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 翌朝、再び部長のオフィスに出向き、その場で僕のシザロ行きが正式に決まった。私的旅行を装い一人でシザロへ飛ぶ。単身で構わないと申し出たのは僕のほうだった。危険な任務に誰かを付き合わせたくない——そう考えての判断だったが、利点はほかにもあった。

 オフィスにはメレディスも姿を見せていて、彼はカップのコーヒーを啜りながら、どういうわけか僕に不穏な眼差しを向けていた。メレディスにとって、他所者が先陣を切ることが本当に不本意なのかもしれない。あるいはもっと別の理由のせいで。

「ひとたびミアの姿を捉えることさえできれば、数分で手続きを整え、活動は合法化される。しかしそれまではおおっぴらには動けないから、くれぐれも気をつけてくれ。できるサポートは上空からの監視くらいだからな」

 メレディスの忠告を聞きながら、僕は一枚のフィルムデバイス上の書類に手早くサインをする。今回の出動は非公式な活動に該当するため、基本的に生涯その事実を口外しない、という同意書だ。少なくともミアを確認するまでに関しては、どう転んでも非公式な活動と言わざるを得ない。それでもペンを走らせる手に迷いはなかった。


 そういうわけで午後にはもう、僕は私物のバッグを肩に掛け、国際線の飛行機に搭乗していた。

 旅客機が滑走路を走り始める。

 快適な座席に包まれて、僕は目を閉じれば五分もせずに眠りへ落ちそうだった。

 掛けているグラスウェア――平凡な旅行客に見えるようサングラスタイプを選んできた――が、僕の視界にフライト中の各種案内と注意事項を映し出している。

 そして視界中央に浮かぶ、今日の日付。

 Mon, 27 Apr 2048——。

 案内を消して窓の外に目を向けると、飛び立ったばかりの空港と海上都市フロートが、既に眼下に小さくなっている。そんな空からの風景を眺めながら、僕はこれまでずっとついて回ってきた疑問について考えていた。

 なぜミアは自分たちを巻き込んだのか。

 なぜミアはそれまでの生き方を捨て、テロ組織に与するような真似をしたのか。

 そしてその結果として、なぜ僕の相棒は死ななければならなかったのか。

 しかし答えが得られたからといって、何かが変わるわけではない。そうやって手短に自分で自分を納得させると、肉体からの要求を素直に受け入れて、僕はしばらく瞼を閉じることにした。


 トータルで丸一日近いフライトを終えてシザロに到着すると、アフリカの強烈な日差しに出迎えられた。まだ飛行機から降りる前、窓越しでも十分感じられるほどの日差しに。

 磨き上げられた床の上を歩いて、空港の建物から出る。機内でグラスウェアを使って目を通した観光ガイドによれば、この空港はマガティヴァの街外れとでもいうべき場所に位置していて、ここからは乗り合いバスかタクシーを使うのが定番らしい。事実、正面の通りには、無数のタクシーが列をなして客を待っていた。通りの反対側には、赤茶けた人家が並んでいる。

 朝。空気は乾いていて、今は観光ガイドがいうとおりの乾季なのだろう。僕は目にする何もかもが珍しいバックパッカーではないので、すぐにタクシーの一台の傍まで行く。年季の入ったその乗用車の主人は、達者な英語を喋る華奢な若者で、僕よりもいくつか年下かもしれない。

「どちらまで?」

 訊かれるままに僕は、大まかな目的地を告げる。すると運転手は笑いながら大きく頷き、値段を提示してきた。歯の白さと、彼の濃い肌の色がコントラストを描いていた。僕は告げられた金額を法外ではないと判断して、後部座席に乗り込む。

 すぐに車は走り出す。

 申し訳程度の舗装がなされた道路は空いていて、不規則に襲う振動も耐えられないほどではなかった。車窓から街並みに目を向ける余裕もあって、僕は道の両側に建築中の建物が多いことに気がついた。

「随分あちこちで工事をしてるんだな」

「やっと政府の再開発事業とやらが、マグでも始まったところでね」

「マグ?」

「ここじゃあ、マガティヴァのことはみんな縮めてマグと呼ぶ。マグってね」

「弾の詰まった危険な弾倉マグでもあるわけだ」

 僕がそう言うと、運転手は小さく笑った。

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