天国への帰還
芦江
最後の独白
自分は、今から人を殺す。一人ではなく、大人数を。
殺意はとてつもないほどある。しかし、これは決して個人的な憎悪のみを理由にして行うわけではない。これが天の導きであり、この行いによって
自分が聖人である必要はなかった。もともとその器ではなかった。確かに、善き行いをすることで自分の望む世界が創造できると信じていた時もあった。
だが、そうではなかった。
人は生まれながらにして
類い稀なる頭脳を持ち、また他者を救うことに幸福感を抱く青年が医者の道を進んだとしよう。その青年は、果たしてそうなるように生まれてきたのだろうか。それとも育った環境がそうさせたのだろうか。
本人にはきっかけとなる出来事があったのかもしれない。だが、そのきっかけすら運命に仕組まれたのだとしたら? これを否定できる者はこの世界には存在しないだろう。
自分は知ってしまったんだ。
自分の運命を。それを仕組んだ存在を。
収まることのないこの殺意も、誰かとずっと一緒にいたいというあの好意も、すべて本当の感情ではなかった。いや、本当ではあった。だが、初めから決まっていたことだった。
失っていた思い出を一つずつ取り戻して、自分の異常さにようやく気付けた。
本当の自分に出会うと、途端に知らない記憶が体の中に入り込んできた。おそらくこの書を作った存在の記憶だろう。あまりにも凄惨で残虐な記憶だ。とても人間の所業とは思えない。他人の記憶の影響か、自分自身の境界線が曖昧になってくる。知らない言語、知らない知識、この小さな体が別物になっていくように感じる。もう自分はこどもじゃない。運命を知ってしまった歯車だ。
凄惨な記憶だが、これからの自分の行動も見えた。そして、それこそが自分自身の最大で最悪な運命だ。
改めて言う。自分は今から人を殺す。これは決して個人的な理由のみで行うわけではない。もちろん、この行いを正当化するつもりもない。自分はれっきとした悪人になる。
だが、自分の行いで世界が救われるのなら、光をもたらす存在が生まれるのだとしたら、自分は喜んでこの身を悪に染めよう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます