『透明人間はスパゲッティで孤独を癒やす』3
「お待たせしましたー。『ひととせ』特製、本日の残り物寄せ集めスパゲッティでーす」
洗面所で手洗いうがいを済ませ、椅子の四人席に座って待っていると、ほどなくして、二木さんがトレイに料理を乗せてやって来た。その後ろには、ジャーマンシェパードっぽい男性も同じようにトレイを持って来ている。
そうしてテーブルに並べられたのは、野菜をふんだんに使った和風スパゲッティと、サラダ。お味噌汁まである。
配膳が済んだところで、私の向かいに二木さん、その隣に男性が座り。
「いただきます」
と、三人で手を合わせた。
「自己紹介が遅くなってしまったが、僕は
サラダにドレッシングをかけながら、男性――永山さんはそう言った。
「あ、こ、こちらこそ、名乗るのが遅くなってしまいまして申し訳ありません。私は、暮縞昏葉と申します」
頭をぺこりと下げ、私も自己紹介する。
「この度は突然にも関わらず、私のぶんまで食事をご用意していただきありがとうございます」
なにかと誰かに謝ることの多い人生だったこともあり、謝罪の言葉は慣れた様子で口からするすると出ていった。
「それは構わない。二人分用意するのも三人分用意するのも、大差ないからな。なんだったらおかわりもあるから、遠慮なく食べてくれ」
「あ、はい、ありがとうございます」
お礼を言って、スパゲッティを一口食べる。美味しい。すごく美味しい。味つけ自体はシンプルで、いっそ懐かしささえ感じるほど親しみやすいのに、どうしてこんなに美味しく感じるのだろう。野菜がたくさん入っているから? それとも、麺の茹で具合が絶妙だから? お腹が空いていたこともあり、余計に箸が進む。まかないでこれだけ美味しいのなら、通常メニューはどれだけ絶品なのだろう。
「それで」
二木さんが言う。
「さっき、暮縞さんは自分のことを透明人間――影が薄くて他人から認識されないって言っていましたけど。俺には最初から、道路の真ん中で蹲っている貴女が見えてたじゃないですか。暮縞さんのそれは、対象を選べたりするものなんですか?」
その問いに、私は首を横に振る。
「いいえ、本来は一人の例外もなく私を認識しづらくなるはずなんです」
そうして食事をしつつ、私は説明をすることにした。
まずは、私の特性について。
それから、ここへ来るまでの経緯について。
あくまで客観的に。感情的にならないよう心がけながら、淡々と事実を並べた。
「……とまあ、そんな感じで、今に至ります」
話しながら食べていた割に、私のお皿の上にあるスパゲッティは残り僅かになっていた。二木さんも永山さんも相槌のタイニングが絶妙で、話も食事もすいすい進んでいたのだ。
「君の特性も経緯も、理解はした」
一足先に食べ終えた永山さんは、水を一口飲んで、続ける。
「とはいえ、普段からそんな感じであれば、出勤したところで仕事にならないだろう? どうにか在宅勤務に戻すことはできないのか?」
「ごもっともなご意見なんですが、この特性を説明したところで、理解を得られるかどうか……。今の上司は県外出身の人なので、余計に説得の難易度が高いんですよね……」
透目町の特異性について、隣接する市町村であれば、町内ほどではないにしろ、理解してもらえる場合もある。幸い、私の職場は、透目町の隣に位置する市にあり、理解は得やすい環境と言えよう。だが、上司が県外出身では、なかなかどうして難しい。
「だけど、元々は入社してすぐ在宅勤務になったのだろう?」
「あ、それは当時の採用担当の中に透目町出身の人が居て、いろいろと取り計らってくれたんです」
「なるほど。その担当者の名前は、覚えているか?」
「え? は、はい。
「夜野……ああ、あのデザイン系の会社か。それなら、そうだな……
永山さんは顎に手を当て、記憶を辿るように一瞬目を閉じたかと思うと、私の勤め先に居る人間の名前をぽんと言い当てたではないか。
「そ、その佐渡嶋さんが、私の上司です」
「ああ、それなら透目町への解像度が低くて当然だろう。あの人は基本的に内勤で、滅多にそういう現象には立ち会わないだろうからな」
永山さんは苦笑しながらスマホを取り出し、なにやら操作し始める。
「君の特性について、僕にできることはなにもない。が、それ以外の助けにならなれそうだ。少し席を外す。失礼」
言うが早いが、永山さんはそそくさと部屋から出て行った。少しして、微かに階段を上る足音が聞こえてくる。
「それ以外って……え? え?」
混乱する私を余所に、スパゲッティを食べ終えた二木さんは、
「たぶん、年賀状を確認しに行ったんですよ。スマホに入ってる連絡先より、貰ってる年賀状のほうが多いから」
と、よくわからない補足をして、立ち上がる。
「俺、おかわりしに行くけど、暮縞さんは? おかわりする?」
「ちょ、ちょっとだけ欲しいです」
「ん。お皿貰いますね」
私がお皿を持って立ち上がるより、二木さんが私のお皿も持って行ってしまうほうが早かった。待ったをかける隙さえなかった……。
「お待たせしましたー。量、これくらいで大丈夫ですか?」
かと思えば、戻ってくるのも早かった。
普段、飲食店でこれだけ早く提供を受けることに慣れていない私は、内心おっかなびっくりしつつ、
「あ、ありがとうございます」
と、お礼を言うのがやっとだった。
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