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 秘書に連れられて行った先は、高層階の広い会議室だった。

 中央のテーブルは楕円形で白く、その周囲に肘掛け付きの椅子が並んでいる。部屋には大きな窓があり、その傍に立つ大柄な中年のビジネスマン――モーガン・リヴィングストンは、外を眺めながら僕らを待っていたらしい。

「予定が詰まっているので手短にお願いできるかな? そもそも警察との窓口は別の人間のはずだが」

 そう言いながら椅子の一つに腰掛けるリヴィングストンの雰囲気に、僕はどこか手強そうな印象を受けた。目つきも鋭い。撫で付けた髪はダークブラウン。

「実はある犯罪組織を捜査する過程で、傍受した通信の中にあなたの名前が」

 そう告げたミアに、リヴィングストンは困惑の色を浮かべた。

「私個人の? それも昨夜の事件と何か関係が? なんでも犯人たちは、私のオフィスを荒らしていたそうじゃないか。今朝会社に来てたまげたよ」

 そこで僕は、彼こそが二十七階の北側にオフィスを持つ部門マネージャーなのだと理解した。きっと隣で黙って立つコディも、気づいているはずだ。

「現時点ではなんとも……。もし関係あるとすれば、あなた個人が狙われている可能性もあります。ところで、会社がテロの標的になったことについて、何か心当たりは? あなた個人としてはどのようにお考えですか?」

 リヴィングストンは少し考え込んでから、おもむろに口を開いた。

「多国籍企業体を国家の解体と騒ぎ立てる連中もいるが、あくまで弊社の事業は、世界中の人々の生活を豊かにするためのものだ。個人的な見解を言わせてもらえば、敵視されること自体、理不尽としかいいようがない」

「十年前、アフリカのシザロ共和国では、首都で展開していた当時のデュボワ社の無人機がハッキングを受け、多数の市民や訪れていた外国人が犠牲になっています」

 ミアのその発言に、急に相手の表情が険しくなる。

「事業批判かね? 当時のデュボワ社もハッキングを受けた被害者で、そもそも合併前の話だ」

 相手に向けて堂々とした態度を崩さないミアに対して、僕は徐々に好感を抱き始めていた。誰でも仕事熱心な人のことは、嫌いではない。

 ミアは質問を続けた。

「ちなみに昨夜はどちらに?」

「昨夜は会社のサイバーセキュリティのチームとの会合が延期になって、早めに家に帰ったよ。予定が直前にキャンセルになっていなければ、間違いなく私も人質になっていた……。ところで、半年前の我が社へのサイバー攻撃、あれと今回の件は関係がありそうかな?」

「ハッキングの犯人は逮捕されて国内の愉快犯だったと聞いています。その可能性は低いと、私は考えています」

 そこでリヴィングストンは自分の腕時計に視線を落とした。彼の手首には、見るからに高価そうな品が鎮座していた。

 ミアはさらに訊ねる。

「ところで今はどのような事業の担当を?」

「医療分野だ。脳神経のリワイアードと呼ばれる手法のための機材開発などを、我が社でもやっていてね。先進的な事業への投資は、会社に先進的というイメージをもたらし、先進的なイメージは更なる投資を呼び込むことに繋がる。今日もこれからナノマシンのラボに顔を出すところだ」

 そしてリヴィングストンは、そろそろ時間なのでこの辺にしてくれと言って立ち上がり、率先して部屋のドアへと向かった。忙しそうだなと、僕は率直な感想を抱いた。

 部屋を出ようとするリヴィングストンの背中に、ミアが声をかける。

「あなた個人に護衛をつけます。会社にも連絡したとおり、ちょうど今、下に待たせています」

「それなら聞いている。必要とも思えないが、まあ好きにやってくれ」

 そうして僕らは全員で揃ってエレベーターに乗り、一階まで降りて外へ出ると、そこでは確かに一人の男が待っていた。

 路肩に停まっている黒い車にもたれかかる、若いアフリカ系の男。服装は地味なスーツ。ミアが、ポールと呼びかけると、その男は恭しく黒い車の後部座席のドアを開けた。ここだけ見れば護衛というより専属の運転手に見える。しかしポールと呼ばれた男は、相当な量の筋肉をつけていることが服の上からでも見てとれた。実は身辺警護のプロなのかもしれない。

 リヴィングストンはそのままミアと黒い車の傍まで行くと、ポールと二言三言何かを話してから、後部座席に乗り込んだ。ポールも運転席に収まる。

 その光景を、僕とコディは少し離れて眺めていた。

 やがて黒い車が走り出す。リヴィングストンと言葉を交わしている最中、ポールは一瞬だけ僕へ妙に鋭い視線を向けた――そんな気がした。

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