つーらんほーむらん

絵之空抱月

1章『単純な男の子』

第1話


 田んぼに囲まれた田舎の真ん中に鎮座している大きなショッピングモール。

 休日には学生や子連れが多く訪れ、和やかな雰囲気に包まれる——はずなのだが。

 

 「姫が男と一緒に居たって本当なのか!?」

 「アタシが見間違えるはずがない。間違いなく姫だったわ」

 「あの姫がこんな辺鄙な場所で男と? 怪し過ぎるだろ!」

 「探せ探せ! 姫を守らないとだぞお前ら!」


 何やら一際騒がしい高校生集団。

 女子生徒一人と複数人の男子生徒が集まり、姫と呼ばれる人物と一緒に居た男を血眼になって探しているようだ。

 そんな騒がしい会話を服屋の試着室の中で聞いている男女が居た。

 その二人こそが高校生集団が探している怪しい男と姫。

 どちらも高校生集団と同じく県立常磐第二高等学校に通う生徒だ。


 「誰が怪しい男だよ。こんな好青年は中々居ねーぞ?」

 

 キャップを被っていた他称怪しい男の名は足本博一アシモトヒロシ


 「でも博一君ってバレなかったのはラッキーじゃない?」

 

 長くて綺麗な黒髪の姫の名は妃ノ宮白那ヒノミヤシロナ

 学年が二年になって初めて同じクラスになり、ひょんなことから仲良くなった博一と白那はこうして秘密の友達として交友を始めた。

 秘密にしているのは外の騒ぎが理由である。

 

 「好青年に突っ込んでくれよ。なんか居た堪れなくなる」

 「好青年なのは事実だもん」

 「それもそうか」

 「それに居た堪れなくてもこの状況じゃ居るしかないから大丈夫だよ」

 「大丈夫ではないだろ」


 カーテンの隙間から外の様子を伺う。

 慌てて飛び込んだ服屋の前にはまだクラスメイトの一人がキョロキョロ辺りを見渡している。はっきり言って挙動不審だ。

 あの場に居られるといつまで経っても試着室の中から出られない。

 博一は自分で自分を好青年と称して居た堪れないと言ったが、実際はもっと居た堪れない理由がある。

 そう、まさに今の状況である。

 試着室と言う狭い空間に同級生の女子と一緒に居る。白那は学校で姫と呼ばれてるだけあってかなりビジュアルが良い。女子特有の謎に良い匂いと今の距離感は健全な男子高校生には劇薬だった。

 

 「うむ……どうするか……」

 

 顎に手を当てながら思考を巡らす博一はふと背後を見る。

 姿見に映る自分たちの全身。頭から靴まですっぽりと収まっている。

 そこで白那だけがバレて博一がバレなかった理由をなんとなく理解した。


 「服屋の前のあいつは?」

 「えっと……今は居ないっぽい?」

 「じゃあ行くとすっか」


 博一は自分の被っていた帽子を白那に被せる。

 ハッとした白那はサイズの大きな帽子の中に長い髪を仕舞い込み、試着室を出た。




 駅から近いショッピングモールを出た博一たちは駅から遠くにある喫茶店へ。

 移動手段を持たない高校生なら絶対行かないであろう場所でも博一がバイクの免許を持っているおかげであっさりと行けてしまう。

 

 「お、いらっしゃい。こんな時間に珍しいね」

 「色々あってさ。今日本来の予定が完璧に潰されちまったよ」

 

 喫茶店のカウンター越しに明るい笑顔を見せるのはマスターの前田。派手な金髪が目立つ美人だが、格好良い雰囲気も持ち合わせている。見る人が見れば不良だと思われてもおかしくない。そんな印象だ。

 他の客も居なかったので、博一は周りに気を遣うことなく空いていた席に座る。

 白那も「こんにちは」とマスターにペコリとしてから博一の向かい側に腰掛けた。

 

 「ここも何回か来たけど不思議な喫茶店だよね」

 「野球要素に囲まれた喫茶店なんかここしか知らないな」

 

 中に置いてあるテーブルや椅子は何処にでもありそうな見た目だ。

 しかし、その中で異彩を放っているのはインテリア。色んなプロ球団のユニフォームや帽子、バットやグローブ、ボール。備え付けの漫画や本の全てが野球に関する物しかない。

 変だと思う人が多そうだが、白那はこの内装が好きだった。


 「初めて私と一緒に来た時からマスターさんとは仲が良さそうだったけど常連だったり?」

 「常連と言えば常連だけど」

 「昔からの仲だね。ヒロ君が弟と仲良かったからそれで。アタシからしたら二人目の弟と言っても過言じゃないよ」

 

 そう言いながら前田が水の入ったグラスとおしぼりを丁寧に置いた。


 「……元気にやってるのか?」

 「それは弟の台詞だと思うけど? そもそもテレビ見てないの?」

 「それだけで理解した。ってことでいつもので」

 「ハンバーガーとコーラね。妃ノ宮ちゃんは? もう決まってる?」

 「チョコレートパフェをお願いします」

 「はい。じゃあちょっと待っててね」


 ささっと注文を取った前田は軽い足取りでカウンターの向こうへ戻る。

 そしてこの店に居る以上、注文の品が来るまでも、来てからも、二人の視線は大きなモニターに釘付けだ。その画面にはプロ野球の試合が映し出されている。

 

 「うっし! ナイピ!」

 「うわー! 今のは良い球!」


 ドラゴンズとスターズ戦。四回裏、二死満塁のピンチをドラゴンズの先発投手がビシッと決めた。

 フルカウントでインコースにキレッキレの直球は見ていて気持ちが良い。

 ご機嫌な博一に白那は頬を風船のように膨らませる。


 「エース舐めんなー?」

 「こっちだってまだ無失点だよ!」

 「まぁ、まだ五回。九回二死でも余裕でひっくり返るから全然予想が付かないな」

 「投手の調子はどっちも良さそう」

 

 守備の調子を聞こうとした博一だが、辞めた。


 「スターズは打線が爆発すると手が付けられなくなるのが怖い」

 「ドラゴンズは守備が凄いから一発出るのが怖いよ……」

 「ホームラン打たれると困るな」

 「被本塁打率一番低いチームが良く言うよ」

 「本拠地の作りが問題じゃねぇかなそれは」


 ドラゴンズの本拠地では明らかにホームランが少ない。

 現在の四番が悠々と吹っ飛ばす時はあれど他チームの強打者でもホームランが出ないのは数字を見れば分かる。

 ハンバーガーを平らげた後に頼んだ珈琲片手に博一はふと疑問を口にする。


 「シロは何がきっかけでスターズファンになったんだ?」

 「元々野球に興味持ったのがあのWBCなんだけどさ」

 「あー、あの伝説の。メンバーも準決勝からの試合展開も色々と凄かったよな」


 多数の関係者から無理だと言われた二刀流を実現させ、嘗ての恩師の監督と共に日本代表入りし、劇的な優勝を飾った。あの大会はテレビに釘付けになってない人の方が少なかったと思えるほどに盛り上がっていた。

 

 「あの大会で凄く面白かったのがスターズの選手で、色々と見てみたらスターズのチームの雰囲気が明るかったから好きになっちゃった。博一君は?」

 「俺はもっと前の時代のドラゴンズを知ってから。三回も三冠王取る選手とか好きになるしかないだろ。監督としても超一流だったし」

 「それでなんだ」

 「まあ三冠王取ったのは全部オリオンズの時だけど」


 しかし、その後の成績もかなり異次元である。特に四十を超えてから。

 そんな会話をしながら動きの少ない試合を見ながら白那がチョコケーキにフォークを入れる。丁寧で気品を感じさせる手付きとは裏腹に落胆した声が漏れた。

 博一はテレビから白那に視線を移す。

 

 「どうかしたのか? まだどっちにも点は入ってないぞ?」

 「映画の予定潰れちゃったなって」

 「今日で公開終了って訳でもないんだろ? また来週行けば良い。駅近じゃない映画館で」

 

 駅から近いと同じ学校の生徒が居る可能性が高くなる。今日もまさかあんなにあっさり見つかるとは思っていなかった。

 だが、幸いなことに博一はバイクの免許を持っている。

 次は足を持たない学生にはアクセスの厳しい場所を選ぶだけだ。

 それを聞いた白那は目を見開き、博一を見つめる。


 「本当に!? 良いの!? 行ってくれるの!?」

 「あれだけ見たい見たい言われたらどんな映画なのかも気になるしな」

 「やったー!」


 心の底から嬉しいらしく、全身で喜びを表現する白那。

 その様子を見ていた博一も微笑む。初めて会った時から白那はずっとこうだ。好きなことを全速力で楽しむ姿はとても眩しく見える。

 するとその時、テレビから歓声。


 「あっ!?」

 「やったー! 私たちの勝ちぃ!」

 「あっちゃー! 守護神が最後の最後でサヨナラホームラン浴びたか……こればっかりは仕方ねぇな……」

 

 なんとなく博一が健闘を讃える拍手をすると周りからも拍手が聞こえてきた。

 白那と一緒に仕切りから顔をひょこっと出す。それなりに客が増えていたらしい。

 

 「良いぞぉ兄ちゃん! 熱くなっても暴言は聞きたくねぇからなぁ!」

 「ここは良いな! 気持ち良く試合が見られる!」

 「だったらしっかり売上げも出してくれよー?」

 「「「マスター! 注文お願いしまっす!」」」

 「はいはい、順番にお待ち下さい」


 他の客を焚き付けた博一は得意げな表情で椅子に戻る。


 「なんか、博一君って学校と雰囲気違い過ぎない?」 

 「騒がしいのがいっつも横に居るからな」

 「楽しそうに見えるけどなー」

 

 好きな球団同士の試合も終わり、そろそろ帰ろうと席を立つとドアベルが鳴った。

 カランコロンの調べと共に入ってきたのはヨレヨレの服を着た中年。口には紙巻き煙草を咥えている。

 

 「おうなんだこの店は! 出迎えの言葉もねぇのか!? あぁ!?」

 「ここ禁煙なんです。喫煙所がある場所までお戻り下さい」

 「怒らせると怖いから痛い目見たくなけりゃさっさとお引き取りした方が良いぞ」

 「なんだクソガキ!」

 「あ、マスター。会計頼む。五千円しかねぇや」

 「五千円ね」


 迷惑客ガン無視で会計を進める博一と前田に戸惑う白那。

 この対応に中年は堪らず受け渡されようとしていた五千円を奪い取り、一目散に店を飛び出す。対応の悪さからくる罰金とでも言いたいのだろうか。

 だが、立派な強盗である。

 

 「ヒロ君、はいこれ」

 「サインは?」

 「直球」


 博一は逃げる中年の背中を見据え、腕を振り抜く。

 投げられた軟球は中年に一直線——背中に直撃。痛みでその場に蹲るのが見える。


 「ナイスピッチ」

 「待った……これセーフか?」

 「ばっちりランナーアウトじゃない?」

 「いや、法律的に」

 

 その後、警察を呼んだが、特に博一が罪に問われることはなかった。

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