第23話
破竹の勢いで準々決勝まで勝ち進んできた常磐二高。
博一の存在が宣伝効果になり、今日のスタンドは常磐二高生が押し寄せていた。野球好きの卒業生や学校関係者も応援に来ているようだった。
なるべく顔を見られたくない白那は最前列の端っこに謙一、瑠璃、育美と一緒に座っている。当然、帽子に伊達眼鏡の変装は完璧だ。
「応援が大分増えたなー。すげぇー」
「完全試合とヒロ君のネームバリューが大きいでしょうね。後は夏の甲子園は一際人気があるからかしら」
「それで白那ちゃん。今日のお相手は?」
「謎の商業高校……」
「えっ? それだけ?」
高校野球に詳しい白那なら良い返答があると思った謙一だが、空振り。
代わりに答えたのは瑠璃だ。
「相手は角シード倒して上がってきてるから知らなくても仕方ないよ。番狂わせは高校野球なら珍しくない。それで言ったら常磐二高も同じだよ」
「同じ……同じっすかね?」
謙一は同じと言われて納得は出来なかった。
常磐二高には日本代表経験者の博一が居る。葵高校からスカウトされていた坂本も居るが、博一だけで規格外なのは謙一にも分かる。
実際、まともな投手が居なければ試合にすらならない。
相手校を知っていそうな瑠璃に白那は声を掛ける。
「瑠璃ちゃんから見るとどんな感じなの?」
「突出した選手が居なくても勢いと流れに乗ると怖いのは注目校以外何処も一緒と言えば一緒。大体決勝までは行くけど、そこで負けちゃう印象ある」
どんな感じと聞かれた瑠璃はそう言いつつ、頬を膨らませながら唸る。
「足本君も居るから戦力だけで見たら常磐二高だよね。でも、その戦力差をひっくり返したから角シード倒してる訳で……そう言えば今日の先発は?」
「今日は山本君に投げさせるって博一君が言ってたよ」
「山本君も良いピッチャーだよね。でも、まだちょっと怖い感じがする」
水上高校の練習をずっと見ている瑠璃だからこその意見だった。
ただし、明確な理由はなく、感覚的でアテにならない代物だ。
怖いと言われた白那は試合前にアドバイスした作戦を思い出す。
——困ったら緩い球をど真ん中。
瑠璃の抱える怖さを加速させてしまいそうだ。
「その辺の怖さは谷村先輩がなんとかしてくれると思う。それに後ろには博一君が控えてるしね!」
「雲行きが怪しくなったら直ぐ交代ってことね」
「そして、そのタイミングを間違えたら駄目。絶対に」
緩く話していた白那の声に力が込められる。
「雲行きが怪しいのなら雨が降る前にやらないと」
真剣な眼差しで投球練習を行う山本を見る白那。
その横顔を見た瑠璃は面白いものでも見つけたように微笑んだ。
「シロちゃんがスタンドに居るのが不思議」
「えっ? なんで?」
「一緒に戦いたそうな顔してる。マネージャー……ううん、監督やってて欲しいなって思っちゃった」
「確かに! 見てみたいなそれ!」
「そうね。顧問は大して詳しくないみたいだし、妃ノ宮ちゃんがやったらどう?」
「いやいやいや! 無理ですよ!」
学校での白那の状況は瑠璃にも話してある。マネージャーもそれで諦めた。
しかし、監督を勧められたのは初めてだ。
博一を筆頭にもう既に顔見知りになっている面々と同じベンチに入り、オーダーや作戦を練る自分を白那は想像する。
口では無理と言いつつも憧れの景色だった。
それこそマネージャー以上にやってみたいと思えた。が、その景色の希望だけを胸に抱えて目の前の試合に集中する。
立ち上がりはどちらも上々で、安打を許しながらも無失点に抑えている。
動きがあったのは四回裏。二死の状況で八番金本が本塁打で先制の一点。
「怖い人のナイスホームラン!」
弾けるような謙一の喜びも束の間。
次の五回表には荒木のお手玉を皮切りに連打を浴び、一点を返され同点に。
一死一、二塁の状況。適時打が出たら逆転だ。
「ここはゲッツー欲しい……!」
そんな瑠璃たちの願いも虚しく制球が定まらず、四球。
瑠璃が頬を膨らませる。
「満塁……今日の山本君コントロール怪しく見える。テンポも悪くない?」
「投球テンポの悪さは元々。でも、コントロールは確かにバラけてる。どうしたんだろう? 初戦はビタビタだったのに」
「もしかすると観客かもしれないわね」
「「観客?」」
「今まで常磐二高がここまで勝ち進むこともなければ、これほどの応援に囲まれるのも初めてなんじゃないかしら? ヒロ君と坂本君辺りは例外としても」
大ピンチの場面、観客の視線が集まるのはマウンド上の山本。
純粋な応援の目もある。だが、何故博一が投げないのか。そんな疑念の視線や良くない雰囲気を山本は感じ取っていた。
「山本君はメンタルが強そうには見えないわね」
「まぁ……そうですね」
「ここで足本君に交代?」
「私だったらそうする。でも、博一君なら」
白那の予想通りに山本が続投。内野陣がその周りに集まり、博一が何かを言うと山本が目を大きく見開く。その後直ぐに帽子を叩かれた。
「あっ、足本君が叩いた」
「多分、顔に出すなって言ったんじゃないかな……?」
一旦、間を置いてからの投球。相手も球がバラけているのを見ている影響で積極的に振ってこない。ボールが先行していたが、山本は意地でフルカウントに。
大ピンチの状況で谷村はサインを出し、ど真ん中にミットを構える。
頷いた山本が大きく振り被り、投げる。
今日一番の制球でど真ん中に吸い込まれていく球。甘い球を待っていた打者は思い切って振りに行くが——それは手元で落ちるチェンジアップ。
「大成功っ!」
大喜びの白那以上に山本は自分のグラブを叩き、吠える。
そして、そのままの流れでベンチに戻ろうとするので博一たちに引き留められた。
「まだツーアウトだよ山本君……気持ちは分かるけど」
「それくらい気を張ってた証拠ね」
後続の打者を凡打に打ち取り、追加点を防いだ常磐二高。
「次の回からヒロ君が投げそうね。今のうちにちょっとお手洗い行ってくるわね」
「私も行きます」
席を立つ育美に瑠璃も一緒に立ち上がり、トイレへと向かう。
残された白那と謙一。声を張り上げ過ぎるとバレるので謙一が元気に大声で声援を飛ばして飛ばして飛ばしまくる。
「行っけー! 逆転だ逆転! かっ飛ばせー!」
「ふふふ、本当に大きい声」
「白那ちゃんの分まで声出すから任せてくれい! えっへん!」
「ありがとう。謙一君が居るとどんな時でも明るくなっちゃうね。こんな親友がずっと一緒の博一君が羨ましいなぁ」
「明るくかぁ……博一を明るく出来てんのかなぁ」
突然、光量が著しく低下する謙一に白那は目を白黒させる。
「実は俺さ、元々こんな性格じゃないんだ。臆病で心配性でコミュニケーションも苦手で小学校の時なんかいじめられてた」
「えっ?」
「そもそも俺じゃなくて僕だし」
「えぇ!?」
衝撃的な事実に白那は鯉のように口をパクパクさせるしか出来ない。
クラスでもこうして友達になってからも明るかった謙一を見てきた。とても信じられないが、嘘を言ってるようにも見えず、嘘を言う必要もない。
「白那ちゃんは博一が野球辞めた理由知らないんだよね?」
「うん。気になるけど聞いたら博一君が嫌かなって思って。マスターさんも成貴君も再開したことは喜んでたのに辞めた理由には誰も触れてなかったし……」
謙一は言いたい気持ちと言って良いのか分からない気持ちの狭間で唸る。
「これは白那ちゃんに知ってて欲しいって言う僕の我儘」
「うん。聞かせて」
白那もずっと気になっていた話ではあった。
日本代表にも選ばれるレベルの選手が怪我以外で辞めてしまう理由。
「博一……両親が亡くなってるんだ」
予想よりも大き過ぎる情報に白那は金属バットで殴られたような感覚に陥る。
「博一って誰かの為に頑張るのが好きだったりするんだ。野球も勿論好きだし、それと同時に喜んでくれるのが嬉しかったんだと思う」
謙一の記憶では博一の両親は超が付くほど優しかった。
もし謙一が足本家の子供だったら何が何でも期待に応えようとしていただろう。
「でも、とある日の試合。球場に向かう途中の事故で……博一が知ったのは試合が終わった後だったんだ」
「それが理由で野球を……」
加速する心臓の鼓動。ちゃんと言語を話せているか白那は分からなかった。
「あの時は自分が野球をやっていなければ……とか思ってたんじゃないかな」
当時、監督たちや身近な人々は野球を辞めることに異を唱えなかった。
「だから次は僕が博一を助ける番だって。いじめられてた僕を助けてくれた博一が少しでも明るくなれば良いと思って頑張った。頑張って頑張って頑張った」
一人称もキャラも無理矢理変えた。
自分が楽しいと思うことは全部博一に勧め、見たい映画やライブがあれば必ず誘った。最初は当然全く付き合ってくれなかったが、段々と誘いに乗るようになり、笑うことが少しずつ増えるようになった。
「野球からも離れて欲しくなくて、野球教えてくれって頼んで。でも、ずっとトレーニングは欠かさなかったから好きの気持ちは変わらなかったんだと思う」
その時、常磐二高が勝ち越しの点をもぎ取った。ベンチにはベンチに戻ってきたチームメイトとハイタッチを交わす博一が居る。
「そんな博一を野球に引き戻すきっかけをくれた白那ちゃんには本当に感謝してるんだ。ずっと見たかった博一をまた見られてる。ありがとう」
「ど、どういたしまして……?」
「あ、打点稼ぐ瞬間見逃しちゃった」
丁度話が一区切りしたタイミングで育美と瑠璃が戻ってくる。
謙一は直ぐにテンションをいつものに切り替える。
「打ったの博一じゃないから良いじゃん! さ! 応援しよーぜー!」
「追加点追加点! 打ってー!」
常磐二高の勝ち越しに謙一や瑠璃、応援席の活気が増す。
夏の暑さに負けない球児や応援の熱気に包まれる球場。
その中で一人、白那だけは熱気を味方にすることが出来ず、息を呑み、水を飲むことを繰り返していた。
「……妃ノ宮ちゃん?」
白那の加速した鼓動は落ち着かず、鳴り止むことはなかった。
目の前の試合が終わっても。
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