第6話 俺の妹は可愛い

 その後、柊兄妹と茅野を玄関前で送り届ける。清十郎またねーなんて明るい茅野の声をドア越しで聞き、数秒たってからドアの鍵を閉める。

 ふーと息を吐き、先ほどの会話を思い出す。

 また厄介なファンに目をつけられたな、そんな心の声が聞こえてくる。彼女には早くあきらめてもらわないと、なんて考えていると、先ほど閉めたはずのドアの鍵がガチャリと元の状態に戻り、誰かが入ってくる。


「なんだお兄ちゃんじゃん。お帰りなさい」


「ただいま、だ。高校生になったんだからそろそろ覚えなさい。そしておかえり陽菜」


「あちゃー。また間違えちゃった。お兄ちゃんただいま!」


 妹の秋葉陽菜がおバカ丸出しの挨拶と向日葵のような明るい笑顔を向けてきた。


 陽菜を見ているとなんだか妙な印象を受ける。

 うーん、なんだ。さっきどこかで見たような・・・

 あっそうだ、こいつ美雪の2Pカラーみたいだからだ。可愛い顔。ボブのヘアースタイルに低身長。高校生だから髪は染められないため黒なのが違い。あとは、こう言いづらいが、胸がこちらには全くないところか。うーむ、考えていることが陽菜にバレたら絶対に文句言われるな。お兄ちゃんの変態、なんてジト目の陽菜から低い声で言われたら死ぬ・・・いや案外いいな、そのシチュ。

 世の兄妹は、アニメや漫画のような仲いい兄妹関係なんて嘘だ、というけれど俺は違う。世界中で一番妹を愛していると言っても過言じゃない。いや、一番は俺達の親父か。あの人俺と妹への態度が結構違うからな。そりゃこんな可愛い娘がいたら目に入れても痛くないというやつなんだろうけれど。

 それに今話したこの一瞬で、先ほどまで感じていた息詰まりや不快感が全て消え去った。

 四百四病に効く俺だけの特攻薬だ。


「今日は部活だよな。園芸捗ってるか?」


 陽菜は俺や茅野、葵と同じく都立天内高等学校に進学し、今年で高校二年生となる。部活も何を思ったのか、兄貴と同じ園芸部を選んだ。ほんとお兄ちゃんの道を進むのが好きな妹である。まあそこも可愛いところなのだけども。


「うーーん、野菜育てるのに捗るとかないと思うけど。今日は春のジャガイモ植え。お兄ちゃんもやってたでしょ、種芋を切って草木灰で断面コーティングするやつ」


「あぁ、アレか。なついな」


 秋に植える種芋は大体切らずに植える。これは晩夏から秋に植えると暑さによって腐りやすいからだ。

 だが一方で春に植える種芋は、比較的涼しいため、切ることによって生じた断面から腐るリスクが低い。その為、芽が均等になるよう二、三個に切ることができる。

 とはいえ、完全に腐らないわけではないから草木灰を表面につけて1日乾燥させる。その後土の中に植えていく。このような一手間で植物を育つか否かが決まるから、園芸や農業というのは奥が深い。


「今年はどれくらいだ?俺の時は三十個ぐらいプランター用意してやってたけど」


「お兄ちゃん・・・それはやりすぎだよ。みんなお兄ちゃんみたいにジャガイモ愛に溢れてないんだよ。今年は多分十個ぐらいかな」


 ふむ、この時期にジャガイモを十個とはかなり少ないな。それだと収穫できても五十個ぐらいになってしまうじゃないか。

 じゃがいもは育成が比較的簡単だし、多く収穫しても消費することに手間がかからない。じゃがバタ、ふかし芋、カレーに大学芋、他にも様々な料理に使うことができる。そんな完成されしハイパーフードを差し置いて何を育てるというのだ。


「えーとね。新入生にリクエストを聞いてからだけど、多分ナスとウリ科、唐辛子かな。なるべく失敗したくないから丈夫な奴を優先的に育てる感じ?」


「いい選択じゃないか?個人的にはゴーヤはうどんこ病によくかかるせいで、うまくいかなかった記憶があるけど・・・俺たちの活動場所が日当たりと風通しがよくないせいだから、農薬と葉を摘み取るぐらいしか対策のしようがないけど」


「うどんこ病かぁ。私もほんとすぐに蔓延するし嫌な思いでしかないかも」


 農家のとって嫌なイベント三選。一に害虫、二に病気、三に異常気象。どれをとってもいい思い出がない。大切に育てた野菜たちが一瞬で枯れてしまったり、食べることができなくなる悲しみはもう味わいたくない。ただの部活動でここまで大変なのだ、いかに農家さんが頑張ってくれているかよく分かる。それこそ部活で初めて栽培したトマトなんて食べることもできなかったのだ。あれは衝撃的だったのを覚えている。

 アレ?そういえば、こいつ夏野菜の定番の野菜の名前を出していないな。


「なぁトマトは作らないのか?ナス育ててトマト作らないのは珍くね?」


「あートマトね。トマトって虫に食われたりして少し苦手なんだよね」


「トマトは原産がアンデス高原だから乾燥に強くて過湿に弱い。ナスとかといっしょに水やりすると失敗するから難しいよな。あともしトマトを栽培するならバジルを植えてみるとかかな。防虫対策と余分な土の中の水分を吸ってくれて根腐れ防止に役に立つぞ」


 どこが原産地か、葉っぱはどんな形かで大体の植物はどのように育てればいいか予測を立てることが出来る。特にトマトなんてその一例だ。

 トマトもナスも同じくナス科の植物だが、ナスはインド原産。つまり高温多湿に強く、水を多く必要とする。一方アンデス高原原産のトマトは過湿に弱い。

 このように同じ科でも原産地によって育成方法が異なるため注意が必要となる。


「あっそれ知ってる!コンパニオンなんちゃらだよね?」


 久々に植物の会話をしていると心が落ち着いてくる。大学生になってから一回も土いじりしてないけど、そろそろ家庭栽培でも始めようかな。

 植物と会話し、野菜を育てる。それこそが俺の本望なのかも知れない。

 そういえば、そんなことを昔茅野と葵に話したら「人付き合いが苦手だから友達が植物しかいない」とか散々な言われようだったな。あの時は反論したけど、今あいつらに反論できるかと聞かれたら無理だな。大学で友達いないぼっちちゃんだからな。いやぼっちちゃんの方が、バンド組めているあたり俺より上か。なんかショック。


「そういえばお兄ちゃんに聞きたいことがあるのです」


「なんだ改めて?この寛大なる兄はなんでも答えてやるぞ」


「うわーお兄ちゃんそんな態度ほかの人に取らないでね。ほんとないから」


 心底嫌そうな目で見てくる。なんか予想とは違う形で妹のジト目を拝めたけど、やっぱつれぇわ。妹よ、もう少しお兄ちゃんに優しくしてくれてもいいんじゃないかな?


「んでさ、さっき凛さんと柊先輩に会ったんだけどさ、あともう一人可愛い女の子いたよね?あれ誰?わたし、気になります!」


 京都アニメーションの某アニメのヒロインの口調をマネする陽菜であった。

 陽菜、お前似てねぇぞ。もう少し目をキラキラさせなさい。

 あと黒髪ロングにしてください、こっちはお兄ちゃんの趣味なので是非お願いします。


 結論 えるたそそは俺の嫁である


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