五十話 どんな姿をしていても
ジョーンズは、ケガをしているタンジーを抱き上げると、宿の方へ向かって歩き出した。タンジーは、ジョーンズの首にしがみついた。
「どうした? どこか痛むのかい?」
「いいえ」
タンジーは首を振った。ジョーンズの優しさに泣きそうになる。
ミモザがいなくなった。
ポケットの中にいるのは、精霊の元となるミモザアカシアの花だけだ。小さい頃から、使役するために生み出された精霊だったが、彼は自分とともに生きてきた家族のようなものだった。
タンジーは胸が苦しくてたまらなかった。
これ以上、なにも奪われたくない。
ジョーンズの首にしがみついた。
ジョーンズも消えてしまったら? ミモザがいなくなったこの悲しみと同じ気持ちをもう一度味わうのだろうか。
それを考えると、体が震えて仕方なかった。
宿に戻ると、マイケルたちが心配そうに待っていた。タンジーのケガを見て、ロイが駆け寄ってくる。
「……何があった」
「タンジーがまた襲われた。目を奪った奴だ」
「目が戻っている……」
デニスが目を丸くして、タンジーを見つめた。
「綺麗な目だ」
「それよりも、ケガの手当てをしなくては」
宿に頼んで、すぐに医者を呼んだ。再び呼び出された高齢の医者は、ナイフで刺されたタンジーの両肩を見て顔をしかめた。
「これは誰にやられたんだね?」
タンジーが黙っていると、医者は呆れ顔で言った。
「言わないつもりかい?」
「わたしを傷つけた相手はもういません」
「ふむ」
医者は手当をすると、医療道具をカバンにしまって立ちあがった。
「傷は塞がりかけている。元に戻るまではできるだけ動かないで、二、三日は休むように」
「先生、ありがとうございました」
タンジーがお礼を言うと、医者が出て行った。
タンジーは息をつくと、ロイたちにジョーンズと二人きりにしてほしいと頼んだ。三人は承諾してくれると、出て行った。
二人きりになり、ジョーンズが労わるようにタンジーの手を握り締めた。
「大丈夫かい?」
「大丈夫よ。ジョーンズ、話があるの……。怒らないで聞いて。わたし考えたの。ノアを返してほしいの」
「それはなぜだい?」
ジョーンズの目は穏やかだった。タンジーは目を逸らすように顔を伏せた。
「タンジー、顔を上げて。僕は平気だ。君は目を取り戻した。僕は約束したろ? 離れないよ」
タンジーは、がばっと顔を上げると、ジョーンズの頬を両手で包み込んだ。
「あなたを危険に巻き込みたくないの。ミモザはわたしの精霊だった。彼は黒い力に支配されていたわ。ミモザは、わたしよりずっと強い魔力を持っていたのに、彼でさえ太刀打ちできなかったのよ」
「タンジー、僕たちはこれまでずっと一緒に来たじゃないか。何とか乗り越えた」
「いいえ、あなたはわたしに巻き込まれただけ。ごめんなさい」
ジョーンズの頬は温かく、滑らかな肌をしていた。
頬をそっと撫でながら、彼を失いたくないと強く願った。
「アニスと結婚して、カッシアに戻って」
「タンジー」
ジョーンズは、タンジーを黙らせるため、彼女を自分に引き寄せた。
「少し、黙って」
タンジーはあまりに驚いて息を止めた。
ジョーンズの心臓の音が体を通して聞こえる。彼の心音は穏やかで一定だった。
「もう、アニスの話をしないで欲しい。これから皆を呼んで、君と結婚することを告げる。それでも僕から離れるというのなら、君を連れて領土に戻って式を挙げる。そして、二度と君をカッシアから出さない。僕は本気だ」
タンジーはそれでも首を振った。
「だったら、ここですぐに式を挙げる。ここに司祭を呼ぶぞ」
「ダメ、待って。お願いだから、ジョーンズ」
タンジーは懇願した。
「僕が嫌いか? それほど憎いのか」
「違うって言ってるじゃない」
タンジーの目が潤んで、涙がこぼれた。
もし、二人が結婚をした後、アニスとして元の姿に戻れた場合、本物のタンジーに、ジョーンズを奪われるのが嫌だった。
自分のエゴに吐き気を感じる。
「他にも……、結婚できない理由があるのか?」
ジョーンズがためらったように言う。
「え?」
「いや、なんでもないんだ……」
「少しだけ待って欲しいの。いつか、全てを打ち明けられる日が来ると思う。だから、もう少しだけ待って」
「分かった。式を挙げるのは少し待つ。だが、僕の気持ちは変わらない。君は僕の妻になる人だよ。どんな姿をしていてもだ」
薬指にキスをして誓ってくれる。
アニスの姿なら何度も頷いて、今すぐ結婚するのにとタンジーは思った。
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