第4話 5年間の敗走記録
と、ここまでの話で飽きてそうなのが若干二名見受けられるのですが…おい、そこのお前らだ茅野と葵。私じゃないですみたいな顔をするんじゃない。
確かにこの後の話はかなり省略してもいいか。つまらなそうに聞いてるお前らに申し訳ない。美雪さんもそれでいい?ありがとう。じゃあ、直接サークルが解散した理由で話そうか。
飛鳥井先輩が集めたメンバー計四人で活動を行った。
サークル名【エアステシュテルン】
これドイツ語が元になっていてな、日本語に訳すと「初星」を意味する。
縁起がいい言葉を選んで、それを外国語読みにしようとみんなで決めたんだ。でもなかなかいい感じな縁起のいい言葉も、どこの国の読み方にするのかも意見が纏まらなくてね、結局両方くじ引きで選ばれることになった。
最初はみんなこのダサいサークル名に顔を顰めたのをよく覚えている。数日経ったら気にしなくなったことも。
俺がシナリオライターで、飛鳥井先輩がディレクター兼広報担当、芸術科に所属している女の子がイラストレーター、そして飛鳥井先輩の同級生の人がプログラム・スクリプト関係。サウンドだけはどうしてもフリー素材に頼らざる負えなかったけれど。
そう、このたった四人で「クロノス」を創り出した。
そういえば、お前らクロノス読んだことなかったよな?
この際だし、簡単に説明しちゃうか。
魔術が存在する世界が舞台。
魔術師見習いの主人公は不気味な洋館を発見し、魔術の痕跡を発見し、確認のため敷地の中に入る。そしたら急に空間が移動し、目を開けると記憶喪失状態の少女が隣に眠っていた。脱出を試みるも結界が貼ってあり抜け出せないため、少女と二人で内部を探索し結界の源を破壊しようとする。
しかし館の中には正体不明の化け物が徘徊していて、二人は惨殺される。そして次の瞬間主人公が目を覚ますと先ほどの空間に転移。そう、タイムリープだ。
で、何度も襲われて死にながらも、いつ、どこに化け物がいるかを記憶して、館の中を探索していく。もちろん少女とも仲良くなってね。この館を探索する過程で、この館の歴史、少女の正体、不条理な現実を目の当たりにする。
しかし、絶望に打ちひしがれながらも、希望をすてずに彼女を守り通そうと決意する。
というのがクロノスのストーリーのあらすじなんだが…おいお前らウトウトし始めんな。
お前らに説明しているんだぞ。
目をキラキラさせながらじっと耳を傾けている美雪さんを少しは見習いなさい。
まぁゲームの内容なんてどうでもいいか。問題はそこじゃない。
この前ビジュアルノベルが1990年代から2000年代にかけて大ブレイクしたのは言ったよな?
裏を返せば現在盛り上がっていない分野だ。理由は追々説明するとして、ギャルゲや泣きゲとして有名な一部メーカー・話題作を除いて売れていない。ほらKey作品とか妄想科学ADVシリーズとか。でもその話題作ですら、クオリティのわりに売れていないのが現状。もっと有名になったり話題作になったりしていいのに。
俺も作っているときは売れないと思っていた。
同人ノベルゲーム。しかも学生サークルだ。売れる理由がない。
けど同人ノベルとしては用意した五百枚の完売。コミケのあとのオンラインでの販売は三千枚。
これが結成1年目の学生同人サークルの処女作だ。本当に驚異的としか言いようがない。
それを可能にしたのが先輩たち他サークルメンバー、天才たちだ。
飛鳥井先輩は持ちうるコネで他の商業・同人界隈の人と交流、人脈を培った。この仲良くなった人たちが、SNSで拡散してくれたおかげで知名度が上がった。それだけじゃないホームページを初め全ての裏方作業を一人で担った上で、俺たちメンバーの製作スケジュールの管理までやり遂げた。
イラストレーターの子は無名だったけど、それはゲーム界隈だけ。聞いたことがあるんじゃないかな、日本の若き天才芸術家「空井美咲」って。
幼少期からイギリスで芸術を学び、中学生になると同時に日本に帰国。日本を含め数々の賞を取っている天才少女。
彼女は一からゲームデザインと萌え絵を学んで、全てのイベントCGを担当、間に合わない所はフリー素材を使ったとはいえ、彼女の完璧な萌え絵が爆発的なヒットを生み出した。
そして、スクリプト。これも学生が作ったとは思えない神みたいな仕上がり。天才が集まる英秀といえども、その中から探し出した飛鳥井先輩の観察眼はやっぱすごいわ。
背景と一部の素材をうまく組み合わせながらさながら立体的に描く。
普通ノベルゲームは平面でキャラが動くだけなんだけど、自由な視点の動かし方や奥行きを駆使したクロノスは高く評価された。戦闘シーンは流石に時間がなくて完成しなかったけど、もし完成していたら同人の枠を超えていたに違いない。
で、残された俺はというとシナリオは全く評価されなかった。いや酷評の嵐。
ネット上の批判は凄かった。「完璧な演出にイラスト、それに泥を塗るクソみたいなストーリー」「誰だこいつ」「ほんといらねぇシナリオ書くんじゃねぇよ、とっとと交代しろ」とか。
もっと直接俺に対して誹謗中傷を書き込むやつもいた。俺の名前は学生だから出ていない。だからこそ彼らは「正当な批評」として正々堂々とボロカスに言ってくれた。一つ一つは髪の毛程度でも、合わされば矢のごとし。それも画面越しで受け止めているのは1人の中学生だというのに。一時期真剣に自殺を考えるレベルで批判を目にした。本当に全世界が敵に回った感じがしちゃってな。
とはいえ、もしこれが普通の同人作品なら話は別だった。素人のシナリオだけど、多分あそこまで酷評されるほどじゃない。凡人が作ったつまらないシナリオぐらいだったはず。
じゃあ何がダメだったか?答えは単純明快。
俺以外の三人が天才で、俺だけ彼らに見合わない凡人だったってこと。その凡人が調子よく乗せられて、自信満々にシナリオを書いて、痛い目に遭っただけ。
悔しくてね、落ち込んだ。俺だけが実力差に気づかず足を引っ張ていたんだなって。
このことがトラウマになって俺はサークルを辞めることにした。俺じゃ先輩たちには追い付けない。天才には追い付けない、これ以上迷惑はかけられないって。
でもあの人はその甘えを許してくれなかった。
どこまでも俺を信じてくれていた。
一緒に作り続けようって言ってくれた。
あの人は才能がないとか、そんなことで辞めるなんてバカらしい。そう俺に面と向かって言った。あの人は本当に強い。
眩しいくらいに明るくて、不用意に近づけば燃やされてしまうほどに。
だから、俺はサークルを辞めたかった。天才との才覚の差をありありと見せつけられ、その不出来を批判され、惨めな思いをすることが嫌だった。
そこで負けないように頑張ろうとか奮起しようとか俺にはできなかった。
ただ天才から逃げるしかなかった。関わりたくなかった。
俺は結局この後、英秀学院を辞めることにした。
何かいじめがあったとか嫌がらせがあったとかそういうのじゃない。
単に天才ノイローゼ気味になった俺にとって、天才が多く集まるあそこは、苦痛しか感じない窮屈な場所になってしまった。
母さんも俺がメンタルやられていることを心配して、転学を勧めてくれたから、こうして天内高校に進学して、葵とか茅野に会えた訳だし、後悔とかはさしてない。
あーどうして大学で英秀に戻ったか?
学院は最後まで俺のことを引き留めてくれし、飛鳥井先輩の爺さんも同席して話し合った。其のうえで、高等部には進学しなくてもいい、その代わり大学に関しては必ず進学するって話になったんだよ。
あの爺さん、自分の孫娘のせいで学生が進学を辞退することになったのがショックだったみたいで、辞めた後も色々世話になった。あの人の恩義に報いるために、そんなこんなで大学は英秀に戻った。まぁ大学は良いところ出ておかなくちゃだったし、理由なんてそんなもん。大学から入った人は秀才はいても天才は多くないし、居心地も多少はよかろうと。
その分、私立最難関にふさわしく受験は過酷だったけどな…
同じ英秀に進学した茅野は分かると思うけど。
長話になっちまったけど、これが俺が創作活動を辞めた理由。
色々大事なものから逃げ続けた俺の敗走話。
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