第5話 詐欺を疑う
「差し支えなければ、召し上がってみては如何でしょうか?」
「遠慮しておきます。」
即答した。
独自の食文化があるというのは理解しているつもりではある。
しかし、生前の世界では、人的危害を引き起こしたリアルアーバン熊の殺処分についてすら、「熊ちゃん可哀そうだから」と抗議の声を上げる人もいたのだ。
自分はそこまで動物愛護に関心がある訳ではなかったが、どちらかというと愛嬌のある部類に入ると思われるものを、抗議の声を上げることはしないにしろ食べる気にはならなかった。
「それでは…。」
「その、本題の方に入っていただけますか?」
食べていないのに、もう十分にこの話題はお腹いっぱいである。
これ以上続けると、くまぁの最後の姿が頭から離れなくなりそうだった。
「承知いたしました。」
イケメン青年は、表情を引き締めた。
「申し遅れました。私、せん界管理2等補佐官を務めております。明智 光秀(アケチ ミツヒデ)と申します。」
イケメン青年改め明智光秀氏は、引き締めた表情から一転、爽やかな笑顔で自己紹介をした。
でも、織田信長を本能寺で焼殺していそうなお名前であった。
…。
…。
…。
(あっ、自分も自己紹介を…。)
予想外の名前が出てきたことで、驚き固まっていた。
「や、山城守です」
慌てて自己紹介を返した。
せん界というのがよくわからない。
ただ、このイケメンの名前の方に意識が行ってしまい、問いかけるタイミングを逸していた。
(ある意味裏切者の代名詞みたいな名前だからなぁ…。)
光秀ではなく、小五郎とかだったら、まだそこまで固まらなかったかもしれない。
「ご丁寧に有難うございます。実は山城様のことは既に存じ上げております。」
まあ、そうだろう。
そうでなければ、先程の迎えに参上云々のセリフが、この光秀から出てくることはなかったであろう。
それにしても不思議なものである。
名前を聞く前と後では、受ける印象がガラリと変わってしまっていた。
聞く前は、モヤリとさせられる程に非のうちどころがないイケメン青年という印象だったのに、聞いた後は、その笑顔すら胡散臭い詐欺師という印象が付き纏うようになってしまっていた。
こちらの心情を他所に、光秀は話を続けてゆく。
「何故存じ上げていたかと申しますと、山城様が特別に選ばれた方だからです。」
『おめでとうございます。特別なあなたには抽選で大金が当たりました。』
そんな、迷惑メールやネット詐欺広告でよく見る、そんなフレーズを思い出した。
メール等なら無視で対応できるのだが、現状この光秀を無視することができるだろうか。
仮に無視し続けて、光秀が帰ったとしよう。
そこに行列に並ぶ自分がいる。
この雲の世界の果てしない行列、しかも先程一歩進んだ以外何ら動く気配のない行列にである。
行列は、地平線の彼方まで伸びていた。
仮に、この行列の先に行きついたとしても、満足のゆく結果が得られるという保証は何もないのだ。
ただ無駄に時間を過ごして、最悪の結果にたどり着く可能性も無きにしも非ずだ。
つまりは、少のリスクは覚悟で、光秀の相手をしてうまく現状打破を試みた方がよさそうだということである。
「えっ、特別に選ばれた方ですか…でもなんで自分なんかが?」
とりあえず、話を合わせて、状況を探ることにした。
「ます、周囲を見回して頂けると分かるかと存じますが、山城様はどう思われますか?」
どう思われますか、とは随分抽象的な質問である。
要は、前後に並ぶ魂達と自分の差異を認識させたいのだろう。
そして、褒め殺しをして光秀のペースに引き込もうという算段だろうか。
「死後の魂の行列で、生前の功罪の裁きを待つ順番待ちと思うのですが。」
「概ね、そのお答えで間違いないと存じます。」
「概ね?」
「付け加えるなら、魂の浄化をされたのち輪廻転生することとなります。」
ここまでは、特に問題はなさそうである。
光秀は続ける。
「さて、私が山城様に申し上げた特別という意味、この行列に並ぶ魂と山城様の違いを比べていただければ一目瞭然かと思われますが。」
やはり、そういうことである。
「魂状態か、生前の姿を保っているかの違いですか?」
「その通り、それこそが山城様が特別だと申し上げる理由なのです。」
そこで、光秀は一息つき、一瞬溜めのようなものを作って、次の言葉を発した。
「あなたのような選ばれた特別な方に、素晴らしいご提案をお持ちしました。」
そして、光秀は両手をひろげ、こちらを称えるような所作を示しつつ、さわやかな笑顔でニコリと微笑んだ。
なぜだろう、もはやわざとやっているとしか思えないほどあまりにも胡散臭く感じてしまっていた。
相手の自尊心とか、選民意識みたいなものを刺激して、うまくコントロールしようとしているのが見え見えである。
今回の光秀のご提案とやらの場合は、恐らく人を体よく自分の利益の為にこき使う類のものだろう。
特に、魂等というものが絡む以上、ロクなことになりそうにない。
「つきましては、別室の方へご案内して詳しい説明をさせていただきたいのですが、よろしいですか?」
(ジムショユウドウキタ。)
そう、事務所に、自分達のテリトリーに引き込んで精神的圧力を長時間かけ続け、こちらの判断力を奪い契約書に判を押させる類のアレである。
マルチ商法やカルト宗教団体がよく使う手段である。
不信感は頂点に達した。
しかし、結局はその別室に行くことにした。
断れば、このいつ果てるとも分からない行列に並び続けることになろうからだ。
他に選択肢が無かった。
要は騙されなければよいのだ。
「では、こちらへどうぞ」
自分は騙されないという根拠のない自信を拠り所に、誘導されるがままドアをくぐったのだった。
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