第10話 【まじかるの理(ことわり)】

 掌(蚊がついてた、ばっちぃ。)をチラシのまだ綺麗なところでフキフキする。

(おっと、たかがチラシとはいえ他人様の物だった。)


「汚してしまって、申し訳ありません。」

 その付いた箇所を畳んで隠すようにして、お返ししますとばかりに光秀に差し出す。


「…大したものではないので、お気になさらず。」

 笑顔を崩さなかったのは流石である。

 だが、光秀は極力触りたくないのだろう、チラシの端を指先で摘まむと、さっと 丸めて応接室の隅に置いてあったゴミ箱に放り投げた。


(ナイスシュート。)

 チラシは綺麗な弧を描いてゴミ箱に収まった。

 光秀が若干ドヤ顔気味なのがムカついた。


「ところで、先程の発光の件ですが、すぐ調べますので、少々お待ちください。」

 そう言って、光秀はタブレット端末をどこからともなく取り出した。

 タッチペンのようなもので操作すること暫し。

 やがて、何かを納得するかのように頷き、こちらに向き直った。


「どうやら、山城様は精霊契約を交わしたようです。」

(え、そんなあっさり出来ちゃうものなの?)

 バナナの精霊とかであろうか。

「あなたの得た能力は【まじかるの理(ことわり)】と呼ばれるものです。」

(まじかるばなな?)

 昔、クイズ番組でそんな単語を聞いたのを思い出した。

 チラチラとゴミ箱の方を見ていたので気づいたのだろう。

「ちなみにバナナは関係ありません。」

 言い切られた。

(バナナがおやつに入るかどうかも、はっきり言い切ってみやがれコンチクショウ。)

 …別にこだわりはないのだけれど、妙にバナナに思考が引っ張られる。

 やはり、何がしかバナナに関わる契約に絡んでいるのではなかろうか。

 とはいえ、光秀は明確に否定した。

 なら、バナナの件からは離れよう。

 食べてないけど、もうお腹いっぱいである。


「ところで、その精霊契約の内容もそうですけど、契約相手って何の精霊ですか。それと【まじかるの理(ことわり)】とは何ですか?」

 だって、【まじかる】って【魔法】って意味だよね。

 そして【理】とか、なんかチートなイメージ満載だと思うのは自分だけじゃないよね。

 【まじかる】という単語を聞いてから期待感が止まらない。

 お相手の精霊様に関しても、さぞやご立派なお方なのであろう。


「精霊契約は秘匿性の高いものなので、あまりお教えすることは出来ないのですが…。そもそも対象が不明のまま契約とか普通有り得ないのですが…。」

 でも、出来ちゃったらしいから仕方ないじゃない。

「神秘性の秘匿とは、言葉にして発するだけでその神秘の力が失われる可能性もあるので申し訳ございません。」

(言えないなら、タブレット見せてよ…。)

「これは、管理側の機密事項も表示されているので、ご容赦ください。」

 油断できない相手である。

 バナナに引き続き、目線を読まれていたようだ。

「なら、【まじかるの理(ことわり)】は何故教えていただけたのですか?」

「山城様に一つご忠告です。精霊と契約していること自体を隠すことが一般的です。他者に情報を与えることの不利益を避けるという意味でも、こちらから明かさず、も入れないことをお勧めします。」


 誤魔化してきたうえに、こちらがこれ以上探ろうとするのを牽制してきた。

 これは、絶対何かを隠そうとしている。

 そう、確信した瞬間だった。


「ちなみにバナナと精霊契約は結べない筈ですが…。」

 なにか奥歯にものが挟まったような言い方をする。

「まあ、バナナに関しては置いておきましょう。」

 勝手に話し始めて、勝手に話を締められ、おいチョトマテな気分になる。

 それに先程は関係ないと言っておきながら、なぜここで引き合いに出すのか。

 話を逸らすために話題に出してきたのだろうが、妙に気になってしまった。

 もう、バナナから離れたいのに気になってしまうではないか。

 あー、逆にバナナ食べたくなってきたよ。


 そのあと、【まじかるの理(ことわり)】については一応の説明をしてもらえた。

 光秀が、またドヤ顔で説明始めたので簡略化する。


 【まじかる】については、謎が多いらしい。

 過去に数例あったらしいが、いずれも能力がまちまちでしかも安定しなかったらしい。

 いずれも【才】とか【達】止まりで、【理】どころか【極】を得た者はいないという。

 新しく未知の単語が出てきたので、それも聞いておいた。

 どうやら、精霊契約で得られる能力には4段階あるようで、下から【才(さい)】【達(たつ)】【極(きわみ)】【理(ことわり)】となる。


【才】:その才能を開花させる。

(魔法使いであれば、普通に魔法が使えるようになるみたいな解釈でいいのかな。)

【達】:その道の達人クラスの能力を得る。

(魔法使いであれば一流を名乗れるクラスであろうか。)。

【極】:その道を極めし者と呼ばれるほどの能力を得る。

(魔法使いであれば、大魔導士とか大賢者とか言われるクラスではないかと。)

【理】:最高位、その道においては、その他のあらゆる法を超越するほどの能力を得る。

(理というよりは理外の能力っぽい。砂を金に変えたり時間を操ったりするような、一般常識では不可能と思える能力を持つ魔法使いってところだろうか。)


 一応4段階に分けられているが、やはり精霊との相性や本人の資質や努力などが大きく反映されるとのことで、同じ段階でも実力が大きく違ってくる。

 一番大きいのは、経験だそうだ。

 いくら有益な能力を得ても使いこなせなければ意味がないとのことである。

 経験なし=レベル1という理解をすれば納得である。


 まあ、レベル1でも資質的には、4段階評価の1番上なのだ。

 内心、ニヤニヤが止まらない。

 表情が緩みそうなのを必死に取り繕っていた。


 【まじかる】(魔法)、【理】(チート)、これを喜ばずしてなんとするか。


 ただ、ここまで相手に疑念を持ってしまうと、この説明もどこまでが本当でどこからが嘘なのか疑心暗鬼に陥りそうだ。

 聞いていた範囲では、何かを隠そうとしているときの様な雰囲気は感じられなかったので、嘘はないと思いたい。


 それとは別に、ひとつ気になっている問題があった。

 精霊契約の対価である。

 契約したといっても、相手もどんな契約が交わされたのか、それすら分からない。

 とんでもない対価を要求されても応えられずに、魂あぼーんは勘弁して欲しい。

 光秀は、何か知っているようだが、結局は聞き出すことは出来そうになかった。


 説明話が一段落したであろうところで、光秀はさてと言って居住まいを正した。

 少し、雰囲気が変わったことで、こちらも気を引き締める(警戒の度を上げる)ことにした。


「ところで、先程させていただいたご提案について、まだお答えいただいておりませんでしたね。」

(うーん、確か『とある世界にご転生いただきまして、その世界に貢献していただきたい』だったけ?)


 転生はいいとして、貢献って魔王を倒すというような話であった気がする。

 魔法チートっぽい能力を手に入れたみたいだから、多少前向きに考えてもいいかもしれないが…。

 何か隠しているっぽいし、安易に頷くのは躊躇してしまう。


「えと、魔王倒すでしたっけ、全然自信ないです。」

 ここは、即答は避けるべきだろう。

「そうですか。ですが、あなた自身が魔王を倒す必要はないのです。」

 倒してしまってもかまわないのですが、と言ってさらに光秀は続けた。

「勇者がいますので、それに協力するという形でも構いません。」

 魔王がいるなら勇者もいるよ、ってね。

 セオリーである。

 (そっかー、勇者が別にいるなら安心だよね。)

 とは、ならない。

 余計に疑念が深まったではないか。

 勇者が魔王を倒すなら、自分は魔王討伐に必要不可欠な存在ではないことになる。

 わざわざ転生させようとする意図が分からない。

 それに、普通に転生させるなら、こちらの意向なぞ無視して向こうの世界に送り込むとか出来そうなものである。

 (ということは、こちらの同意が必要な何かがある…。)

 そんな、こちらの疑念に駆られ考え込んでいたのをどう解釈したのだろうか。


 光秀は、ポンと手を打つと、良いことを思いつきましたと呟いた後、とんでもない提案を放り込んできた。


「山城様は、2枠ある精霊契約の1枠が決まったことになります。残りの1枠で私と精霊契約を結んで更なる能力強化を図っては如何でしょうか?」


 その提案は、こちらの疑念という名の炎をさらに煽るかのようなとんでもないものであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る