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 海沿いの住宅街を抜けると、代わりに無数の巨大な灰色の箱が地面から生えているような風景が始まった。国際規格の無人化倉庫は凹凸のない直方体のような外見で、それが路地で区切られた敷地の一つひとつに鎮座している。住宅地にあった緑もほとんどない。路上に一定間隔で設置された街灯の光は青白く、一層寒々しい雰囲気を漂わせている。遠くには、立ち並ぶ港の巨大なガントリークレーンの群れも見えてきた。

「この辺りでも、昔はもっと海が見えた」

 そうコディが呟いた。僕とは違い、この地で生まれ育ったコディは、街の変遷を直接その目で見ている。けれど僕もメレディスも、特に何も言わなかった。緊張感が徐々に高まっていた。

 車がひとりでに角を曲がる。すると正面では、市警のパトカーが道の片側を塞ぎ、通行を遮っていた。

 コディが静かに車を停止させる。パトカーの傍には制服姿の警官が立っていて、微かに見えるその顔は不健康そうな色合いをしていたが、青白い街灯のせいだろう。そんな彼が、僕たちのほうへ歩み寄ってくる。

 市警に付近の封鎖を要請していたのはもちろんメレディスで、捜査のためとは伝えているらしいが、もちろん市警はこの捕物の対象が、まさか現役の国際捜査官であることは知らされていない。

 メレディスが後部座席のドアを開け、一旦車から降りる。そして近づいてきた警官に身分証を見せながら二、三言葉を交わす。その様子を、僕は車内から眺めている。

 やがてメレディスが後部座席に戻り、警官も道を空けてくれる。

 コディが再び車を発進させながら、僕に訊いた。

「そろそろ〈工具箱〉を飛ばしておくか?」

 僕は「そうしよう」とだけ答えて、手首のデバイスに触れてヘリのクルーとの通信を開いた。事前のタイムスケジュールが守られているとすれば、今頃近くの上空を飛んでいるはずだ。

戦術支援無人機TSDの投下を要請」

「了解」という返事が無線越しに聞こえてくる。同時に、掛けているグラスウェアが僕の視界の隅に周囲の地図を映し出して、さらにその上に小さな点を表示する。

 投下された〈工具箱〉の位置だ。

 今夜、僕とコディには、市警のパトロール無人機と似たサイズの小型無人機が十数機ずつの割り当てで用意されていた。上部についた二重反転のローターを回して静かに飛ぶ無人機で、その角張った見た目から〈工具箱〉という愛称でもっぱら呼ばれているものだ。僕らにとって〈工具箱〉は上空からの目と耳であり、そのコンパクトさから屋内に随伴させることも可能な援護バックアップでもある。

「投下完了」と報告する僕に、コディは「ポジションに先回りさせておいてくれ」と短く指示を出す。

 上空の高い位置に陣取り、作戦が展開されるエリアの全体を見張るもの。もう少し近づき、建物の側面を見張るもの。付近で待機し、僕らの突入に随伴するもの。初期配置のポジションは事前にデータを作成しておいた。そこへ向かうよう、ハンドサイン――握った左手から人差し指と小指だけを伸ばし、曲げたままの中指と薬指を親指で叩く――で命じる。〈工具箱〉もまた群体としてのアルゴリズムを備えているから、人間からの命令は大雑把で構わない。あとはそれを元に、〈工具箱〉たちが行動を調整する。つまり、がどの位置につくか、ということは、たちの相談に任せておけばいい。

 大抵の場合、〈工具箱〉が十数機もあれば、十分な支援を得ることができた。僕もコディも、無人機の部下を指揮しているようなものだ。今の時代の特殊部隊員は、無人兵器の指揮官という側面が大きい。

 そもそも、これだけの数の〈工具箱〉を投入しているからこそ、僕ら二人と客人であるメレディスだけで倉庫に踏み込むことができるのだ。しかしそれでも、通常より少人数であることに変わりはなく、その分リスクが高いことも間違いない。

 そうこうしているうちに、目的の倉庫が近づいてきた。

 SUVが徐々にスピードを落とし、数メートル手前で停車する。頭上のどこかを飛び交う〈工具箱〉が、付近に動く物はないことを伝えてくる。

 僕らは車両を降りて、移動を開始した。ライフルを構えながら、足早に、闇夜に紛れるように。

 それでも辺りはとても静かだった。

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