俺生産系オタクに戻ります

微睡

第1話 始まりの挨拶

第一章 始まりの挨拶 


 2024/04/02 13:35


 四月。大学初年度を無事乗り切り迎えた天国もあと七日で終わろうとしている。気づけばあっという間に通り過ぎて行ったこの一年。

 この天国のような時間も週二で通っているバイトを除けば殆ど一歩も家から出ていない。あとは、高校からの友人二人が遊びに来るぐらいで、部屋の片づけさえ中途半端。大学の教科書とレジュメが床にまき散らかされている。そんな汚部屋に友人を呼ぶことは普通の人間なら出来ない。自分は、まぁ古くからの付き合いだから甘えているのだけど

 そもそも部屋が汚いということは一過性の些末な問題である。問題はそこじゃない。

 人生の最後の夏休みと呼ばれる大学生が迎える春休み、それは貴重オブ貴重な時間であることは重々承知しているがやっていることといえば、現在進行形で打っている麻雀ぐらい。

 それも一緒に卓を囲むのは大学で作った友人ではなく、高校からの友人。大学に入ってから人と会う機会は増えたはずなのになぁ。久しく作ってないせいで友達ってどうやって作るのか忘れてしまった。

 ここまできたら友達作りを教えてもらうために隣人部とかに世話になるべきに違いない。今すぐにでもはがないでも開いて・・・

 あー、俺もう大学生だったわ。高校生の時みたいな作り方やれないじゃん。

 えってか、待って。俺ってあの子たちよりもう年上なのか!?

 こうしてまた少しずつ、アニメやラノベのキャラ達が俺より年下になっていき、段々と性的な目で見ることが出来なくなっていくのか。ほんと鬱だ。

 なんか勝手に自傷ダメージを喰らってしまったが、要するに俺の現在抱えている悩みは、今こんなぐーたらでいいのかな、ということである、と対面に座りながら十三枚の牌と仲良くにらめっこしている友人に相談する。

 友人は一瞬こちらを見て、すぐさま視線をそらす。一瞬見えた目には侮蔑の色がうかがえ、また呆れたように溜息が聞こえてくる。


「清十郎、一つ聞くけどそれは何かの冗談かしら?一つのことを成し遂げられる大物はこんなむさくるしい、小さな汚部屋で二人麻雀なんてしないと思うのだけれど。まずは髪型、性格、服装、言動、性格すべて直して彼女の一人でも作ってみなさい」


 おい、直すところ多すぎだし、なんなら性格二回入っているんだけど?

 俺そんなに性格ひん曲がっていたか?


「重要なことは二度言うタイプなの、私。何も女の子は全員見てくれだけで判断しない。内面も少しは見ているから気をつけなさいということよ...っと立直」


 牌を河に捨てた細くきれいな指で彼女は点棒を置く。

 俺は「やっぱり少しなんだ…」と先ほどの彼女の指摘に返す。それにしたって外見直すところ多すぎだろ。

 そこまで格好と容姿おかしかったのか。もっと早く言え、早く。

 ふぅ。一旦息を整える。冷静な頭で、立直を宣言した相手の待ち牌が何か考える。

 こいつはかなりの確率で立直・断么九・平和で速攻上がりながら相手に巡目を渡さない戦法をよく使う。確実ではないとはいえ、相手は親番、早く上がりたいに違いない。河を見るに断么九は確定だろう。となると、1、9、字牌が安パイ。そこからは筋を見て判断しよう。いや麻雀歴数か月の俺にはそれしか判断する要素がない。

 俺は、うーんと唸り、迷いながら、パタンと牌を置く。俺が捨てた牌をちらっと見た後、そのまま何も言わず、山から牌を持っていく彼女の顔を俺は見る。

 端正な顔立ち。長く黒く美しく流れるような髪。女の子のように可愛らしいけどハキハキと遠くまで通る声。態度は基本尊大だし、時たま言葉が悪くなるけれど、誰がどう彼女を見ても美人と評価するだろう。

 大学時代に初めて会っていたら目を奪われていたに違いない。

 高校の時に会っていて良かった。こいつが高校在学中に告白してきた先輩、同期、後輩すべての告白を無慈悲な笑顔で断ってきたのを俺は見てきた。

 そんな俺はこいつに間違った感情を向けても実らないことを熟知しているし、向けるつもりも決してない。あくまで良き友としてだ。

 そんな俺には不釣り合いながらも、なんだかんだ四年間こうして一緒にいる友人、茅野凛に俺は尋ねた。


「俺が外見も内面も糞なのは重々承知した。そんで、俺とは違う茅野さんは恋人の一人でも?」


 相手の出した牌から筋を見極め比較的安パイを出す。茅野は一枚山から取るも、お目当ての牌じゃなかったのかすぐに河に捨てる。そのまま会話を続けながら二人とも無心で山から引いて、河に捨てていく作業を続ける。


「勘違いしないで頂戴。私こう見える通り人からよく好意を向けられるの。ただその人たちの中に私に見合う人が居ないだけよ、誠に遺憾だけど」


「お前は官房長官か何かかよ」


 こいつのことだ。どうせ「まことに遺憾です」で有名になった某芸人を知らないのだろう。

 ここでハッキリその芸人の名前を口に出してもいいのだが、セクハラ扱いを受けることに間違いないから指摘しない。

 あと、こいつが俺以外の友人にその言葉を口に出している姿を想像したら面白かったとかでは決してない。うん、神に誓って。

 何か可笑しいこといを言ったかしら、と茅野が俺を睨んでくる。

 危ない、早く口元の笑みを消さなくては。咳払いをし、とりあえず話に沿った疑問を投げかける。


「いや、そんな超絶モテモテな茅野さんがどうして俺たちと麻雀を打っているのかなって」


「恋人を作るより、こうして貴方たちと自由に遊ぶほうが性に合っているの。癪だけど」


 俺はぱっと目を見開く。俺のそんな様子を見て茅野は首をかしげるが、さして気にも留めず麻雀を続ける。あのなぁ。お前今何言ったのか心の中でもう一度考えなさい。

 素面で「俺たちと一緒に遊んでいたい」とか言うんじゃありません。

 お母さん、そんな童貞キラーな台詞を吐くような娘に育てた記憶はありませんよ!

 ほんと勘違いさせないでちょうだい。お願いだから。

 俺の心の中の叫びは茅野に届くことはなく、彼女は先ほどの話を続ける。


「とはいえ清十郎がもう少し友達を増やすべきなのは確かね。さすがに男の子の友達の数くらいは増やしたら?」


「おい待て。いつ俺は友達がいないといった?俺にだって友人はいるからな。何度代返とかプリントの穴埋めを頼まれたことやら。舐めるな」


 茅野はまじめな顔をする。

 一旦手牌を弄るのを辞めて一言、もし間違っていたら申し訳ないけれど、と断る。


「それって友達とは言わないと思うけれど...あともしそれが本当に、万が一に事実だとしても、さっきの解答は不十分よ。」


 なんでだよ、どこが間違いなんだ。


「あなたどうせ作れて数人でしょ。だから「友達はいるけど少ない」が正解よ。もっと端的に言うなら「俺は友達が少ない」かしら」


 代返を頼まれたことはおろか、そもそも友達が1人もいないことを見透かされているらしい。はいはい、俺には大学に友達なんていませんよ。一人寂しく大講義室の中でレジュメとにらめっこしているっての。


 あと「俺は友達が少ない」って...いやそれ名前出しちゃいけないやつだからな。

 てか、お前それ分かって言っているだろ。上手いことを言ったみたいな顔をしてんじゃん。ちょっと可愛いとか思ってしまったじゃないか。

 そもそも、その作品通りに行くなら俺は彼女作っても最終的に優柔不断な態度をとりつつ、クリスマスイブに彼女を振ってるんだが。茅野は俺のことをそんな人間だと思っているのか、そう彼女に問いかける。


「安心しなさい、そんなことは思ってないわ。そもそも清十郎が誰かに告白されるなんてあり得ないことだもの。それに告白をする勇気があるとも到底思えない」


「それ俺のことをモテないチキンと罵っているだけだからな。言葉のナイフには気をつけろ。俺の硝子の心は少しの衝撃でも砕け散るからな」


 茅野は小馬鹿にしたようにふふっと笑う。顔がいいだけに可愛く見える。


「守る価値があるものだけにしか、人質になる資格がないのいよ。具体的に何がそうで何が違うのかは言わないけれど。あと、そこまで壊されるのが嫌なら、あなたを水中に沈めてからハサミで切ってあげるわ。綺麗に切れてあなたも安心でしょう。砕け散るよりかは苦痛を感じないと思うわ」


 ケモメカニカル効果か…いや、それ綺麗に切れるとか意味ないからね。他人を傷つけることがダメって話だかな。なんだよ苦痛を感じさせないとか。お前はシリアルキラーに向いてるよ。

 あとケモメカニカル効果ってなんかエロいな。特にケモって部分が。断じて俺がケモナーとかそういうわけじゃないんだからね。勘違いしないでよね!

 と気持ちの悪い脳内ツンデレコントを早々にどの牌を出すか悩むことになる。

 今の会話の最中に出した牌で安パイは無くなってしまった。河的にも筋的にもアウト。

 しかし、残りはたった8巡。自棄になって賭けに出るか?いや、ここまで来たら勝負に出るのは愚の骨頂。とにかく相手の牌的にどれが待ちかを推測する。今見ている感じ河に出しているのは萬子と筒子が多め。染めている可能性もなく。しゃーない、その能性を考慮して萬子から捨てて行こう。


「そういえば葵は今日来ない感じ?」


 茅野は先ほどまでの会話がなかったように話を展開させる。


「いやそろそろ来る筈。どうしても連れてきたい人がいるらしくて、そいつの予定が終わり次第来るみたい」


 柊葵。俺と茅野と高校三年間を過ごした友人の一人。葵と聞くとまず女の子かと思われるが男。正真正銘の男だ。これが男の娘ならあの名台詞「だが男だ」を連発できるものの、こいつに至っては悲しいことに容姿からしてモノホンの男だ。それもイケメン。

 茅野と同じく顔が整っている美男子タイプで、周囲の人間を巻き込み、どんどん友達を作っていく陽キャくん。だから一見、爽やかで陽キャな完璧超人のクラスのまとめ役に見えるのだが・・・あいつの口からは下ネタがよく飛んでくる。

 普通なら残念系美人って感じでモテなさそうなのに、なぜか女からモテ続けている。

 おい、俺が下ネタ言ったらクラスの女子みんな白い目で見てくる癖に、なんであいつはいいんだ。やっぱり世界はルッキズムで構成されているのか!

 お調子者の柊・ツッコミもとい無視の茅野・ちゃんとツッコム俺。柊は大学こそ違えど未だにこうして家に集まってよく遊んでいる。さすがに毎日とはいかないが家が近いこともあって週二は遊んでいる。三人じゃなくて二人だけとかならもう少し多いかもしれない。

 そんな居心地のいい三人の空間に異物である他人を招き入れるのは渋ったが、どうしても合わせたい人がいる、そう真剣な眼差しで言われたら断ることができなかった。普段はお調子者のやつが急にまじめになるとビビちゃうみたいな?


「ふーん。誰を連れてくるんでしょうね、葵。あいつ案外気を使うから変な人は連れ込まないでしょうけど、まさか彼女?って、それはないか、あいつ作っても私たちに彼女の紹介なんてしなさそうだし…ツモ。立直、門前清自摸和、三色同順、赤ドラ、裏ドラ1の跳満18000点。早く出しなさい、取り立てるわよ」


 おい、まじか…いや待て、これ俺飛び確定なんですけど。

 さっき親の3翻40符で7700点取られているし、連続の親荘で跳満は反則だろ。

 そもそも俺たちが行う二人麻雀は某賭博麻雀で出てくるような17歩じゃない。大体三人麻雀と同じルールで進む。1局の時間が短いし運要素が大きくなってしまう為、東場3本勝負で競うことにしている・・・のだが1本目を黒星で飾り、2本目は遂に飛ばされたときた。

 ここまで連続して負けるとは運がないな、なんて心の中で自分を慰めていると


「あなた、時々出す牌に危ないのが多いわよ。雀〇しかやってこなかった素人雀士さんかしら?もし内心負けたのを運とかのせいにしているなら違うわよ。ツモられてしまうのは運だけれども、そもそもあの危うさなら、いつ放銃してもおかしくないわ」


 待っていたのは、勝者による敗者へのお叱りのお言葉である。長いわ。某俳句の女先生ならバッサリ切り捨てて「貴方雑魚 練習足りない 精進よ」ぐらいに手直ししてくれるわ。季語一つも入ってないけど。

 とはいえ、〇魂さんを馬鹿にするんじゃない。れっきとしたネット麻雀だっての。お前それSNSで呟いたら盛大に燃やされるぞ。俺が最近コラボ目当てで雀〇をプレイし始めて、麻雀にハマり始めたトーシロ弱小雀士なのは事実だけども。

 そんな卑屈さ溢れる俺の内心を知ってか知らずか、上機嫌な様子で鼻歌歌い交じりに彼女は次の対局に向けて山を崩す。本当に勝気があるやつだな。

 3本勝負でもう既に2本勝っているのだから、これ以上勝負を続行する必要はない。あとは俺に罰ゲームとしてコーラの一本でも奢らせればいい。けれどそれでもこいつは純粋に勝負を楽しんで俺を打ち負かそうする。

 高校時代からそうだった。何か賭けているわけでもないのに、対戦者のいるゲームや競技なら何が何でも勝ちにくる。それも不正なしに純粋な実力と努力で攻めてくるから、負けても遠吠えをする理由を与えてくれない。心の中でチワワのようにキャンキャン吠えるぐらいしか許してくれない。それが天内の女王クイーンと称され、恐れられてきた俺の友人だ。

 そもそも麻雀なんて運と確率のゲームなんだから愚痴ぐらい許してくれたっていいじゃないかとは思うけど、口には出さない。女王に逆らえば首も刎ねられかねん。

 その時、ピンポーンと客人が主を呼ぶ鐘の音が聞こえてきた。


「ようやく来たか。茅野、部屋のほうを片づけておいて」


 3人で使うにはギリギリのスペースなんだから、この汚い部屋を多少は片づけないとな、そう声をかけて部屋を出る。インターホンには出ない。そもそも一軒家の一階に自室があるのだから、そのまま玄関まで出てしまったほうが早い。

 小学生の頃はそれで母さんと近所のおばさんを間違えて、暖かい眼差しを向けられたことがある。そりゃ小さなガキがおかーさんと嬉しそうな声で玄関開けたら目も細くなるというもの。とはいえ、そんなヘマを何度もやらかす俺ではないし、大学生がそれをやったら逆に通報されかねん。そこまでいかなくてもご近所さんの話の種にされてしまう。

 そんな若干黒歴史を回想しながら歩くこと3秒。玄関にたどり着いた俺は開錠しドアを開けた。そこにはいるはずの友人はいなかった。ご近所さんも当然いない。



「は、初めましてです、秋葉先輩。え、えっと、私先輩が大好きです」


 初対面の俺に愛の告白をする一人の頬を赤らめた女の子がそこにいた。



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