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 僕らの乗ったヘリが撃ち落とされ、ミアが再び逃亡し、そしてコディが命を落としたあの夜。もう一機のヘリに乗っていた国際捜査局IIAのメレディスと、テロ組織の殺し屋であるポール・ジョップは、無事にドーハム&ヘンダーソン社のオフィスに到着していた。

 それ以来、メレディスはずっとこの街に留まって、拘束したポールの尋問を続けていたらしい。

 そしてその結果、近くシザロ系組織による大規模なテロ攻撃がメルボルン海上都市フロートに迫っていると発覚したのは、ヘリの墜落からちょうど一週間後の木曜日だった。


 正面の大型スクリーンに向かって、扇形に座席が並んでいる。

 この市警本部内の巨大な会議室に集まってきている参加者は、半分ほどが制服姿で、その種類は様々だった。つまりそれぞれ異なる組織に属していることが容易に判別できる。

 ここへ来る道すがら、オリヴァーは僕に「やる気がないと思われるのは不都合だから、できるだけぴしっとしててくれ」と注文を付けてきた。ならば僕も出席すること自体を再考した方がいい。僕は組織の立場や国家を背負っているわけではない民間企業の人間で、そもそもこの地では外国人よそものなのだから。

 ポールへの尋問でメルボルン海上都市フロートに対する大規模なテロの計画が明らかになったとき、即座に州政府は複数の機関を動員する体制を敷いた。州政府、市警、正規軍、沿岸警備隊、国際捜査局IIA、そして民間の安全保障事業者。

 メレディスはポールの尋問を開始した頃から、オブザーバーとして市警にも出入りしていたらしく、今の体制だって実質的に仕切っているのはメレディスだと、メイフィールド部長からは聞かされた。現に関わる組織が一堂に会した場でも、前に立って喋っているのもメレディスだ。

「諸君も聞いてのとおり攻撃が迫っている。これはとある別の事件で拘束した容疑者の供述から判明したものだ」

 僕は部屋の隅からメレディスの言葉に耳を傾けていたが、正直なところ、会議が始まる前からいかに早く抜け出すかという思考を巡らせていた。

「計画はどこまで掴めている?」

 出席者の一人がそう発言した。彼は制服ではなくスーツ姿で、髪をオールバックに撫で付け眼鏡を掛けていた。斜め後方の僕の位置からわかる特徴はそれくらいだったが、おそらく現場仕事ではなくデスクワークの人間だろう、という想像はついた。

 質問を受けたメレディスは、あまり面白くなさそうな表情を浮かべている。

「残念ながら、無人機を複数使用するということ以外は判明していない。当面は水際での持ち込みルートを重点的に監視する必要があるだろう」

 室内が一瞬ざわつく。僕は近くに座っていた参加者の一人が、「何も知らない雑魚を一人捕まえただけじゃないか」と呟くのを聞き逃さなかった。

 そんな聴衆の反応をよそに、メレディスは続けた。

「しかし実行グループのリーダー格は判明している」

 メレディスの背後で、スクリーンに一人の男の写真が映し出される。アフリカ系の男で、写っている上半身だけでも相当屈強なことが見て取れる人物だった。どこかの軍隊の軍服らしき格好をしていて、頭にはベレー帽も被っている。歳は僕よりも少し上くらいだろうか。

 僕はその姿にどことなく見覚えを感じて、すぐにその軍服がシザロ国軍のものだと気づいた。ニュースのアーカイブサービスで、幾度となく見たのと同じ格好。

「ティアム大佐だ。元シザロ陸軍所属。この男は組織の前身となる軍閥を立ち上げたシセ元将軍の片腕と評されていた人物で、現在でもシザロ系テロ組織の重要人物と目されている。今から見てもらうのは、以前別のテロ事件で組織が出した犯行声明だ」

 流れ始めた映像は、コンクリートが剥き出しの薄暗い室内で撮影されたものだった。そこでは確かにティアム本人が画面中央に登場し、声明を読み上げている。先日の爆弾は自分たちの仲間が作ったもので、今日の侵略者たるグローバリズムと多国籍企業に対して我々は決して降伏しない、云々。

 はっきりいって、喋っている内容はあまりにも陳腐でありきたりだった。しかしその男の容姿については、直前の写真と比べると大きく異なっていた。

 映像の中のティアムは、スキンヘッドにした頭部に肌を埋め尽くすほどのタトゥーを入れ、そして写真と比べて心なしか凶暴そうな目つきをしていた。年齢も不詳といった感じで、元は忠実な軍人だったのかもしれないが、色々と心情の変化もあったのだろう。

「顔も名前もわかっているなら、そもそも入国を果たせないのでは?」

 さっきとはまた別の参加者が質問した。確かに映像の中のティアム大佐は、覆面をするのでもなく、素顔を晒している。

 メレディスは答える。

「連中は洋上からの密入国を得意としていて、事実過去には複数の国際手配犯が、貨物船で某国入りを成功させている。今回も入国経路は海だと思っていいだろう。そのため、船と港に重点的な網を張る」

 そして偽の身分や顔の整形手術も使う――と、僕はポールと呼ばれた殺し屋について思い返しながら、心の中で付け足した。

 それから会議は当面の体制を発表すると、あっけなく終了した。港の全面封鎖は行われないらしい。確かにそこまですれば混乱を招く。市警や沿岸警備隊は今日から忙しくなるようだったが、僕ら安全保障事業者に対しては、一定の人員をいつでも割けるようにと指示されただけだった。

 そういうわけで、僕も居心地の悪さから解放された。オリヴァーからの「結局あまりぴしっとしていなかったじゃないか」と言いたげな視線を背に、会議室をあとにする。

 このあとは訓練の予定が入っていた。コディの殉職後、ようやく新しい人員配置が発表されていた。

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