第2話 復活のカルロ
オルランドさんからカルロくんに会うことを打診されて快諾した僕は、予定の昼過ぎまで手持ち無沙汰だったので、中庭で槍を振って過ごしていた。
怪我をして槍を握れなかった期間が1週間ほどあったので、流派の「型」が崩れていないかの確認をしていた。
怪我が完治してからは、細くなった筋肉の補強の鍛錬を優先していたので、槍を本格的に振ってるのはここ数日のことだった。
何回も型を確認するように、同じ動きを繰り返していると、側で僕の鍛錬を見ていたビーチェが話しかけてきた。
「うーむ、何度見ても惚れ惚れするような動きじゃのう…シリュウの槍は。これも流派の型なのかや?」
「そうだよ。これは一の型の「連」だね。突、斬、振り落とし等の基本の動きを連続して放つ技だよ。僕の型は突、斬、振り落とし、斬、突、突の六連だね」
「僕の型は?人によって型が違うのかや?」
「そうだね。じいちゃんに教わったのだけど、この一の型は基本動作を自分が動きやすいように自分で組み合わせるんだ。僕は色んな動きを組み合わせてるけど、突だけで完結させる人もいるらしい。じいちゃんは突と斬で八連だね」
「ほぇー。自分で型を作るとは面白い流派じゃのう」
「そうだね。僕とじいちゃんの流派、「ドラゴスピア琉」は基本の動きを大事にして、自分で型を派生させるんだ。だからなかなか複雑な動きや細かい技術はないけど、簡潔な型ゆえに、自分の膂力や瞬発力を活かせるんだ」
「…シリュウほどの膂力と瞬発力なら、相手の武技など風の前の塵芥じゃろうのう…」
「ははは、だから流派の型はそれほど難しくなくて、流派の鍛錬はむしろ身体能力を上げる基本鍛錬がほとんどだよ。難しいことを簡単にするより、簡単なことを凄いものにする、じいちゃんの口癖だよ」
「かっかっか!違いない!」
僕とビーチェが流派談義に華を咲かせていると、ブラン・サザンガルド家のメイドであるシュリットさんが大きな声で僕らを呼んだ。
「お嬢様ー!シリュウ様ー!昼食のご用意ができましたよー!」
シュリットさんの掛け声に驚いた。
もうそんなに時間が経っているのかと。
「もうお昼か、ビーチェと一緒だと本当に時間があっという間だよ」
「それは妾もじゃよ。こんな何もせずとも時間が過ぎるのが早いのは、シリュウといる時だけじゃ…」
ビーチェが頬を染めながら僕に向かってそう言う。
僕はドキッとしつつも見つめ返す。
でも遠目にシュリットさんから「またやってるよ、あの人達」的な空気を感じたので、ビーチェの手を引いて、早々に食堂へ向かった。
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食堂でブラン・サザンガルド家の家人と昼食を取った後、カルロ君の準備ができたようで、オルランドさん、アドリアーナさん、ビーチェと家令のハーロックさんと共にカルロ君の部屋の前に来た。
オルランドさんが部屋をノックすると、僕より年下だと思われるメイドさんが出てきて、会釈している。
カルロ君付きのメイドさんだろうか、半月ほどここにいたけど初めて見るメイドさんだった。
「シリュウ殿、カルロの準備ができたようだ。では入ろうか」
オルランドさんに促されて、部屋に入った。
部屋の中は、僕が当てがわれた部屋とほとんど同じだった。
ただ違うのは、部屋の中に浴槽や便所、調理台や調合台などが置かれていた。
部屋の外に出られないカルロ君が、この部屋で生活を完結できるようにしているのだろうか。
部屋の奥、窓際に置かれたベッドに体を起こしている体勢をしている金髪の少年がいた。
「カルロ、調子はどうだ?こちらはシリュウ殿だ」
オルランドさんが少年に声をかけた。
するとその少年は
「大丈夫です!今朝からはすこぶる調子が良いです!シリュウ様に会えると思うと、寝てられません!」
めちゃくちゃ元気良く答えた。
ついこの間まで死の毒に蝕まれていたとは思えない。
驚きつつも、自己紹介しないといけないと思ったので、僕は名乗ることにした。
「カルロ君、初めまして。シリュウ・ドラゴスピアです。お姉さんの婚約者にもなりました」
「父上より聞き及んでおります!はじめまして!カルロ・ブラン・サザンガルドです!12歳です!あと僕に敬語は不要です!シリュウ様のようなお人が姉様の旦那様に…!弟として誇らしいです!」
「あー、ありがとう。そこまで言われるとこそばゆいよ。僕なんてまだまだ未熟者だからね。それと様付けも大丈夫だよ?」
「そんなことありません!エンペラーボアを単騎で討伐など、Sランク冒険者に比肩するご活躍!…様付けがダメなら義兄様とお呼びしても?」
そう言うカルロ君の目はキラキラしていた…
義兄様とはこれもまたこそばゆいが、無垢な少年の懇願は断れない。
「まあ、カルロ君は僕の義弟になるからね。いいよ」
「あぁ…!ありがとうございます!義兄様!」
カルロ君からは憧れの眼差しが止まらない。
初対面のはずなのに好感度が限界突破している。
僕が困惑しているとアドリアーナさんが説明してくれた。
「シリュウさんのおかげでカルロは命の危機を救われたし、活力剤のおかげで日常生活を1人で送れるようになったのよ?それはもうカルロにとってはシリュウさんは英雄なのよ。甘んじて受け入れてね?」
アドリアーナさんからにっこりと笑顔を向けられる。
無言の圧力とはこのこと
甘んじて受け入れようか。
「それにしても姉様は凄いです!いつか大きな事を成すとは思っていましたが、義兄様のような人と結婚するなんて!流石は姉様です!」
おっと カルロ君の中ではビーチェの好感度も限界突破していた。
「ふふーん!まぁ妾はほどの器量の良さなら当然のことよ?」
ビーチェは大きな胸を張って、ふんぞり返っている。
かわいい。
カルロ君と僕たちが元気そうに会話をしていると、部屋のどこかにいたのであろう、魔獣専門家でカルロ君の毒を治す活力剤を調合したデフォナさんがのっそりと会話に入って来た。
「いやぁ~「テトロド」の毒に段々と打ち克っていくカルロ君の様子は良い研究の資料となりそうです!これは次の学会に発表する題材にしましょう!やはり生の資料はいいですなぁ…ゲヘヘ」
完全に危ない人だ。
絵面だけ見ると、26歳の女性が12歳の少年を見て涎を垂らしている。
完全に通報案件である。
この人そのうち領邦軍に捕まるんじゃないか。
いやここ領邦軍の本部じゃないか。
そしてそのトップも苦笑いしながらも止める様子はないので無罪放免である。
仕方ない。
この人が活力剤を調合しなければ、カルロ君の命はなかった。
カルロ君の毒を突き止め、解決策を提示し、調合素材を魔獣から剥ぎ取り、活力剤を作成し、経過観察までしている。
エンペラーボアを狩っただけの僕とは違い、カルロ君を救った真の英雄なのだ。
「デフォナさんのおかげで良くなりました!本当にありがとうございます!」
カルロ君もデフォナさんにすっかり懐いているようだ。
「いやいや私は魔獣の研究をしているだけですからね~。また魔獣の毒に侵された時は呼んでくださいね!」
非常に物騒なことを笑顔で言い放っているが、それでも笑って許される程にはデフォナさんはブラン・サザンガルド家に馴染んでいた。
カルロ君はデフォナさんにお礼を言った後、僕に質問をしてきた、
「そういえば、義兄様はいつまで当家にご滞在されるのでしょうか?姉様と結婚されるのであれば、この家に住むのでしょうか?」
僕のこれからのことについてだった。
僕が答える前に、オルランドさんが代わって答えてくれた。
「あ~カルロよ、実はシリュウ殿は皇国軍に仕官するつもりでな。まず皇都セイトに赴いて、結婚の了承を皇家に貰いに行くのだ。そこで皇国軍に仕官するそうだ。これからどうするかは、皇国軍に仕官して、配属先に拠るだろう。もちろんサザンガルド基地に配属となれば、我が家に住んでもらうがな」
「なるほど…では姉様は?」
「妾はシリュウに付いていくつもりじゃ。セイトだろうがノースガルドだろうがのう。このことは父様にも母様にも了承を得ておる」
ビーチェがそう答える。
これは以前から話し合った結果だ。
僕としてはもちろんずっとビーチェと共に過ごしたいので、付いてきて欲しかった。
ビーチェも同じ気持ちで、2人揃ってオルランドさんとアドリアーナさんにお願いをした。
最初は「正式に結婚をした後でも良いのではないか?」と難色を示したオルランドさんだったが、アドリアーナさんの「何が問題なの?」と圧に負けて了承してくれた。
アドリアーナさんはすぐに快諾してくれただけではなく、オルランドさんも納得させてくれたので、なぜそこまで応援してくれるのか聞いたところ
「女の幸せは、好きな男の人とずっと一緒にいることだと、私は思っているのよ。子の幸せを願わない親はいないわ。だからベアトリーチェの一番の幸せを私は応援しているだけよ」
と言ってくれた。
アドリアーナさんの親としての心遣いに僕は感嘆した。
ビーチェが僕に付いて行くと宣言すると、カルロ君は寂しそうな顔になる。
「そうですか…では寂しくなりますね…」
ビーチェがそんなカルロ君の頭を撫でて言う。
「なあに、今生の別れでもあるまいよ。もちろんたまに帰ってくるつもりじゃ」
「そうですね…いつまでも姉様に甘えてばかりはいられません。ブラン・サザンガルド家を継ぐ者としてしっかりしなくては…!」
カルロ君は顔つきを凛々しくし、決意を込めてそう言った。
まだ12歳なのに、境遇を割り切って、気持ちを切り替えられるなんて、なんて大人びた子なんだと感心する。
オルランドさんもアドリアーナさんも、息子の成長に涙していた。
カルロ君の部屋で、各々が雑談に興じていると、メイドさんが部屋に入ってきて、家令のハーロックさんに耳打ちした。
するとハーロックさんが、オルランドさんに耳打ちされた内容を僕らにも聞こえる声で報告した。
「旦那様、我が家に来客があったようです」
「ん?どなたかな?今日は来客の予定はなかったようだが…」
オルランドさんが訝し気に話すも、ハーロックさんの一言で、場が凍り付いた。
「コウロン・ドラゴスピア様が当家に来訪したようです」
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