3-2:恐怖の予言

 再び喫茶店で会合を開いた。

 現在時刻は午後の二時。今朝の『白色事件』を憂慮した結果、今日一日は学校を休んでしまっている。遅刻して残りの授業だけ出るのも億劫で、またこの店に戻ってきた。


「まずルールの説明だが、基本的に俺たち四人は『仲間同士』では相手の精神を操作することはできない。だから宍戸みたいな奴を危険だと感じても、動物たちにあいつの行動を制御させることは不可能なんだ」


「そうなのか」と脱力する思いで直斗は呟く。


 病院であの男と会ったあと、動物たちに命じて相手を封じたらどうなのかと考えがよぎった。しかし、それが出来ないルールなのではどうしようもない。


「でも、実は例外があることがわかった」

 気落ちしそうになったところで千晶が声を高める。


「たしかに、他の誰かに操作を加えることはできない。でも、『自分自身』にだったら心を操作するよう動物どもに頼むことは可能なんだ」

「どういうこと?」


「まあ、わからないだろうな。普通はそうだ。今まで誰も、自分自身の心を改造しようとか考える奴はいなかった。そんな馬鹿なことを思いつくのは、あの宍戸ぐらいなもんだ」

 病院で見た姿が頭をよぎる。


「宍戸は、自分自身の心を『動物のもの』に変えてくれと頼んだんだ。もちろん三回目のルールみたいなものとは別で、どちらかというと『移植』みたいなニュアンスでな。自分の意識はそのままにして、野生のコンドルの物の考え方や価値観みたいなものを自分の中にインストールするよう、ボッティチェリに依頼したんだ」


 少々難しい話だった。


「普通だったらリスクが高すぎて誰も試そうとしないよな。もちろんあいつも、いきなり自分自身で実験したわけじゃない。何人かの人間を実験台にして、『人間としての知性を持ったまま、動物特有の感性や感覚を得られるかどうか』というのを試してたんだ」


「それで、どうなったの?」


 千晶はゆっくりと首を振った。


「さあな。あいつは一人で悦に浸って、『新しい世界が見えた』とかはしゃいでただけだ。あいつからまともに聞き出せる自信もない」


「そうだよね」と呟き、頭をうなだれさせる。


 出来ればずっと、あの病院の中に隠居していて欲しい。





 けれど、物事は動き出してしまったようだった。


 今回の舞台となったのは、鉄道の駅だった。


 午前七時の、通勤時刻の真っ最中のこと。ホームが東京行きの電車を待つ人々でごったがえす中で、突如異変は起こった。


「これから破滅がやってくる」

 ホームにいた男の一人が、唐突に大声で叫び始めた。


 黒いスーツを着た会社員風の男で、年齢はまだ二十代半ばくらい。男はおもむろに両腕を高らかに掲げ、ホームの中を激しく駆け回る。


「この世の中には、荒ぶる神たちがいる! 彼らは人間に激しい怒りを抱いている。これから彼らは人間の中に降り立って、その姿を現すだろう。人が獣に変わる時、黙示録の時代が訪れる」

 男は大声で喚き散らし、『予言』めいた言葉を人々に訴えた。


 男はすぐに取り押さえられ、ホームから連行されていった。


 その時点では、単なる『ストレス社会の弊害』という程度で片付けられる事件だった。


 だが、その二時間後に事態は大きく動き出した。


 町の中では、ちょうど市民団体による行事が行われていた。秋の運動会シーズンなので、地域の老人や主婦層を多く招いて、運動公園内で競技大会が開かれていた。


 そこに参加していた数名が、突然地面に這いつくばった。


 一瞬糸の切れた人形のように動かなくなると、彼らは次々と『動物の鳴き声』を発し始めた。犬やキツネや牛など、動物の種類は様々。単なる演技などではなく、周囲の人々が止めようとしても彼らはまったく反応せず、会場内で暴れ続けた。


 原因は不明。狐憑きを思わせるヒステリー症状かとも疑われたが、同じく時間が経過すると彼らはあっさりと正気に戻った。


 駅で騒ぎを起こした男も、すぐに我に返ったようだった。


『朝に口にした言葉には、どんな意味があったのか』


 担当した医師からはそう問われたらしい。


 だが、男は答えられなかった。

 何が起こったのかは、誰も説明が付けられなかった。





 千晶はほとんど駆け足になっていた。学校が終わるなり駅前通りの喫茶店へと向かっていく。直斗も彼の後を追い、昨日と同様に『CLOSED』と看板のかかった扉をくぐる。


 カウンター席には既に榊が座っていた。彼は居心地悪そうに背中を丸め、じっとコーヒーカップを両手で包みこんでいる。


 今日は他にもう一人先客がいた。千晶と直斗が入ってくるのを見ると、奥のテーブルから軽やかに手をかざしてくる。


「やあ、この店で会うのは久し振りだね」

 テーブルの上で頬杖をつき、空いた方の手をひらひらと振ってきた。隣の千晶は舌打ちをし、店の奥へと踏み行っていく。


「お前、何がやりたいんだ」


「まあ、落ち着いて、まずはホットココアでも飲みなよ。ココアは疲れた体や心のモヤモヤを温かく溶かしてくれる。クレバーな人生には欠かせない飲み物だよ」

 そう言って、カップを口元に運ぶ。


「ちょっとした心境の変化だよ。僕は正直、君たちの言う『動物の神格化』のプランには賛同できなかった。でも、アイデアを思いついたから復帰祝いに僕からも一つ協力してみようと思った次第さ」

 ココアのカップをテーブルに置き、ようやく千晶の方へと両目を向けた。


「効果は抜群だと思わないかい? 僕が起こした事件によって、きっと人々は不安を感じたはずだ。突然何人もの人間が動物みたいになって暴れ出した。それを見たら、日本人ならきっと『祟り』って言葉を連想するはずだ。当然、裏には神仏の存在を疑うだろう」

 宍戸は両腕の肘をテーブルにつき、組んだ手の上に顎を乗せる。


「勝手なことはするなって、言っただろう」


「あの施設にいる内に、僕は気づいたんだ。なぜ僕は君たちのプランが気に入らないと感じたのか。それはやはり、『効果の薄さ』なんじゃないかと思ったんだよ。あんなご利益や迷信を演出したところで、人は動物を神様として崇めるようになるとは思えない。専門家の榊先生がついているのに、随分とお粗末な話じゃないかと思ったんだ」


 カウンター席の榊が、小さく肩を震わせた。


「信仰を作り出す上で、何よりも重要なファクターとなるのは『畏怖』に決まってるじゃないか。ほんの少しでも間違えば、動物たちが恐ろしい祟りをもたらす。そういう認識を生み出すことこそが、『彼ら』を神としてシフトさせる絶対条件じゃないのかね」

 宍戸は右手を顔の前で振る。千晶は一歩詰め寄ろうとする。が、「まあ、そう怒るなよ」と宍戸は軽くいなしてきた。


「なあ、君もそう思うだろう?」

 宍戸が水を向けてくる。


「僕は君の意見も聞きたいな。この町に来たばかりの君だったら、新鮮な物の見方もできるかもしれない。人類は今後、どう『彼ら』と付き合うべきなのか。良かったら、ゆっくりココアでも飲みながら語り合おうじゃないか」

 言いながらカップを手に取る。


「相手にするな」と千晶が声をかける。

 千晶に従う形で入口の方へと後退していく。宍戸は尚も笑みを浮かべていた。


 何から何まで、嫌な予感しかしない。

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