第10話 火傷の痕
艶やかなクセのない金の前髪が、顔にかかっている。
長いまつ毛に縁取られた相貌は燃え上がる夕日のような赤色。高い鼻梁と、薄い唇が、無駄なものを全て削ぎ落としたような精悍な顔立ちの、正しい場所に正しく並んでいるという印象を受ける。
顔にただれた跡が残っているけれど、それを差し引いても驚くほどに美しい顔立ちの方だ。
顔立ちだけではなくて、すらりとしたけれど逞しい首や、長い腕や、足。
九尾とは、尾が九本ある美しい狐なのだという。その血を受け継いでいるから、由良様も美しいのだろうか。
「……こんな顔を、見せてしまって、すまない。恐ろしいだろう。元々俺は、容姿には自信がある方だったのだが」
「シロとクロが、由良様はオシャレなのだと言っていました」
「まぁ、否定はしない。着飾るのは好きだった。顔立ちにも自信があったからだな。傷をおってからは、仮面で顔を隠している。見られたものではないだろう」
由良様は悩ましげに目を伏せる。
伏し目がちになると、長いまつ毛が頬に影を落とした。
憂を帯びた表情が由良様の美しさを一層引き立てている。顔に傷がない時はもっと美しかったのだろうか。
今でも十分美しいと思うけれど、傷の痛みはご本人にしかわからないものだ。
辛いから、治したいから、神癒の力を持つ八十神家の娘を嫁にと望んだ。
「……私は、由良様が素敵だと思いました。とても、美しいです」
「ありがとう、薫子。君にそう言ってもらえるだけで、俺はずいぶんと救われる」
「本当にそう思っています」
私は膝の上に置いた自分の手を見つめる。
何の力も持たない、無力な手だ。
由良様に、花嫁にと望んでいただいて嬉しいのに、無力な自分を自覚するとたまらず逃げ出したくなってしまう。
役に立てないことが、苦しい。
「由良様、私は」
「薫子。君が神癒の巫女ではないという話は、もうしない。俺は君がいい」
「ですが」
「元々容姿に自信があっただけに、顔の傷が嫌で仕方なかった。だから、仮面で顔を隠していた。……だが、薫子が仮面をつけた俺との結婚を承諾してくれて、嫌がらず、共にいてくれて、俺は自分を情けなく思った」
由良様は眉を寄せて目を閉じると、深いため息を吐き出した。
「この顔を見ても、君は怯えない。俺にはそれで十分だ。……薫子、俺と共にいてくれるだろうか」
「……っ、はい、由良様……私でよければ。……よろしくお願いします」
伏せていた目を開いて、由良様は私をまっすぐに見ると、微笑んだ。
それから、軽く床を指で叩くと、私たちの間にある茶器と皿の乗った盆が消える。
しとしとと、雨が降りつづいているのに、爽やかで涼しい風が頬を撫でた。
由良様の手が、私の膝の上にある手に触れる。
大きくて骨ばっていて、たおやかさもあるけれど男性の手だ。
私の手よりもずっと大きいそれが私の手の甲をそっと包むようにして、それから指の一本一本を絡めるようにされる。
上から覆い被さるように握り込まれて、手のひらを親指の腹で撫でられる。
自分のものではない体温が触れて重なり合う感触に、私は目を伏せた。
「薫子」
名前を呼ばれて伏せていた目をあげると、由良様の赤い瞳に、羞恥に頬を染めている私の顔が写っている。
鏡なんてあまり、見ることがなかったけれど、婚礼のために綺麗にしてもらった私は、黒髪で黒い瞳をしたありふれた姿をしていた。
自分に自信なんて少しもなかった。
日々を過ごしていくのが精一杯で、あの家で静かに老いていくのだと思っていた。
時々、悲しくなった。
庭にすみれが咲いていたり、蝶がひらひら舞っていたり、ふきのとうや茗荷が顔を出したりすると、その時は少し嬉しかった。
服があって、眠る場所があって、そんなささやかな暮らしを送っていけるのなら、それで満ち足りている。
十分だと、考えていたのに。
「……口づけをしたい。君と」
私はこくりと頷いた。
恥ずかしくて、きつく目を閉じる。
誰かに求めてもらえる。私を、見てもらえる。私の名前を呼んでもらえる。
それがこんなに幸せなことなんて、今まで知らなかった。
「緊張、している?」
「はい……はじめて、ですので」
「俺もだよ、薫子。俺たち鎮守の神は妻と定めた者以外とは交わらない。俺も、君と同じ」
由良様の手が、私の頬に触れるのがわかる。
衣擦れの音が耳に響いて、由良様が私のすぐそばにいるのを感じる。
「何せはじめてだから、何か、間違えてしまったらすまない。もし嫌なことがあったら、俺を突き飛ばして欲しい」
「……嫌なこと、なんて」
何もないと言う前に、私の唇は柔らかいものによって塞がれた。
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