五十六話 変化



 喉が渇いて、タンジーは目を覚ました。

 腕を伸ばすと硬い何かに当たる。薄目を開けると、ジョーンズが隣で眠っていた。


「あっ」


 びっくりして体を起こす。いつの間にか、ベッドに運ばれて寝入っていたらしい。

 夕方からの記憶は曖昧だった。ジョーンズとビールを飲んでからの記憶がない。

 ジョーンズを起こさないようにしてベッドをおり、テーブルに置いてあったコップに水をついで一口飲んだ。


 カーテンで閉め切っている部屋の中は薄暗かった。夜明け前なのだろう。自分はよく眠っていたような気がする。

 朝早くに出発すると言っていたが、もう少し休もうとベッドに戻った。マットレスに座ると、ジョーンズの手が伸びて、手首をつかまれた。


「ああ、びっくりした。起こしちゃった? ごめんなさい」


 ジョーンズは、タンジーを引き寄せて仰向けに寝かせると覆いかぶさった。


「起きるのを待っていたんだ」

「あなたはよく眠っていたわよ」

「言ったろ、寝かせないって」


 タンジーは、抵抗できなかった。

 気がつけば、ジョーンズの手が頬をなぞっていく。タンジーは、心地よさに目を閉じた。


「タンジー、眠っちゃだめだよ」

「ちゃんと、あなたを感じているわ」


 ジョーンズは、タンジーを見て、なぜ彼女は口づけするごとに光輝き、色気を感じるのだろうと思った。タンジーにとって自分が初めてなのだと思うだけで、支配力が増してくる。


 ジョーンズが、うっとりとタンジーを眺めた時だった。

 ぱきぱきと場違いな音がする。木がきしむ音ときな臭い。

 おそるおそる外を見ると、カーテン越しに外側が真っ赤だった。

 タンジーが、するりと腕の中から抜け出してカーテンを開く。


「ジョーンズ、外がっ」


 タンジーが悲鳴を上げた。


「逃げるぞっ」


 部屋を飛び出すと、ロビーは騒々しく、ロイたちを見つけるのに苦労した。


「ロイっ」


 ロイは、ジョーンズに気付いてかけ寄って来た。


「ジョーンズ、大変だ。火に囲まれているっ」

「なんだって……」

「何があったの?」


 ジョーンズの後ろから現れたタンジーを見て、ロイは愕然とした。


「タンジー……。君なのか? まるで別人だ……」


 ロイが言うのも当然だった。

 タンジーの身体は変化していた。

 手足が伸びて華奢で女らしい体、胸も盛り上がり形よく整っている。アーモンド形の目に紫の瞳、すっと伸びた鼻筋に濡れた唇に目が吸い寄せられる。


 当のタンジーは気にせず外の方へ顔を向けると、走り出そうとした。


「火を消さなきゃっ」


 外へ出ようとするタンジーの手をジョーンズがつかんだ。


「行くなっ。君を危険な目に合わせたくない」

「わたしは大丈夫よ」


 タンジーは、ジョーンズの頬を優しく撫でて、彼の手をそっと振りほどいた。

ロイが、ジョーンズの肩をつかんだ。


「ジョーンズ、悔しいが、俺たちには何もできない。このままじゃ、みんなが危険だ」


 宿の中も大騒ぎとなっている。ロイは、ケガ人がいないか探しに行った。


「ジョーンズ……」

「無茶だけはしないでくれ」


 ジョーンズは、タンジーを抱きしめると額にそっとキスをしてくれた。タンジーは頷いて外へ向かった。

 タンジーはすぐにアニスを探した。宿にはいなかったから、外にいるはずだ。

 彼女にも手伝ってもらわないといけない。


 外に出るとフランキンがいた。動物たちが魔法使いを取り囲んでいる。多くの動物たちは傷ついていた。


「フランキンさんっ。何があったのですか?」

「分からん。気が付いたら森が燃えていた。それとあれを見ろ」


 フランキンの指差した先に、背中が燃えているトロールがいた。タンジーは目を剥いた。


「な、何? あれはトロール?」


 森の中から逃げてきたのだろうか。トロールの背中にはなぜか、矢が刺さっていた。


「誰があんなことを……」

「あの娘だ」


 フランキンの差した方向にはアニスがいた。アニスは、弓矢を持って対戦している。しかも、矢に火をつけているのだ。


「なんてことを……」

「あの娘は普通じゃない」


 タンジーは、アニスに向かって叫んだ。


「アニスっ、今すぐやめてっ。森も宿も燃えてしまうわ。みんなを守らなきゃ。あなたも手伝って」

「嫌よっ」


 アニスはそう言うと、身を翻して森の奥へ行ってしまった。


「嘘でしょ……。ちょっと待って、離れてはだめっ」

「無駄じゃ、あの娘は放っておけ。この火事ではどこへも行けん」


 フランキンが呆れて息をついた。

 タンジーは、アニスが気になったが、それよりも火の勢いをなんとかしなくてはいけない。


「火を消さなきゃ」


 タンジーがそう言った時、背後からどしんどしんと地面を揺るがす音がして、トロールが突進してきた。タンジーは魔法でトロールに刺さった矢を抜き取った。火は消えて、傷も浅く出血は少なかった。


 トロールは怒り狂っている。

 タンジーは飛びかかるトロールを左手で制止させた。フランキンが杖を振り上げると、トロールが森の中へとはじき飛ばされた。森の中でめきめきと木が倒れる音がした。

 ひどいことをしているのは分かっている。

 生き物を傷つけたくないのに、悔しくて涙が出そうになる。


「泣いている暇はないぞ」


 フランキンが杖を大地に突き立てた。


「魔法陣で、宿に火の粉が飛び火しないようにする」

「僕にも何か手伝うことがあるだろうか」


 その時、二人の背後から優しい男性の声がした。振り向くと、青いローブをまとった魔術師が立っていた。

 彼はタンジーを見て言った。


「久しぶりだね、タンジー。驚いた。魔法が解けたんだね」

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