ノクトリーヌは嬉しそうに顔を輝かせた。


「ドミニク。君は、こちらへ来てくれると思っていたよ。君が保存してくれていた餌の配分だけど、昔みたいに横に真っ二つというのはどうだい? 下半身か上半身かで分けてもいいけれど」


「必要ない。二度と食べない」


「でも、君は彼女の腕から味見をしたんだろう? あの美しい「印」は君のものだよね。ぜひつけているところを見たかったな。昔も、女性たちは君に「印」をつけられると嬉しそうに悦に浸っていたね。晩餐の前にあった楽しみの一つだった」


 ノクトリーヌは私にあえて聞かせるように大きな声で、笑った。その瞬間、ドミニクの強烈な一撃がノクトリーヌの頬に入った。


 彼は後ろに飛ばされて、瓦礫にめり込む。


「ロミオ! 奴の相手をしている間、彼女を連れて飛べ!」


「わかった……でも」


「必ず後で合流する。完成までどのくらいだ?」


「もうできる。あと一文字! できた!」


 ロミオが書き終わった魔法陣を満足そうに眺め「早く!」と私に手招きする。


 しかし、私は動けるはずがなかった。私が食べられたら終わりなのはわかっている。


 それは百も承知だ。


 けれど、ドミニクを置いていってしまったら、一生後悔する。そんなふうに思えてならない。


「クリスティーナ。いいから、行きなさい。必ず行くから」


 ドミニクが力強く言えばいうほど、さよならが近づいているような気がして、私は「早く! 何してるの!」と大きな声で叫ぶロミオと反対の方へかけていく。


 瓦礫からノクトリーヌが起き上がった。


「残念だよ。ドミニク。愛しい愛しい君を失いたくなかったけれど、仕方がないね」


 再会してから初めて、ノクトリーヌはドミニクを睨みつけた。激しい憎悪に、背筋がゾッとする。愛も憎しみも入り混じった悪魔のような顔だと思った。


 ドミニクは私を後ろに隠すと「クリスティーナ。頼む。君を失えない」と懇願するが、私は動かなかった。


 ノクトリーヌはブツブツと何かを呟いている。そして、私たち、いやドミニクの方へ視線を向けると「君が警戒して水しか飲まないだろうことは知っていたよ。そんな君だけど、まさか水にも仕掛けがあるとは思わないだろう」とそっと笑った。


「何を入れた……」


「もうそろそろ病気で亡くなるご老人の血液が入っていると言ったら? そして、僕の合図で鐘が鳴れば、老人は亡くなる。君が悪いんだ。君が僕を選ばないから。僕は君を傷つけたくなんかないのに」


 ゆっくりとノクトリーヌが手を挙げる。重厚な鐘の音が響き渡る。豆粒ほどの大きさの鐘撞き男がサンクタ大聖堂の金を必死に鳴らしているのが見えた。


 ドミニクの首輪に魔法が発動して、彼の首をじわじわと締め付けていく。


「くっ……」


 苦しみに悶えるドミニクを、ノクトリーヌはただ無表情で見下ろしていた。その瞳に色はない。そして「いつまでもそんな首輪をつけているからだよ。ワンワン」と彼に向かって吐き捨てた。


 やはりこの場を去らなくてよかった。嫌な予感が的中してしまったが、私はなんとかドミニクを助けようと魔法を使おうとしたが、それを彼は制した。


「やめろ……下がれ。ロミオと逃げろ」


 ドミニクが私の方を見て、苦しそうに声を出した。


「でも……」


「いいから……」


「おやおや、人間ごっこかな。相変わらず滑稽で、その惨めな悪あがきに胸が疼くほどだ。人間に戻ることなど二度とできはしないのに」


 ノクトリーヌが、嘲笑う。私の中にどうしようもない怒りが湧き起こった。


 ロミオがドミニクへ駆け寄り「ダメだ。もうすでに仮死化してる」と小さな声で呟いた。


「もう空腹だ。そろそろ、食事の時間にしよう。大した味ではないが、栄養補給には最適だからな」


 ノクトリーヌが私に向かってくる。どうにか魔法を使わないと思ったが、彼の方が早かった。あっという間に捕えられてしまい、彼の牙が私の肌に触れそうになる。


「クリスティーナをはなして!」


 ハナが、ノクトリーヌへ飛びかかったらしい。彼の頭に、ハナがまとわりついて、彼の視界を遮っていた。


 ノクトリーヌは、私を解放したが「鬱陶しい!」とハナに向かって、まるで小蝿を追い払うように彼女を投げ飛ばした。打ちどころが悪かったらしい。ハナは、頭から落ちて気を失ってしまった。


「ハナ!」


 私はたまらなくなって、身体に力をこめる。すると青白い光が、私を取り巻いた。


 ずっと押さえつけていた怒りの感情が、今にも爆発しそうだった。


 その時、ようやくノクトリーヌの暗くて冷たい視線が、初めて私の方へ向くのだった。

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