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 事件が起きたのはその次の金曜日だった。二〇四八年、四月二十四日。

 場所は海上都市フロートから、程近い洋上。


 陸地側の巨大な港と、海上都市フロートを擁するこの湾内では、常に数多くの船舶が行き交っている。大小様々な客船に始まり、最近では遠隔からコントロールされる無人航行の貨物船も珍しくない。すべての船は港湾局によって監視されていて、そして一隻のコンテナ船が予定のルートを外れたことが、事件の幕開けだった。

 港湾局の指示で接近した警備艇に、突然コンテナ船のほうから発砲してきたのだという。そのときはせいぜい自動小銃程度の攻撃だったらしいが、直後に積まれていたコンテナの中から、攻撃ヘリ型の無人機が出現した。

 共有されてきた画像をグラスウェアで見ると、そこに写っていたのは、まさに船から強引に離陸する瞬間の攻撃ヘリ型無人機の姿だった。確かマクリーン・エアロスペースというメーカーの製品で、おそらくどこかからの横流し品だろう。普通であれば、横流しなど滅多に起きないのだが。

 無人機が離陸したのが十七時十九分のこと。つまり今から一時間と少し前。まだ空も明るい頃だ。

 あれだけ厳戒態勢の中、所属不明の攻撃ヘリ型無人機が現れるなんて、しばらく世論からの批判は免れないだろう――第一報を受けたとき、僕はまるで他人事のように考えていた。けれど一方で当局は、事前に具体的な攻撃の手段と、そしてそれがいよいよ数日以内に迫っているということを察知していた。だからこの数日間、民間の安全保障事業者にも一定数の人員を常時待機させておくよう要請がなされていて、攻撃ヘリ型無人機が飛び立ったとき、うちの会社で待機中だったのはまさに僕の班だった。


 エンジンが始動する前のヘリの中は、驚くほど静寂に満ちている。

 開け放たれたキャビンドアから外へ目を向けると、太陽が西の空へ傾いているのが見えた。今、ヘリの機内ではフル装備の班の面々が身を寄せ合い、出動の瞬間を待っている。

 掛けているグラスウェアからは、作戦全体の情報共有チャンネルの音声が、絶え間なく聞こえてきている。

 曰く、出現した攻撃ヘリ型無人機は複数。FQ-48が迎撃に向かい、空軍が飛ばした情報収集/通信傍受用の無人機も海上都市フロート上空を旋回している。一進一退の攻防は予定通り進行中で、市民には避難と屋内退避が呼びかけられ、交通規制と避難誘導を実施——。

 ヘリはドーハム&ヘンダーソン社の市内オフィスの屋上に駐機して、じっと行き先の指示を待っている。だから今の僕らにできるのは、入ってくる通信の音声に耳を傾けることぐらいだった。班の面々は皆黙って、緊張感を漂わせている。この顔ぶれだと僕が最先任となるから、正直僕も気が張っている。

 そういえば今日の班は、あの日ロッシュ・デュボワ社の立て籠り事件で出動したときと、ほとんど同じメンバーだった。違うのは、スチュワートとフレーザーが加わって、そしてコディがいないこと。

 共有チャンネルから、さらに情報がもたらされる。

 曰く、ドーハム&ヘンダーソン社の〈黒イルカ〉も複数が上空に展開中。ついに海上都市フロート内の犯行グループの位置が特定され、広域の通信ジャミングが開始。以降はヘリや車両の中継機を利用した優先保護回線でのみ通信が可能——。

 その知らせを受けて、ヘリのパイロットは即座にエンジンを始動させた。続報によれば、特定された位置から最も近いのは、市内の各所で待機している軍や警察のユニットの中でも、ドーハム&ヘンダーソン社のチーム——つまり僕たちらしい。

 頭上のエンジンが発する唸りで、すぐに機内は満たされる。ヘリの機長が僕らへ向かってマイク越しに「準備はいいな?」と訊く。

「もちろんだ」と僕は答える。

 攻撃が無人機によって行われた場合、犯人グループが都市内から遠隔で操作している可能性が極めて高いと予測されていた。だから実際に攻撃が始まってしまった場合には、通信を探知して犯人の位置を特定する手筈になっていた。まず敵の頭を押さえるために。

 そのために複数のチームが市内各所で待機し、位置が特定でき次第急行する——実にシンプルな作戦だった。

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