第3章 The Days After The Funeral

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 次の日曜日、コディの葬儀が執り行われた。


 よく晴れた空の下、芝生が青々と広がる郊外の墓地に棺が埋葬された。コディに妻子はおらず、彼の両親も既に他界しているはずだったが、それでも多くの人々が彼の死を悼むために集まっていた。特に屈強な男たちの一団がいて、ハイスクール時代のラグビーのチームメイトとは今でも親しいんだ、と前にコディが話していたことを思い出した。

 結局僕は、すぐに墓地をあとにした。そのとき僕が感じていたのは、後ろめたさだった。

 どこまでも現実感が無かった。

 普段は十分な支援と徹底的なリスクコントロールに守られているが、いざ仲間が殉職すると、何もかもが儚く頼りないもののように感じられる。

 そして残るのは疑問だけ。

 なぜコディは、死ななければならなかったのか。


 僕がコディと出会ったのは、会社で僕が戦闘職種に移ったときだった。

 元々群体のアルゴリズムを専攻していた僕は、軍用無人機の規制や、紛争地に残された残留無人機の問題に関心が移っていて、その第一線での実務の場を求め安全保障事業者の門を叩いた。だからドーハム&ヘンダーソン社で僕は最初、技術者だった。そこから戦闘職種へ転換するための試験を、ギリギリのスコアでパスして、第四作戦部に配属された。戦闘職種固有のリスク――つまりいきなり命を落とすかもしれない、ということに対しては、不思議と抵抗を感じなかった。

 そこで出会ったのがコディだった。コディは僕の自主的なトレーニングにもよく付き合ってくれて、何より戦闘職種を続ける上での心構えのようなものを教えてくれた。編成の上でもよくコンビを組んだし、コディの自信家なところには幾度となく助けられてきた。

 ミアはあの夜、どんな思いで通りを駆け抜けていたのか。どんな思いで倉庫の一室で僕を出迎え、拘束されヘリに乗せられていたのか。

 ヘリの撃墜と機械の犬の投入、それから逃走したミアの回収まで、十中八九すべて例のシザロ系の組織の仕業に違いない。街中の防犯カメラの映像には、覆面をつけた複数の人物が肩撃ち式の対空火器を路上で抱えていたり、機械の犬を車から降ろして逃げたりするところが映っていたが、そのあとどこへ消えたかはわからないと、メレディスからは説明された。ミアを回収した白いバンも含めて、車両はすべて完全な手動運転車だったらしい。

 こうなるとわかっていて、ミアはあの晩アジトの倉庫でCRISPR/Cas2-9クリスパー・キャス・ツーナインを使用したのだろう。きっと僕らが踏み込んだタイミングで一連の奪還作戦はスタートし、そのときに彼女は自身に注射を打ったはずだ。

 つまり組織にとって、ミアはそれだけ重要ということになる。一度当局に拘束されても、奪還する価値があるほどに。あるいはまた別の理由があるのかもしれない。いずれにせよ組織にとって、見捨てる選択肢だってあったはずだ。それだけミアは組織に利益をもたらしているのだろうか。

 例えば、情報やノウハウを。

 組織が用意した大量の兵器類。複数の無人機に、ヘリを落とせる地対空ミサイル。特に軍用無人機は予備パーツに至るまで、各地でその流通が厳しく制限されているから、この街へ密かに持ち込むことは相当難しいはずだ。そこでミアの持つ知識と情報が役に立った可能性は十分にある。むしろミアの協力を得ることで、初めて可能になったのかもしれない。

 なら、どうして彼女はそんなことをしたのか。

 そしてなぜ死んだのが僕ではなくコディだったのか。


 地対空兵器によるヘリコプターの撃墜と、海上都市フロートのど真ん中で起きた銃撃戦。これだけの一大事に、翌朝には州政府から海上都市フロートと周囲の都市圏を対象とする非常事態が宣言された。

 公表された情報では、その二つの出来事とほんの三日前に起きたロッシュ・デュボワ社の立て籠り事件との関係については、巧妙に伏せられていた。それでもメディアは熱心に報道を行い、既に十数年前に東京湾海上都市フロートで起きた爆弾テロ以来の重大事件、と囃し立てていた。

 確かにそうなのだろう。報道は世界中でなされ、僕のもとにも、日本にいる友人や知人から久しぶりの連絡が来た。

 街角に武装した警察官が立つようになった。

 市警のパトロール無人機も、飛び回る数が目に見えて増えていた。会社内もどことなく慌ただしい。なにせ仲間の一人が命を落としたのだから、無理もない。

 そんな社会がひりつく緊張感の中、僕がメイフィールド部長のオフィスに呼び出されたのは、次の月曜、つまりコディの葬儀の翌日だった。


 ノックをしてからドアを開け、中に入る。

 部長は椅子を回して窓の外を眺めていた。僕には背を向けている格好で、部長のデスクの上には紙の書類が広がっていた。室内の様子は普段と変わりない。

「機械の犬は大嫌い。特に機関銃を背負っているようなやつは。国軍にいた頃から外地への派遣の度に、あの手の自律兵器には手を焼かされてきた」

 そう話し始めた部長の言葉を、僕は立ったまま黙って聞いている。すると部長は急に向き直り、僕の目を見て続けた。

「あなたの報告書なら読んだ。ミア・ノヴィツカヤは十年前のテロで当時の婚約者を亡くしていて、それが彼女とシザロとの接点だと?」

「はい。おそらく」

「具体性に欠ける話ね。それにそこまで過去に執着するものかしら? とにかく今は、メレディスがポール・ジョップに対する取り調べを行なっていて、オリヴァーもそれに立ち会っているから、しばらく経てば少しは何かわかるでしょう」

 そう言って部長は、デスクにあった書類の一枚を手にとって、僕に差し出した。

「あなたにはまずこれを。今日の午後、医療機関で処置を受けてきなさい」

 僕は歩み出て書類を受け取る。お決まりの任務後カウンセリングなら既に予定が決まっているが、それとは別らしい。

「トラウマ化防止処置?」

 そこにあった見慣れない文字列に、僕は思わず声に出してしまう。部長は「ええ」と短く肯定するだけだった。

 そうして僕は、部長のオフィスをあとにした。

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